伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2019年5月18日: 車の運転の上手下手 T.G.

 また車の事故が起きた。65歳が乗るプリウスが、駐車場から道路を突っ切って公園に突入し、保育園児に付き添っていた保母さんに大けがを負わせた。本人は駐車料金を払おうとしたらいきなり車が暴走したと言うが、そんなことはありはしない。間違ってアクセルを踏んだだけだ。池袋の87歳の“上級国民”も同じだろう。モーター駆動のプリウスはトルクカーブがフラットで、ちょっと踏んだだけで加速してしまう“欠点”がある。運転下手は乗らない方がいい。

 大津市では62歳の女性が運転する直進車が、青信号の交差点で52歳の右折車にぶつけられて歩道に突っ込み、信号待ちしてた保育園児をなぎ倒した。事故責任としては右折車の罪が重いが、危険を察知できず、とっさの対応を間違えた直進車にも責任はある。いずれの事故も今糾弾されている高齢者が起こしたものでなく、最も安全な年代のはずの中年ドライバである。原因は両方とも単に運転が下手だっただけのこと。それ以外の理由はない。

 世の中運転がいい加減で下手なドライバーが実に多い。高齢者に限らず、若者も中年ドライバーも実に下手だ。街を走っていて、事故にならないのが不思議なくらいの下手くそ運転をよく見かける。ほとんどが運良く難を逃れているだけだろう。公園に突っ込んだ65歳のプリウスである。駐車料金を払おうとチケットを探していたらいきなり暴走したという。いくらプリウスでも、何もしないのに暴走するわけがない。想像するに、ブレーキを踏んでチケットを探していたら、足がブレーキから離れて動き始めた。慌ててブレーキを踏み直したら間違ってアクセルを踏んでしまったのだろう。

 このドライバーの第一の問題は、駐車料金を払うのにサイドブレーキも引かず、Dポジションのままブレーキを踏んでいたことにある。このいい加減な操作はドライバとして言語道断、やってはいけないことの代表例で、運転の上手下手以前の問題である。第二の間違いは、その結果起きたアブレーキとアクセルの踏み間違えである。これは単に運転が下手なだけだが、これが実に多い。年齢にかかわらず車の暴走やコンビニに突っ込む事故のほとんどがこの踏み間違えだろう。これを無くせば、この種の事故が大幅に減るに違いない。

 ブレーキ踏み間違えを引き起こす最大の原因は、バスの運転手のように足をよっこらしょと持ち上げてブレーキペダルに踏み換える動作にある。目から遠く離れた足裏にはペダルは見えていない。足を動かしてしまうとペダルの位置が正確に分からなくなる。それが原因でしばしば踏み間違えが起きる。この足を持ち上げてのペダル踏み替えは教習所で教らているので、ほとんどのドライバは正しい操作と思い、身についた習慣になっている。教習所が教えるのだから、運転操作として間違いとは言わないが、踏み間違えを誘引するより危険な操作であることは否定できない。

 ペダルの踏み替えは、足を持ち上げず右足の踵を床に付けたままで行うべきである。ブレーキへの踏み換えは、踵を付けたまま足を左にねじってブレーキに足底を移す。踵は決して床から離さない。アクセルへの踏み替えはその逆の動作である。こうすればペダルの踏み間違えは起きないか、ほとんどなくなる。この合理的なペダル操作をなぜ教習所で教えないのか理由が分からない。プロのレーシングドライバーは必ずそうしている。理由はいちいち足を持ち上げていたら、正確で素早いペダル操作が出来ないからだ。

 レーシングドライバの必須テクニックにヒールアンドトーがある。ヒール(踵)とトー(爪先)で同時にアクセルとブレーキを踏むペダル操作である。最近はノークラッチのレーシングカーが増えたので必要性は薄れたが、ドラビングテクニックとしてはごく初歩的で基本的なものだ。格好いいので小生も若い頃に練習したことがあるが、ギアをたびたび噛んでミッションを壊しそうになってやめた。今でもそのときのペダル操作の癖が付いていて、踏み替えは右足を持ち上げず、足をねじって行う。だからペダル位置が分からなくなることはなく、踏み間違えは起こさない。なぜ人が踏み間違えを起こすのか理解できない。

 ヒールアンドトーは、右足のヒール(踵)でアクセルを踏んだまま、トー(爪先)でブレーキを踏む。踏み替えは右足を浮かさず左右にねじって行う。コーナーに差し掛かってブレーキで減速し、同時に踵でアクセルを吹かしてエンジンの回転数を保ったまシフトダウンし、ブレーキから爪先を戻してアクセルで加速しながらコーナーを抜ける。この一連の操作を一瞬のうちにやる。コーナリング中にエンジンの回転数を落とすことは、レーシングカーでは禁物なのだ。そのためエンジンを高回転に保ったまま、コーナリングする。そのためにアクセリングとブレーキングとクラッチ操作を同時に行う。ベテランになると、クラッチを切る必要もない。ブレーキング中にアクセルを吹かしてギアの回転数をシンクロするので、シフトダウンにクラッチ操作は不要になる。

 大半の車がいまだMT車のヨーロッパでは、田舎のおばあちゃんでもごく普通にヒールアンドトーをやっているという。実に理にかなった運転操作で、教習所で教えてもいいくらいだ。自分もそうだが、MT車時代からの熟練のドライバーは、ヒールアンドトーとまでは行かずとも、おおむねこれに近いペダル操作をしているのではないか。AT車にもはやヒールアンドトーは要らないが、足を持ち上げず、左右にねじってペダルを踏み換える操作は大いに合理的で安全である。坂道発進も容易になる。足を床から離さないのでペダル位置を間違えない。ペダルの踏み間違えは足を持ち上げて動かすから起きる。公園の砂場に突っ込んだ65歳はおそらくそういうペダル操作だったに違いない。ブレーキと思って踏んだのがアクセルだったのだろう。この話を家人にしたら、ペダルの踏み換えは足を持ち上げてやると教習所で教えられた。あなたのやり方は間違っていると叱られたが、それは教習所がおかしい。そんな教え方をしていては踏み間違え事故はなくならない。

 もう一つの事故の原因は、ほとんどのドライバーがパニックブレーキを踏めないことにある。前方に突然危機が出来したとき、何も考えず反射的にフルブレーキングする。車が止まるまで強く踏み続ける。これがパニックブレーキである。ある調査によると、免許保有者のほとんどがパニックブレーキを踏んだことがなく、いざとなっても踏めないと言う。やらせてみると最後までブレーキを踏み続けられず、途中で足を緩めてしまうと言う。多くが危険回避をブレーキで行わず、ハンドルを切って避けようとする。大津市の交差点事故はまさにこの二つの複合要因で起きた。右折車はぶつかる寸前フルブレーキを踏んでいない。減速せずそのままの速度で直進車にぶつかった。直進車もブレーキでなくハンドル操作で逃げようとした。もし両方の車が共にハンドルは動かさず、フルブレーキを踏んでいたら、単純な交差点事故で終わっただろう。

 普通のドライバが前方の危機をハンドル操作で回避するのは禁物である。決してやってはいけないことだ。それが許されるのは、プロのレーシングドライバだけである。自分も自信がないから決してやらない。運転の素人は何か起きたらハンドルを真っ直ぐ握ったまま、フルブレーキングする。それに徹するべきだ。そのためには一度フルブレーキングの体験をしておいた方がいい。経験していないことはとっさには出来ない。フルブレーキの体験は公道では出来ない。教習所でしかできない。踵を付けたままのペダル操作とフルブレーキング体験を、教習所のカリキュラムに取り入れたらどうだろうか。そうすれば多くの事故を未然に防げるだろう。仮に起きてもより軽微で済むだろう。自分の60年前の免許取得経験を振り返っても、教習所はおかしなことばかり教えていて、正しいことを教えていない。日本が自動車後進国である由縁だろう。

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