伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2019年3月12日: 電子辞書とクロスワード GP生

 昔からデスクの上には、広辞苑と明鏡国語辞典を置いて適宜使用してきたが、最近では、広辞苑は余程の事がなければ手にしないし、明鏡も開くことに面倒を覚える様になった。老化に伴う好奇心の衰えも後押しているのだろう。英語関連辞書は就職して以来、既に縁が遠くなっていた。今は、知りたい事は、パソコンで答が得られる時代だ。いつの間にかパソコンを辞書代わりに使い、国語辞書はデスクの上で眠っている状態であった。高齢者といえども、デジタル化の影響を受けていたのだ。所が今年1月、一寸した切掛でカシオの電子辞書・EX-wordを購入してしまった。

 年明け早々、長年使っていた石油ストーブが使用不能になり、買い換えのため隣町の家電量販店を訪れた。時季外れのため、石油ストーブは店頭には置いていない。ネット注文したストーブを受け取るため窓口を訪れた時、隣が電子辞書のコーナーであった。昨年、EX-wordが発売された時から、この辞書が気になっていた。この電子辞書は多機能の内容を有する上、何処でも使用出来る利点がある。この時、手に取った電子辞書を購入したのは、衝動買いであったかも知れない。

 購入した電子辞書は、国語1,国語2,英語、英会話、生活1,生活2,趣味、健康、トラベル、便利等の項目に分かれ、国語1には「広辞苑」や「新漢語林」、「三省堂反対語便覧」等5種類、国語2には「明鏡ことわざ成句使い方辞典」や「大修館四字熟語辞典」等4種類、生活関連では「冠婚葬祭マナー辞典」や「スピーチや手紙文例集」が、健康ジャンルには「家庭医学大辞典」が入力されていた。趣味やトラベルにも幾つもの辞典があったが興味がないのでパスだ。最後の「便利」には、「かんたんサーチ」、「電卓」の他に「脳鍛アプリ明鏡日本語クロスワード」が入力されていた。

 クロスワードは、大修館書店が発行する明鏡関連辞書をベースにして問題が作られていた。全30問からなり、第1問、2問は、国語の初歩的知識があれば正解できても、回を重ねる毎に難易度が高まり、ヒントを読んだだけでは、見当も付かない問題が並んでいた。難問のクロスワードでも、問の合間に比較的答えやすいワードが組み込まれ、これらの言葉がヒントになる構成であった。タテ、ヨコのキーワードを片端から当たり、見当を付けたワードを記入すると、難問の解答を思考し易くなる親切設計でもある。それでも解答がイメージ出来ず、手がかりすら掴めない場合は、電子辞書で調べることになった。

 四文字熟語の問題では、最後の二文字が明記されていても、頭の二文字は○○で表示されているから四文字熟語の辞書検索は出来ない。電子辞書で検索する時は、ヒントの語句を調べる事になった。この時役に立ったのが、「便利」に属する「かんたんサーチ」である。日本語とアルファベットの何れかでの入力が可能で、電子辞書に入力されている広辞苑、和英辞典、ことわざ、四字熟語、漢字表記、カタカナ辞典等々に繋がり、広範囲からの検索が可能であった。例えば、「おんこちしん」を調べる為、「おんこ」と入力すると「恩顧」を初め色々の「おんこ」が表示され、更に「おんこち」と入力しただけで、「温故知新」が広辞苑やことわざ辞典、更に、和英辞典でも「learning a lesson from the past-」と表示された。難問のクロスワードと向かい合う時、この辞書機能が威力を発揮した。

 この脳鍛アプリは、「問題を始める」、「解説を見る」そして「成績」の三ジャンルから構成されている。「問題を始める」には、全30問からの選択と前回からの継続が選択できた。成績は自力で正解出来た時は、完遂マークが付き、解説から答を導いた場合や間違い箇所の表示機能を使って、入力文字の成否を確認した場合には、完遂マークは貰えないシステムである。電子辞書機能をフルに活用しても、回答にたどり着けない超難問は、ギブアップして「解説」に頼ることになった。慚愧に耐えないが、能力不足は如何ともしがたい。

 クロスワードを始めて、気がついたことがある。自分自身の発想力の劣化である。タテ・ヨコのキーワードを読んだ時、最初の閃きが大事なのだ。自分の知見にない古語の問題はともかく、現代国語に関して、正解は以前何処かで聞くか読んだ覚えがある語彙であることが多い。ヒントの内容を読んだ直後が勝負なのだ。この一瞬で回答が発想できないと、幾ら考えても正解に辿り着けない。電子辞書でも調べようがない設問も多い。ギブアップして、「解説」を読むと「そうだったのか、何故思い浮かばなかったのか」と自分を責めることになる。イマジネーション脳力低下を実感する瞬間でもあった。

 クロスワードの解答の殆どは、現代文、文語、古語である。一部カタカナの日常語の解答を求める問題も含まれていた。例えばバランスシートとかトナー等の解答を要求されたが、既に日本語化されている外来語である。問題の中には、解答の殆どが四字熟語であったり、ことわざであったり、更に古今の作家名、作品名を問う問題もある。当に国語系雑学の宝庫と言える。同時に、日本語が持つ奥の深さを知らされた。同じ発音の言葉に幾つもの意味があり、そこに至る歴史の存在を知った。クロスワードを始めた事による収穫である。

 クロスワードを始めた頃は、30問中、正解は数えるほどしか無かった。電子辞書を駆使して繰り返しチャレンジする内に、難問が理解出来るように成り、頭の隅に記憶される事になった。若い時の記憶力に比べる様もないが、回を重ねる内に、最初の頃に比べ閃きは向上しているようだ。若い時学んだ記憶は、忘却の彼方と思っていたが、問題を繰り返す内に蘇って来るから不思議である。

 最近、クロスワードにチャレンジする目的が変わってきた。1月末から始まった膀胱ガンのBCG治療では、注入後、最低1時間は排尿を我慢しなければならない。2時間が理想のようだが、頻尿が激しい自分には無理だ。注入直後から排尿を意識するくらいであるのだから。注入後の最初の排尿は、結核の生菌が含まれているため、指定トイレで容器に排尿するよう義務づけられている。それまでの1時間が問題なのだ。病院内で無為に時間を過ごしていれば、耐えられない排尿感に襲われる。1時間内には絶対排尿出来ないのだ。初回は読書で過ごしたが、排尿から意識を完全に逸らす事が出来ず、四苦八苦の我慢を強いられた。

 2回目から最上階の喫茶室でクロスワードへのチャレンジを始めた。スラスラと解答できる問題には快感を覚え、難問に直面した時、ヒントを求め「かんたんサーチ」や漢和辞典の検索操作に老いた神経を集中することになった。その結果、排尿から意識が遠のき、いつの間にか時間が経過していた。気がつけば、1時間半近くが過ぎていた事もあった。それでも、指定トイレに行くため立ち上がると、無意識の内に排尿意識にスイッチが入ってしまい、トイレまでの緊張感は並大抵ではなかった。

 アナログ辞書の操作に面倒を感じて購入した電子辞書は、治療に役立っただけではない。解答のワードを求めて、過去の知識に思いをはせ、古語や文語を検索する行為は脳細胞の活性化に繋がっていた。クロスワードの解答を求め電子辞書を操作している内に、多くの機能を有する電子辞書操作に、いつの間にか習熟していた。「便利」ジャンルにクロスワードがセットされている目的は、辞書機能を修練する手段であった様だ。

 辞書機能の内で「かんたんサーチ」は、使い勝手の良い優れ物である。国語、英語関連であれば、ここの入力のみであらゆる検索が可能なのだ。カーソルを動かし、目的辞典を探す面倒なしに検索目的を達することが出来る。高齢期を生きる自分は、更に、物忘れは激しくなるだろう。いつでも何処でも簡単に解答を求められる電子辞書は、今の自分にとって最良の買い物であったと満足している。手段はともかく、分からない事を調べようとする行為は、好奇心のなせる技である。加齢の進行につれて、好奇心は低下の一途を辿る。そんな時、クロスワードは脳細胞に刺激を与える最適のツールであるようだ。暫く、クロスワードへの挑戦は続く事になろう。

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