伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2018年7月16日:西日本豪雨災害 T.G.

 西日本豪雨災害から1週間経った。テレビ新聞はこのニュースで朝から晩まで持ちきりである。いろいろ見聞きしていて、どうにも気になるというか、腑に落ちぬことが二つある。一つは、なぜ人は逃げなかったのか、もう一つは、なぜこういう危険な場所に人が住まなくてはならないのかである。

 レポーターが被害者にいろいろインタビューする。ある人は風呂から上がってそろそろ寝ようかと思っていたら、いきなり水が出てどうしようもなかったと語る。別の人は雨の中車で娘を迎えに行く途中、崖崩れに遭ったと言う。また別の人は大雨特別警報は見ていたが、まさかこんなことになるとは思わなかったと言う。ほとんどの人の言い分はこのどれかに当てはまる。気象庁が前夜から盛んに警報を出していたのに、計画的に避難した人はあまりテレビに出てこない。200人を超す死者、行方不明者はこの3パターンのどれかだったのだろう。

 3.11の東日本大震災と違って、今回の豪雨災害は数日前から気象庁が、時間的にも地理的にも実に的確な予報を出していた。ほとんどピンポイントと言って良い。特別警報という以前はなかった緊急避難警報も出している。いきなり襲ってきた不慮の災害ではない。それなのに200人を超える死者が出たのはどういうことだろう。気象予報が狼少年だったのだろうか。心理学で正常バイアスという概念がある。そんなこと起きるはずがない。自分だけは大丈夫だという先入観である。地震津波はともかく、雨ぐらい大したことはない、自分だけは大丈夫だという「正常バイアス」が働いたのだろうか。避難場所を知らなかったとか、警報は聞こえなかったとか、水が押し寄せてきてどうしようもなかったというのは、すべて正常バイアスのなせる技だろう。これでは警報の意味がない。

 最も被害が大きかった倉敷市真備町の水害である。この地域は以前から洪水の常襲地帯で、倉敷市のハザードマップは今回の堤防決壊による水没区域をほぼ正確に予測している。決壊箇所までドンピシャリである。そのハザードマップは事前に各戸に配布されていた。にもかかわらず多くの人が逃げ遅れた。この地域は川面より4メートル低いという。堤防が決壊したら二階まで水没することは事前に分かっていたことだ。にもかかわらず、ほとんどの人が逃げ出さず、二階の屋根に取り残され、多くの人が水死した。何のためのハザードマップか。こうなると天災ではなく人災ではないのか。

 同じことは広島の鉄砲水被害にも当てはまる。4年前にもまったく同じ災害が起きた。山の斜面の傾斜地に造成された団地が、裏山の鉄砲水で押し流され、多くの人が死んだ。地盤が雨に弱い危険地帯であることはすでに証明されている。それなのに多くの人がそこに住み続け、警報が出ても逃げなかった。デジャブを見るような被害である。地形が似ている呉市の山間部に広がった被害も、ほとんど同じ構図である。従来の経験知見がまったく生かされていない。人も自治体も、さんざん羮に懲りておきながら膾を吹こうとしない。住民や自治体はこの4年間どうしていたのか。これも正常バイアスで済まされるのか。

 災害に見舞われた人に言うのも酷だが、そもそもこういう地域に人が住み続けること自体が間違いなのではないか。もっとほかに住むところがあるのではないか。少なくとも川より低い土地や、上流に砂防ダムがあるような傾斜地の谷筋は避けるべきではないか。無理に住み続けようとすると、堤防のかさ上げや崖崩れ防止柵や砂防ダムなど莫大な費用がかかる。そういう費用をかけても、堤防はいつかは崩れるし、砂防ダムも鉄砲水は防げない。今回も、上流にダムや砂防ダムがあるから大丈夫と誤解していた人がたくさんいる。費用対効果を考えたら、もっと安全な土地に移住すべきではないのか。そういう抜本的な都市計画を考えないと、いつまでたっても同じ災害が繰り返される。

 少子化人口減少の日本は、過疎が進み限界集落が増え続けている。20年後には900の自治体が消滅の危機にあるという。住居や病院、スーパーなど社会インフラを一カ所にまとめたコンパクトシティ化を進めるべきという議論もある。そういうご時世に、なぜ危険な場所を選んであえて住み続けなければならないのか。日本全体に所有者不明の土地が増え続けていて、現在でも九州の面積と同じ、4万平方キロの土地が所有者不明という。空き家の数は千万戸を超えるという。堤防のかさ上げや河川改修にコストをかけずとも、安心して住める土地や家屋はいくらでもあるのだ。わざわざ洪水のおそれのある低地や山の斜面に、無理して居住区を作る必要はない。呉市の被災地域の航空写真を見ると、海岸の背後に迫った山の斜面に、谷筋に沿って市街地が這い上がっている。その多くが甚大な被害を受けた。市街地計画的にはナンセンスに近い。

 昭和22年のキャサリン台風で利根川が氾濫し、下流地域に浸水家屋30万戸、流出家屋6千戸、死傷者5千人に及ぶ大水害が起きた。それを防ぐために吾妻川上流に八ッ場ダム建設計画が持ち上がった。5千億円を超える巨額費用を投じて完成間近だが、キャサリン以来一度も大洪水は起きていない。70年の間に下流の河川改修が進んだからだ。無用の長物というか、全くの無駄金である。それでも荒川下流域の東京下町は、海より低い土地が広がっていて何百万人が暮らしている。常に水没の危険に曝されている。スーパー堤防の計画があったが、コンクリートから人への民主党政権が潰してしまった。この党は物事の軽重をわきまえていない。これでは政治は出来ない。人口数百万人の東京の下町が水没したら、その被害額は東日本大震災の比ではないのだ。

 東京のような大都市の何百万人が今さら移住するのは不可能だが、倉敷の真備町の一部を移転させるのは、さほど難しい話ではない。市は堤防強化を急ぐと言うが、それに必要な費用を都市計画予算に廻せば、住民移転は不可能なことではない。広島や呉の小規模な山間部住宅地であればもっと容易いだろう。土地はいくらでもあるのだ。この際、国も自治体も住民も、治安治水と都市計画の発想を根本的に変えるべきではないか。

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