伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2019年1月19日: 犬三匹は我が家族 GP生

 我が家の三匹の犬達のことは、この日誌に何回か書いてきた。最年長のダックス犬ショコは今年の4月、16歳になる老犬だ。何時お迎えが来てもおかしくない歳である。シーズ犬チャコは、現在13歳である。そろそろ老犬の仲間入りだ。一番若いシーズ犬NANAは、まだ10歳である。気性も性格、個性も全く異なる犬達は、家庭内では独特のバランスを保って日常生活を平穏に送っている。昨年来、この平穏が乱される事態が生じてきた。原因は、自分の入院である。犬達の世話一切は、購入時から自分が行ってきた。犬達は若い時と違い、歳をとるにつれて手が掛かるようになった。自分が不在時の世話は、家人に委ねられるが、体調不良が続く家人には無理をさせられない。そこで、NANAを残し、他二匹をペットホテルに預ける事を常とした。昨年2回のペットホテル生活は問題が生じなかったが、今回は違っていた。

 シーズ犬チャコは、家族内で人気NO.1の犬である。頭を少し傾けながら、瞬きをしないまん丸の目玉で自分や家人をじっと見つめ、グーグーと声を発する姿は可愛さに溢れている。何かを要求する時の姿でもある。気性は穏やか過ぎて、弱いと言えるかも知れない。三匹の中で、何時も一歩下がった存在である。積極的に甘えることが出来ず、淋しくなると床を掻きむしり、何かを発散する行為を始める。昨年、チャコが掻き破った床のCFを交換したくらいだ。この時は抱き上げ、暫く膝に載せて置くのが最上の策だ。チャコは膝の上で、グーグーと鳴らす声は、何かを要求する時とは全く異なる響きである。チャコの動作は極めて遅い。トロイと言った方が当たっているかも知れない。おやつをあげても、口にくわえるのに少し間があるのが常だ。頭の回転が抜群に早く、動作の素早いNANAは、この間を利用して自分の分を咥えたまま、チャコのおやつを咥えて走り去るのだ。おやつを盗られたチャコは、ポカンとして座ったまま人の顔を見つめている。生後2ヶ月のチャコが我が家に来た時、2歳年上のショコしか居なかった。チャコは、何時もこのショコに付いて廻っていた。性格の良いショコは、まとわり付くチャコを嫌がらず好きなようにさせていた。二匹の親密な関係はこの時に始まった。

 今回、自分の入院が午後であったのため、当日午前中に、ショコとチャコをペットホテルに預け、仲の良い二匹を同じケージに入れる様お願いをした。退院日の午後に二匹を迎えに行った時、飼育担当者から、チャコが下痢をしたので、獣医科病院に連れて行った事を聞かされた。一過性の下痢で、下痢止めと抗生剤の注射をしたとのことであった。帰宅後の通便は正常に戻っていたので安堵した。チャコの下痢は初めての経験であった。ストレス性の下痢であったようだ。おっとりチャコでも淋しかったのだろう。

 翌日、今度はショコが下痢に見舞われた。滅多に無い事である。ダックス犬は本来が猟犬なので、抜群の身体能力を誇っていた。若い時は、食卓の椅子には一飛び、更にテーブルを経由してキッチンカウンターに飛び乗り、シンク内の残飯をあさることなど朝飯前であった。頭脳はすこぶる低級で、齢2ヶ月半で我が家に来てから、下の用を専用トイレでするよう教えても覚えられず、何回も粗相を繰り返した。そのたびに叱りトイレを教えても、暫くすると元の木阿弥が続いた。若い時はともかく、歳をとるにつれトイレの場所が乱れてきた。カーペットの汚れを何回掃除したことか。最近では、朝起きるとカーペットに糞が転がっていることが多くなった。糞の形状と色は三匹とも異なるから、犯犬はショコである事が直ぐに判った。

 ダックス犬は顔と体型に魅せられて飼う人は多いが、一番の魅力は人懐っこい性格である。甘え上手と言っても良いだろう。犬は身体上の弱点であるお腹を見せることを嫌うが、ショコは自分の前では直ぐ横になり、腹を上にして尾を振るうことが多い。お腹をさすると眼を細め、更に尾を激しく振り喜びを現すのだ。ボスに示す親愛の情である。そのショコが下痢である。直ぐに、獣医科病院に直行し、何時もの注射をして貰った。鈍感でお馬鹿さんのショコであるが、人一倍自分に甘えていたから、淋しかったのだろう。ショコにとって、ボスの側に居ることが、最高の喜びであるのだからだ。

 昨年、ショコは右口内に悪性メラノーマを発症し、日本獣医生命科学大学付属治療センターで手術を行った。ICUを含め1週間以上の入院生活は、ショコのメンタルに大きな影響を残した様だ。甘えん坊のショコにとって、病院でのケージ生活は辛く淋しい経験だったのだろう。だから、退院後の甘えは激しさを増した。何時も自分の後をつて廻るのだ。夜、他の二匹は別の部屋の寝床で丸くなっているが、ショコは、自分のベッド下に設けた寝床で寝ていても、自分が夜中にトイレに行くと、いつの間にかトイレの前をウロウロしているのだ。まるで、自分が何処かに行ってしまうことを恐れているような姿だ。自分がベッドに戻る後をトコトコついて歩き、寝床で安心したように再び眠り始める。そんなショコだから、チャコと一緒だけでは満たされず、寂しさと不安から下痢を起こしたのかも知れない。

 NANAは、太い神経と強い意志を持ったシーズ犬だ。躰は三匹の中で最も小柄ではあるが、女王様然として辺りを睥睨している感がある。息子が、飼っている雄のシーズ犬を連れてくることがある。このシーズ犬は仲間が居ることが嬉しくて三匹に近寄っていくと、チャコは自分の仕事部屋に逃げ込んでしまう。大嫌いなのだ。ショコは、雄のシーズ犬に躰の上に乗られても、抵抗することも吠えることもせず、為すがままだ。助けを求め、自分に眼で訴えることが精一杯であった。NANAは雄のシーズ犬が近寄ると、一声「ウー、ワン」と吠えて相手をにらみつけた。それ以来、雄のシーズ犬は、NANAには絶対に近寄らない。

 ショコの下痢は翌日に完治したのも束の間、今度はNANAが激しい下痢を起こした。朝起きると部屋中、軟便が点々としてカーペットを汚していた。トイレには下痢便の山が残っていたから、残便が次ぎ次に垂れたのだろう。朝一番に獣医科病院に連れて行った。原因は、仲間の犬が居ない上に、ボスの不在による寂しさが重なったストレスのようだ。自分の留守中は、家人が食事やおやつの面倒をみて、出来るだけ声を掛けていたようだが、それだけでは満たされなかったのだろう。あのNANAがと、信じられない思いであった。NANAも昨年、リンパ腫の治療で半年間辛い体験をしている。治療後、自分に甘えるようになった。ショコと違いサラッとした甘えであるが。

 人は、同じような環境の変化に直面しても、変化をもたらした要因を理解し納得するので、ストレスの生じる割合は少ないが、残念ながら、犬達には無理だ。ある日突然、環境変化が生じた時、否応なしに望まぬ状況に放り込まれる。犬達がどの様に対処するのかは判らない。我慢と淋しい生活が何時まで続くのかも判らない。どれだけ不安な事だろう。若い犬ならいざ知らず、安定した生活環境にすっかりなじんだ高齢犬だ。人が高齢化すると、心の柔軟性が失われるのと同じ現象が、犬達に起きているのだろうか。高齢者が新しい環境に馴染むことが出来ないのと同じ事なのかも知れない。

 家庭内で生活を共にする犬達は、単なるペットではない。苦楽を共にする家族の一員である。犬達が若い時はペットとして飼育されても、共に暮らす時間が長くなるにつれ、無くてはならない家族の一員に転化する。歳をとった犬達が大病を克服して、以前の生活に戻った時の喜びは、筆舌に尽くしがたいものがある。治療の状態に一喜一憂するのは、人の場合と変わりはないのだ。

 高齢犬のショコは最近痩せてきた。以前の意地汚いくらいの食欲は影を潜めた。口内の悪性メラノーマは切除したが、他への転移の有無は判らないとは、手術医の言である。17歳頃がシーズ犬の寿命限界と覚悟はしている。後1年少々の命だろう。この日誌を書いていると時も、ショコは自分の足下で寝ている。ショコにとって幸せの時間であるのだろう。今日も三匹が家人の前にお座りし、おやつを待っていた。真剣なまなざしで、家人を見つめる眼は輝いていた。何時までも、このような姿が見られるかは判らない。今は、紛れもない家族の一員たる犬達と生活できる事を喜びたい。

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