伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2019年2月21日: 男の家事分担 T.G.

 ここ10年以上、三度の食事の支度と後片付けは小生がやっている。洗濯、掃除は家人の分担である。料理が好きであれこれやっていたら、自然にそういう分担になった。小生が料理している最中、家人はテレビを見ている。それが当たり前になっている。料理は昔から得意な方で、伝蔵荘の例会の料理はほとんど小生が一人で作っていた。最近は面倒でやらなくなったが。

 自分で言うのも変だが、我ながら料理が上手い。料理の才があるのかも知れない。家人も美味しいと喜んで食べる。義理のお世辞ではなさそうだ。普通の煮物、焼き物、揚げ物、炒め物はなにも見ないでさっさと作れる。調味料は目分量で適当にパッパと入れるが、味付けを失敗したことがない。少し手の込んだ料理は事前にネットで調べて作る。味加減を間違うと美味しく出来ないので、最初のうちは調味料はレシピ通りに使う。一度やると次からは目分量でも出来るようになる。

 テレビの料理番組をよく見る。NHKの「きょうの料理」は、どこにでもある普通の食材とありふれた調味料を使う家庭料理が中心なので、とても参考になる。時々本屋でテキストを買う。民放の昼番組やっている簡単に出来る3分料理も大いに参考になる。見ている前で材料を揃えて3分で作るので、凝った料理ではないが、夕食のお惣菜に適したものが多い。これはと思った料理はさっそくその晩の夕食で試して見る。

 最近上手く行った3分料理に「ネギの豚肉巻き」と「鶏の挽肉と小松菜、舞茸の芋鍋」がある。その「ネギの豚肉巻き」である。長ネギの白い部分に包丁で細かい斜めの切り込みを入れ、豚ロースの薄切り肉を巻き付けて4センチぐらいの長さに切る。油を引いたフライパンで焦げ目が付くくらいに焼いた後、調味料に醤油、味醂、酒、砂糖を加えて弱火で煮詰める。それだけの至極簡単な料理だが、しみ出したネギ油の香りと豚肉の相性がぴったりで、とても美味しい。ワインもご飯も進む。

 「鶏の挽肉と小松菜、舞茸の芋鍋」である。鶏の挽肉に生姜、ネギ、椎茸のみじん切りを加え、良く練ってつみれを作り、鍋で煮る。そこへ小松菜と舞茸を加えて醤油と味醂で味付けし、適当に火が通ったところへ摺りおろした山芋を被せ、芋が適度に固まったら出来上がりである。大きめのお椀に取り分けて食すると、小松菜と舞茸の香りが立ち、つみれと山芋の食感がなんとも言えない。食べ終わった後の残り汁で作った雑炊の卵とじがまた絶品である。先年羽鳥湖へ行ったとき作ったら、鶏肉嫌いのSa君が絶賛してくれて、作り方とレシピを聞かれた。娘さんが羽鳥湖に来たときに作ってやるのだと。

 そういうわけで、年金生活の我が家の家事分担は、今のところうまく行っている。家事は嫌いではないので全部やってもいいのだが、洗濯、掃除までやると家人の仕事ががなくなるので手を出さないでいる。仕事に明け暮れていた現役時代はこうはいかなかった。毎晩のように午前様で、子供は寝顔しか見たことがなかった。家事の分担なんて夢のまた夢、やりたくても出来なかった。

 終電に間に合わないので、毎晩のようにタクシーで深夜帰宅した。隣の奥さんにご主人なにをやられている方ですかと不審がられた。得体の知れぬヤクザ家業と思われたのだろう。バブル時代で20枚綴りの上限無しのタクシーチケットを持たされていた。当時は都心から拙宅までの深夜料金が1万5千円かかったが、タクシー代を払っても、深夜まで社員をこき使った方が会社は儲かったのだ。今風に言えば、社員をこき使う絵に描いたようなブラック企業である。そのお陰で年商たった千億円の小さな会社が、退職時には50倍の5兆円企業になった。自分だけでなく日本中が同じように働いたので、世界第二の経済大国にもなれた。今の中国がそうだろう。

 昨今、夫の家事育児の分担が話題になっている。イクメンが英雄のように持て囃され、家事育児をしない夫は肩身が狭い。考えてみれば贅沢な話である。家事育児は会社の仕事よりよほど面白いが、我々の頃はやりたくても出来なかった。毎晩午前様ではやりようがない。家事育児を分担できる夫は、よほど会社の仕事が暇なのか、儲かる仕事をやっていないか、どちらかだろう。家事育児の分担が社会的要請になるようでは、日本経済が伸びるわけがない。千億円の会社が5兆円企業にはならない。世界第二の経済大国にはなれない。

 最近、就業規則を変えて副業を認める会社が増えているという。我々の頃はサラリーマンは副業禁止が当たり前だったが、就業規則以前の問題で、副業などやっていたら会社の仕事が務まらなかった。それほど仕事が忙しかった。残業代が給料と同額になった。今頃の会社はそうではないらしい。仕事が楽で、やろうと思えば副業が出来る。楽な仕事に高い給料は出せない。だから就業規則を書き換える。足りない分はほかで稼げと。低成長の国だから出来る事で、あまりいい話とは言えない。

 我々の頃は専業主婦がほとんどだった。旦那の給料だけで一家の生活が出来た。それを可能にする給料を会社は出した。今は出さない。給与体系が共稼ぎを前提にしている。だから奥さんも働かざるを得ない。共稼ぎが当たり前になっている。専業主婦は絶滅危惧種の天然記念物になりつつある。昔はダブルインカムは人も羨む美味しい身分だったが、今頃はある意味哀れで切ない境遇である。女性は髪を振り乱し、子供はほったらかしにされ、赤ん坊の頃から保育園に放り込まれ、世の中鍵っ子だらけになる。家族の絆が薄れて、子供の虐待やイジメや引き籠もりが増える。

 マスコミは盛んに女性の社会進出を持て囃すが、はたしてバラ色の世界なのか。そういう社会に将来はあるのか。働き方改革などと言ってサラリーマンが働かなくなり、給料が下がって家族の連帯感が薄れ、家庭や社会や国そのものが劣化し始めているのではないか。その結果日本経済がシュリンクし、格差が広がっているのではないか。家事分担は家事育児が好きで出来る人だけがやればいい。家事分担を仕事選びの条件にすべきではない。日本が潰れる。

目次に戻る