伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2019年2月6日: 厚労省の統計問題 T.G.

 数学科出身である。大学で確率論と統計学を学んだ。サイコロの目の出方に関する学問で、すこぶる難解である。確率統計学に有名な大数極限定理がある。大数の法則はサイコロを振ると出た目の数の平均が限りなく1+6の半分、3.5に近づくと言う法則である。中心極限定理は振る回数をどんどん増やすと、3.5との誤差がどんどん小さくなると言う定理である。誰でも直感的に理解できる容易な結論だが、証明はすこぶる難しい。小生はとうとう理解できなかった。大数極限定理は統計学の土台であり、すべての統計はこの定理に基づいている。

 統計学は全部を調べないで一部だけ調べて全体を推察するための学問である。つまり部分調査である。世論調査は全国民の意見ではなく一部の国民の意見を聞く。データのサンプリング(標本化)が適切であれば、それが実用的見地から全国民の意見と見なしていいことを統計学は保証する。すべての統計はこれで成り立っている。統計学がないと世の中が動かない。今問題になっている厚労省の統計も同じである。

 今回の厚労省の統計問題に関しては、政治上の駆け引き材料の問題と、統計そのものの問題と二つある。前者に関しては人それぞれ意見があって、数学科は口出しする立場にない。後者については大いにある。今回の騒ぎで全数調査でなかったことが問題になっているが、それはおかしい。そもそも統計は全数調査でなくてもいい。そのための統計学である。サンプルを適切に選べば、一部調査と全数調査の統計結果に実用上の誤差はない。そのことは統計学が保証している。そもそも従業員数500人以上の企業の全数調査は至難の業である。時間もかかるし人手もかかる。担当職員が数百人しかいない厚労省ではどうにもならない。だから一部調査にした。法律との整合性を別とすれば何の問題もない。

 法律で全数調査と決められていたと言うが、そもそも出来もしない法律を作る方がおかしい。法律は国会議員が作る。全数調査には厚労省の統計職員を何千人も増やさなければならない。それを無視して法律だけを作るのは片手落ちに過ぎる。それを頬被りして国会で非難合戦に明け暮れるのは、もはや偽善を通り越してインチキである。先に悪うございましたと謝るべきは、出来もしない法律を作った国会議員の方だろう。その中には野党議員も入っている。その上で法律違反した厚労省を質すべきだろう。ソクラテスじゃないが、悪法も法の内ではある。日本は法治国家なのだ。

 全数調査より低い数字が出た。それを元にした雇用保険給付は不当だと野党は騒ぐが、それはおかしい。そもそも全数調査はしていなかったはずだ。だから問題になったのではないか。であれば、そういうありもしない架空の数字と比較して針小棒大に騒ぎ立てるのは大間違いである。了見違いも甚だしい。野党議員が統計を知らないバカなのか、口先三寸の三百代言なのか、どちらかである。おそらく両方だろう。繰り返すが、サンプリングさえ正しければ、部分調査の統計数字は実用上十分に正しいのだ。

 こういう不正統計をやっていると、諸外国から信用されなくなるというトンチンカンな意見がある。諸外国はそんなこと問題にしない。彼らだってほとんどは部分調査なのだ。どこの国もすべて全数調査で国家統計を作っているわけではない。金と人手のかかる全数調査は国勢調査か選挙か国民投票ぐらいなものだろう。国の経済指標であるGDPだって、全国津々浦々の企業や国民の儲けをすべて調べ上げて合算したわけではない。ほとんどの数値が部分統計に基づく推察、敷衍である。中国のGDPが信用ならないのは、用いる統計数字に意図的な改竄が行われている可能性大だからで、統計の問題ではない。中国では国勢調査すらやっていない。

 問題があるとすれば、一部調査のためのサンプリングが統計学に則って適切に行われていたかどうかだが、国会審議でもマスコミ報道でもそのことを誰も指摘しない。一切無視である。統計の意味が分かっていないのだろう。サンプリングが不適切であれば統計は意味をなさない。安倍政権支持率に関するマスコミの世論調査がまったく一致しないのはその好例である。世論のサンプリングが恣意的でインチキと言うことだ。そのことを誰も問題にしないで、有り難そうに新聞を読んでいるのが不思議である。

 と言うわけで、数学科の目で見たら昨今の不正統計騒動はまったく無意味、かつ不毛である。国家統計がデタラメだったら大問題である。国の存立に関わる。まずやるべきは、今回の一部調査による統計数字がデタラメなのか、そうだとすればなにが間違っていたのか、サンプリングが不適切だったのかを検証することである。さらには政策に用いる統計品質として、はたして全集調査が必須であったのか、そうだとしたらそれを可能にする体制(職員数)はどれくらい必要なのかを精査して、厚労省の緊急増員計画を作ることである。それ無しには今年の統計も作れない。ついでに緊急に他省の統計の見直しも必要だ。役所は厚労省だけではない。それらを済ませた後は、好き勝手に国会プロレスゴッコを楽しんでいたらいい。国会議員はつくづく暇な職業である。

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