伝蔵荘日誌

【伝蔵荘日誌】2018年7月6日:高齢者にとって車の購入とは  GP生

 長年、大型のミニバンに乗っていた。ミニバン以外では大型のSUV車の時もあった。高い座席からの視界は安全運転に貢献するし、後部座席の座心地の良さや工事用の材料を沢山乗せることが出来る利点が有るからだ。長距離運転の快適さも魅力だ。確か、街中での取り回し悪さの指摘はあるが、長年乗っていると車体の大きさは、それほど苦にならなくなる。残念ながら、歳をとるにつれて運転能力の低下は避けられない。動体視力やアクセル・ブレーキの反応速度、視野等の機能が、加齢により低下するのは、必然だからだ。そのために、運転機能を維持するために、毎日一度はハンドルを握る習慣を身に付けてきた。後期高齢者の友人達は、何人もが免許証返上している。都会の街中に居住すれば、日常、車無しの生活に不便は感じ無いからであろう。余計な出費も不要になる。最近は高齢者特有の自動車事故による風当たりも強い。それでも、自分が車を手放せないのは、車が好きだからと言うしか無い。そんな自分が車を買う羽目になった。

 現在の大型ミニバンを最後の車と心得、8年以上乗ってきた。走行距離は4万qを少し超えている。運転中、車との一体感はあるし、付属機器の操作も習熟している。運転の煩わしさは一切無く、自分自身にとって車内は、開放感を感じる最良の空間であった。あえて車を買い換える必要は全く感じていなかった。所が周りはそうは見ていなかったのだ。家族から「大きな車の運転は年齢に会わない、小さな車にした方が安全なのでは」の声が日増しに強くなってきたのだ。息子に至っては「俺が金を出すから、小さな車を買ったら」と言い出す始末だ。大型ミニバンの運転を心配してくれるのは判るにしても、勘弁してくれとの気持ちであった。それでも小型車にとの合唱が止まらないのは、高齢化へ一直線の自分に対する心配である事は良く分かっていた。免許証返上を言われないだけ、善しとしなければならないだろう。

 熟慮した結果、車の買え換えを決意した。現在の大型ミニバンは息子に渡し、型式の更に旧い息子のミニバンを下取り車にすることにしたのだ。問題は購入する車種である。セダンタイプは昔から肌に合わないので、今流行の小型SUVかステーションワゴンが対象となる。現在のミニバンをラストカーと考えていたので、最近の車事情に疎いことに気がついた。昔は、ディーラー店廻りをしてカタログや資料を集めたものだが、現在は、必要な情報はネットで全て入手できる。

 トヨタ、ホンダ車からそれぞれ1台を選択して、機会を見つけて試乗に訪れた。いずれの店舗も昔から付き合いがあるので、率直な話が出来る利点があった。選択に際して、面倒な条件が1つ加わっている。後部座席の広さ、座り心地、安定感である。家人の条件であるのだ。現在売れている小型SUV車は、タウンユースにはもってこいなのだが、座席は前席優先であり、後部座席は補助席に毛の生えた程度の着座感である。運転感覚も自分のイメージとは少し違う感じもする。トヨタ車の試乗の帰りに、近くのスバル店に立ち寄った。昔、レガシーとSVXに乗っていたことがある縁であった。スバル車はファンには堪らない車が多い。TG君やAT君は長年に亘るレガジーのファンで、車を乗り換える気配は全くない。

 スバルの営業担当者に、最近のスバル車事情に疎いことを話し、後部座席がリクライニン出来るステーションワゴンが有るかどうか尋ねた。レボーグという車種があるとのことで、試乗車を見せて貰った。初めて聞く名前であった。「スバルの代名詞であるレガシーは現在アメリカ専用車になっており、国内販売はレガシーアウトバックのみになっている。レボーグはレガシーの後継車として開発された。「現在最後のマイナーチェンジ中であり、納車は遅れる」との事であった。1.6GTなるベースモデルに試乗した。排気量は1.6リッターながらターボ車であるから、トルクも馬力も申し分なかった。昔、乗っていたスバル車に比べて乗り味は進化していた。車は、自分が求める運転感覚に文句なくぴったりであった。問題の後部座席はリクライニング機構付で、着座感も申し分なしだ。後日、家人を乗せて試乗したが納得であった。レボーグの上級車種には、2.0GTスポーツ仕様車がある。スポーツターボ車は、運転していて楽しさ溢れる車であったが、インチアップした足回りは流石に堅く、高速走行ならともかく、街乗りではゴツゴツ感を強く感じた。ベースモデル車の購入を決意した。

 車の購入の楽しさの1つに、オプションの選択がある。自分のカーライフと価格との折り合いを如何に付けるかが問題でもある。楽しさと真逆なのが、値引き交渉と下取り車価格査定交渉である。面倒ではあっても避けては通れない現実である。事に臨んで、現役時代の商売感覚をフルに活用することになる。車の購入には、3種類の支払方法がある。一つは現金一括払い、もう一つは全額分割払いである。三番目は残存価格設定による分割払いである。購入車の三年後の価格を予め査定し、車両価格からこの残存価格を差し引いた値段が、購入時に支払う価格となる。中古車市場での人気度合いにより残存価格は上下し、残存率は50%前後が多いようだ。三年後に不要となれば、車を返上すればそれで終わりである。更に乗るとすれば、残存価格を支払えば良い。高齢者にとって、3年後は未知の領域だ。もし乗れなくなった場合、車処分は面倒事になるから、簡単に返却出来るシステムは安心材料である。

 車両本体価格、オプション価格と下取り車価格が全て決まった後、支払い方法の相談に入った。残存価格制度を利用したいが、最初の支払いは全額現金払いにしたいと申し入れた。所が返事は否であった。残存価格はローン会社が保証することになるので、購入時の支払いはローンでないと困ると言われた。所が80歳に近い自分は、ローンを組む資格は無いとも言われた。次善の策は、息子が債務者になり、保証人は自分がなる事であった。考えてみれば、何時お迎えが来るか判らない年寄りに、ローンを組ませる訳には行かない事は、立場が替われば良く理解できる。まだ大丈夫と力んでいるのは本人だけで、老人の社会的立場は脆弱であった。以前、同じ制度を使って車を買ったときは75歳前であったから可能であったのだ。後期高齢者の現実は厳しい。息子に迷惑をかける訳にはいかないので、現金一括払いとなった。

 車の購入には、面倒な事務手続きが多い。車検証の申請には最寄りの警察署で車庫証明証を取得する必要がある。ディーラーへは契約書に実印の印鑑証明書を添付する必要がある。更に面倒なのは下取り車関連の文書だ。下取り車所有者の住民証、印鑑証明、同意書、自賠責保険支払証明書、納税証明書、譲渡証明書等で全て息子頼みだ。この程度の手続きに面倒くささを覚えるのは、歳をとった証拠かも知れない。

 今回のレボーグは最後のマイナーチェンジ中とかで、ディーラー店への納車は、6月末になった。スバル車は新型車が発売されてから定期的にマイナーチェンジを繰り返すそうだ。今回のレボーグは5回目のマイナーチェンジで、アイサイトと呼ばれる安全運転システムに手を加えていると聞いている。どの車でも、マイナーチェンジを重ねる毎に改良され、より良い車に進化するが、車本来の素質が悪いとそれなりの車で終わることになる。何やら、人間と似ている。

 今月初めにレボーグを受け取った。担当者から車の取り扱いにっいて長時間の説明を受けた。メカニカルの説明は問題なく、ナビ関係の取り扱いも常識の範疇であったが、問題はスバルの安全運転システムあるアイサイトだ。アイサイトは衝突回避支援、運転負担の軽減、安全運転支援に視界の拡張機能を助けるシステムである。更にアイサイトプラスとして、先行車の認識機能、車線中央維持機能、アクセル・ブレーキにステアリングアシスト機能がある。事故防止の為の機能ではあるが、全て各種ボタンにより設定や解除が出来るシステムであった。このボタン操作を覚えるのが一苦労であった。ハンドルのボタン半分以上がこのシステムの操作ボタンであった。詳しい操作方法を、一回の説明で完全に頭に入ることは難しい。理解できないところは、改めて分厚い取説を開きながら操作確認を行う必要がある。これらのシステムは、現在問題になっている高齢者による運転ミスに起因する事故防止に、有効である事は間違い無い。但し、高齢者すべてがこのシステムを完全に理解し、操作できなければ宝の持ち腐れとなろう。自動車各社が無人運転車の開発に取り組んでいるが、完成は遙か先のことになるだろう。現在は、無人化の入り口なのかも知れない。

 ディーラー店でレボーグを受け取ってから、ガソリンスタンドに向かった。通常、新車には10リッター程度しか給油されていない。今まで乗っていたミニバンのエンジンは、3.5リッターハイオク仕様で、街中燃費は4〜4.5q程度であった。今回はターボ車とはいえ、1.6リッターレギュラー仕様である。省エネは期待出来そうだ。次いで、馴染みのタイヤ館に立ち寄り、タイヤ内を窒素ガスに入れ替えた。窒素ガスは通常空気より温度変化に強く、四季を通じて安定したガス圧を示すことは経験済みである。ついでに、サービス価格で車体下部の防錆塗装を施した。家に戻り、ミニバンに積載していた、カー用品を整理して積み替えた。何年も同じ車に乗っていると、いつの間にか不要品が貯まることになる。これで、物理的な準備は全て完了した。ソフト操作の習熟には時間を要するであろう。

 車の購入を決めてから納車まで2ヶ月以上が経過していた。この間、自分の身は想定外の事態に襲われた。以前日誌に書いた事態だ。とても車どころでは無かった。あれほど、購入を勧めた家族達も、少し早かったかも知れないなどと言い出している。若い時代は、新車購入にはワクワク感が伴ったが、今回は何処か醒めた目で見つめている自分を感じていた。それでも、レボーグのハンドルを握ると心のときめきを感じるのは車好きの証であろう。

 高齢者にとって車は、高額な玩具の購入になるのかも知れない。それでも、新しい車に関心があり、機能を理解する意欲と運転する喜びを感じるのであれば、玩具でも良いのだと思っている。高齢者にとって生きる喜びを感じることは少ないのだから。 車の機能を完全に理解するには、学習する意欲が必要だ。車中で、分厚い取説を開いている自分を見ると、意欲は未だ衰えてはいないようだ。3年後に、免許証更新と車検を迎える。今と同じ気持ちで、その時を迎えられれば良いのだが。努力が通じなくなる時が、一日も遅くなることを願うのみだ。

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