伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2019年4月25日: 自動車事故とドライバの年齢 T.G.

 前の日誌の続きである。テレビを付けると朝から晩まで高齢ドライバ批判をやっている。高齢ドライバがいかに危険な生物か、免許をどうやって取り上げるか、のお祭り騒ぎである。免許制度も高齢ドライバも今に始まった話ではなく、昔からあるものだが、高齢ドライバ問題がここ数日ほど感情的話題になったことは一度もない。まるで魔女狩りの様相で、高齢ドライバ批判に少しでも異を唱えたら袋だたきに遭いそうな雰囲気である。いかにも寒々しい。87歳の元高級官僚の“上級国民”も罪なことをしたものだ。

 高齢ドライバに関する分析記事が二つネットに載っている。一つはヤフーニュースの「高齢ドライバーの事故は20代より少ない 意外と知らないデータの真実」、もう一つはStone Washer's Journalの「高齢者の運転と若者の運転はどっちが危険?統計から見る事故件数」で、いずれも前の日誌でも取り上げた警察庁による「交通事故の発生状況」を根拠にしている。この公式レポートの分析が、冷静な筆致で書かれていて大変興味深い。新聞テレビも扇情的な扱い方をやめて、こういう客観的で冷静な論調の報道が出来ないものか。そうでないと問題解決にはならない。

 詳細はリンクを張ったネット記事に譲るとして、要約すると次のようである。

●まずはヤフー記事
「75歳以上の高齢ドライバーが起こす交通事故は20代より少ない。各年代の免許者10万人当たりの事故件数を見ると、「16〜19歳」代が傑出して多く、それに続くのが「20〜29歳」。その次に来るのが「80歳以上」である。70代では他の年代とほとんど差はない。死亡事故は80歳以上で起こしやすいが、トップではない。20歳以下の方が多い。死亡事故件数の絶対数は20〜40歳代が多く、80歳代以降の方が少ない。「なんとなく危なそう」というイメージではなく、データに基づいて「どんな年代の人に、何をすべきか」を冷静に考えていくことこそが大事なのではないか。」

●続いてStone Washer's Journal記事
「事故件数全体が減少傾向にあるにもかかわらず、高齢者の事故件数は微増ではあるが増えている。しかし事故件数そのものは非高齢者層の方が断然多く、高齢者層は少ない。「10万人あたりの交通事故件数」では70歳以上の件数は確かに上がっているが、30〜60歳代に較べて極端に上がっているわけではない。むしろ30歳以下の若年層の事故率の大きさがとんでもないことになっている。若者の事故は「安全運転の意識・技術が足りないから起こる」のに対し、高齢者の事故は「安全運転の意識に技術・能力が追いつかなくなることで起こる」。だからと言って、若者や高齢者に免許返上を求めるのは現実的な解決策にはならない。」

 至極もっともな話である。この二つのレポートが意味するところは、事故は年齢が原因で起きるわけではなく、運転が下手で乱暴だから起きる。老齢を理由に免許を取り上げるのではなく、安全運転が出来ないドライバを見つけて排除するのが本筋である。これは老人も若者も同じことで、高齢者を排除して老人の事故が減っても、若者の乱暴運転がそのままではなんの解決にもならない。そのために免許更新制度や高齢者講習制度がある。高齢者については、危険運転要因の認知症が検査と排除の対象になったが、若者を含めて運転の下手さ、いい加減さは依然として放置のままである。せいぜいが違反点数による一時的な免許停止ぐらいで、危険因子排除に免許更新制度がなんの役にも立っていない。

 池袋の87歳は2年前の認知症テストに合格していると言う。認知症が原因と言うことはあり得ず、単に運転が下手なだけだ。仮に原因が認知症だったとすると、高齢者講習制度が無意味だったことになる。自分は高齢者講習を2度受けたが、その際気づいたことが二つある。一つは実技テストで受験者の多くが実に運転が下手くそなことである。これは高齢者だけに限った話ではなく、若年層も同じだろう。半分以上が車庫入れをまともに出来ない。クランクを容易に通過出来ない。道路の段差にタイヤを付けて停止し、アクセルを踏んで段差に乗り上げ、直後に段差の上で停止させるテストがある。アクセルからブレーキへの踏み換えのテストである。ほとんどがブレーキ操作の遅れで段差の上にピタッと止まれず、50センチか、はなはだしきは1〜2メートル行きすぎてしまう。ブレーキの踏み遅れだが、コンビニでやったら確実に事故である。多くのコンビニ突入事故がこれによるのだろう。

 もう一つが、老齢受験者の目の悪さである。左右の視野試験がある。小生はほぼ180度見えるが、ほとんどがせいぜい130度程度である。前を向いて運転中、バックミラーもサイドミラーも見えていないと言うことだ。視野回復検査である。照明に照らされたマークを見せられ、視野を真っ暗にした後、何秒後にマークが見えるかのテストである。小生は5秒ほどで見えたが、ほとんどの受験者が20秒以上かかっていた。こんな弱った目で夜間運転したらさぞ危険だろう。ちなみに生まれつき目のいい小生の5秒は、20歳代の平均値だと言う。こんな半分メクラのような老人達が、毎日そこら中を車で走り回っていると思うと慄然とする。怖くて公道を走れなくなる。わざわざ手間暇かけてこんなテストをやりながら、危険防止に役立てられない。役立てるつもりもない。認知症だけを問題にして、目の悪さや実技テストの結果は問題にされないのだ。なんのための高齢者講習制度かと言いたくなる。老化は認知だけではない。

 歳をとるにつれ、運転が下手になるのは間違いない。昨日出来ていたことが今日は出来なくなる。だとすれば、二つのレポートが指摘しているように、データに基づいて「どんな年代の人に、何をすべきか」を冷静に考えていくことこそが大事なのではないか。そのための免許更新制度であり、高齢者講習制度であるはずだ。世界中にこのようなコストと手間暇かけた厳しい免許制度がある国はない。日本だけである。フランスなど免許更新制度がなく、一度もらった免許は一生ものだという。もしそうであれば、せっかく作った制度を生かして、年齢にだけに限らない運転危険因子の洗い出し、排除を考えるのが国の制度のあり方だろう。もう一つ、免許返納が盛んに言われるが、フランスはいざ知らず、日本の制度では3年経てば免許は無効になる。面倒な返納など必要ない。自分は少しでも運転に不安を覚えたら、更新をやめるつもりでいる。

 日本の高齢化は今後ますます進む。増える高齢者を痛めつけ、意味もなく楽しみや気力や生き甲斐を奪うのは問題だ。気力をなくした寝たきり老人が増えるだけで、いい世の中にはならない。日本を元気にするためにも、運転上手で元気なお年寄りには、どんどん車に乗ってもらうべきだ。

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