伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2011年10月14日: 台風19号騒動 T.G.

(19号通過後の治水橋、まるで海)

 鳴り物入りでやってきた台風19号が拙宅の上空を通過した。前日から史上最大級の大型台風、最大風速60mなどとさんざん脅かされていたので、家の周りを片付け、窓のシャッターを下ろし、停電断水に備えてバケツに水をくみ置き、ありったけの懐中電灯を身の回りに置き、スマホの充電を済ませ、昼のうちにご飯を炊いて身構えていた。夜になって雨風が強くなったが、さほどのことはなく、風は半月前の15号の方が強かった。夜の11時を過ぎて雨も風もおさまったので、安心してベッドに入った。

 爆睡していた夜中の3時頃、枕元のマナーモードにしたスマホから突如大音響が鳴り響き、その音でびっくりしてたたき起こされた。寝ぼけまなこでスマホのメッセージを見ると、市からレベル4の避難指示が出ている。荒川の治水橋付近の水位が危険状態に達したので、即刻近くの避難所に行けという。スマホがこういう使われ方をするとは知らなかった。行政から避難指示を受けるのも生まれて初めてのことだ。飛び起きて身支度をして外に出てみると、あちこちの家から人が通りに出ている。なにやら騒然とした雰囲気であるが、風も雨もなく、しっとり落ち着いた静かな夜の風景ではある。

(荒川から我が家の方角、広い河川敷
の彼方に堤防が見える。ここが水で
満杯になった)

 我が家は荒川流域の農村地帯で、50年前に田んぼを埋め立てて作られた住宅団地である。荒川の堤防からは3キロほど離れているが、ほとんど標高差がない真っ平らな地形で、巨大河川の荒川が決壊したらひとたまりもない。一望の泥水で海のような景色になるだろう。戦前、まだ治山治水が不完全だった頃は、農家の軒先に伝馬船が吊してあったという。その頃は洪水が日常茶飯事だったのだろう。実際、昭和22年のキャサリン台風では、熊谷あたりで100mにわたり堤防が決壊、埼玉県内の全壊、流失家屋は1,121戸、床上浸水家屋は44,855戸に達したと言われる。その後、流域の治水工事が進み、堤防決壊は一度も起きていない。

 身支度はしてみたものの、あたりは静かで何事もなく、避難する気にならない。避難所は近くの小学校で、我が家より特段安全とは思われない。我が家は盛り土した宅地に建てられているので、1〜2m程度の浸水ではどうと言うことはない。小さな流れの河岸段丘の下に位置しているので、いざとなれば50m歩いて標高差6mぐらいの段丘の上に出られる。いくら荒川でも、ここまで水は上がってこない。そう言い聞かせて、慌ててパニクりながら貴重品をバッグに詰め込んでいる家人を落ち着かせる。

(荒川治水橋付近の水位)

 テレビのNHKを見ても、荒川のことは何も伝えていない。仙台あたりに進んだ台風のことしか報じない。仕方がないのでパソコンを開いてヤフーニュースを見るがこれもどうと言うことはない。試しに2チャンネルを開くと、荒川の治水橋のスレッドが立っている。これがなんと、治水橋付近の荒川の水位、ライブカメラの情報を時々刻々、逐一報告している。数百人のマニアが寄って集って書き込むので、まさに1分刻みである。例えば水位である。これを見ると、その時点では水位は氾濫危険水位の12.6mを超え、13.1mまで上がっていた。これが避難指示の根拠だったわけだ。しかしまだ堤防の高さ約15.5mには届いていない。まだ2〜3mの余裕がある。そのことが分かって一安心した。2チャンネルの情報力は大したものだ。役立たずのNHKよりはるかに頼りになる。

 それにしても荒川の堤防は大したものだ。最近このあたりはかさ上げしたスーパー堤防になっているので、滅多なことでは越水はしない。長大な堤防は見た目の信頼感も抜群である。キャサリン台風以来70年、堤防決壊は一度も起きていない。キャサリン台風の甚大な被害に懲りて、堤防の強化と河川敷拡張を地道に行ってきた成果である。旧建設省のお手柄と言えよう。以来流域に大洪水は一度も起きていない。支流では小規模な洪水がたびたび起きるが、荒川本流では起きていない。今回もそうだった。あと2mの余裕で19号の雨量を制御できたのだ。幾分大げさなレベル4の避難指示は、15号の時の千葉の惨状に懲りて、市が膾を吹いたのだろう。

(湛水開始時の八ッ場ダム)

 もう一つの大河、利根川も、支流の中小河川を除いて、本流の堤防破壊による大規模洪水は起きていない。これを八ッ場ダムのおかげだというニュース があちこちで流れている。八ッ場ダムはキャサリン台風の被害に鑑みて建設が計画され、70年後の最近になってやっと完成した。当初の目的は治水と首都圏への水の供給だったが、今では下流の堤防強化が進んで流域に大水害は一度も起きていない。首都圏の水不足はすでに解消していて、東京、神奈川、埼玉は八ッ場ダムの水を必要としていない。役立たずのダムに5千億を超える投資は無駄金だと、民主党政権時代に工事中止の動きがあった。幸いにもそれが中止にならなかったので、今回の19号による大水害を防げたというのである。

 これは間違いだ。ためにする便乗ニュースだろう。完成した八ッ場ダムは、今月初めの試験湛水開始から3、4カ月かけて満水にする計画だった。ニュースによれば、11日午前2時に518.8メートルだった水位が台風接近の13日午後2時半には約59メートル上昇して577.5メートルになり、夕方4時には583mの満水位に達したので緊急放水を開始したとある。これでは少しも役に立っていない。台風前の水位と台風後の満水位はたった60mしか差がない。ダム面積を考えれば大した水量ではない。治水橋のライブカメラを見れば分かるが、巨大河川の荒川や利根川の河川敷は堤防間の幅が2〜3キロある。その広大な河川敷が何十キロも続いているのだ。堤防の高さを10mとすればその貯水量は巨大で、八ッ場ダムなど遠く及ばない。八ッ場ダムが台風来襲時に60m程度水位を上げてもほとんど効果はない。仮に湛水をせずそのまま流していたとしても河川敷の水位は5センチも上がらなかっただろう。その上満水時には、こらえ性もなくあっさり緊急放水する始末である。百歩譲って今回の19号には多少役に立ったとしても、その効果は今回限りである。台風のたびにダムを空っぽにすることは出来ない。ダムとしての意味がなくなる。

(満水時の八ッ場ダム)

 そもそもダムに治水効果はない。あっても一時的で少量の効果しかなく、今回のような大量の降雨にはまったく役に立たない。今回城山ダムなど多くのダムで緊急放水が行われたことがそれを示している。緊急放流は満杯になったダムを崩壊させないために、流入量をそのまま流すことである。つまりこの時点でダムはないのと同じで、治水能力はゼロになっている。八ッ場ダムもそれにならっている。つまり水害防止には役に立っていない。

 こういう役立たずダムに5千億円もの巨費を投じた。出来上がったのは観光用のダム湖だけだ。治水効果はもとより、観光ダムの経済効果などたかが知れている。この5千億をスーパー堤防に投じていたら、今回の治水橋騒動も起きなかっただろう。この役立たずダムに、毎年数十億円の維持費がかかるという。一体全体、日本の政治家や高級役人は馬鹿なのか利口なのか。

目次に戻る