伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2018年5月31日: 愛犬二匹目のガン治療 GP生

 我が家には3匹の小型犬が生活している。2匹のシーズー犬と15歳のミニュチアダックスだ。一番若い10歳のシーズーNANAのリンパ腫治療は、現在も継続中だ。幸い抗ガン剤による治療が効果を発揮して、マーカーの値は5割減になった。完治の可能性大だ。NANAには副作用も見られず、元気に生活している。一安心もつかの間、今度は最年長のダックス犬にガンが見つかった。

 最近、ダックス犬の右顎下が膨らんでいることは気づいていたが、虫歯の影響だろうと軽く考えていたのが間違いだった。昨年7月、ダックス犬の右目から目やにが出て、目が開かない状態になった。獣医師に相談したところ、眼科専門獣医を紹介され、抗生剤を中心とした治療を受け完治はした。専門獣医師からは「今回の目の異常は、虫歯と関係があるので抜歯した方がよい」と言われた。何時もの獣医師に話すと、全身麻酔による手術と入院が必要と言われた。処置はしなかった。その後、ダックス犬の右目に目やにが多くなる度に、自分が常用している目薬・スマイル40を一日3回処方すると一週間程度で回復した。5月に入りダックス犬の顎下の膨らみが大きくなったので、何時もの獣医師の診断を仰いだところ、虫歯の腫れなどでは無く、口腔内悪性腫瘍・メラノーマの可能性が高いとの診断であった。口腔内のメラノーマは、皮膚メラノーマとは異なり、その殆どが悪性で、腫瘍周辺組織への浸潤性が強く、局所リンパ節や肺への転移が多いとのことであった。人にも発生するが、犬の場合は口腔内での発症が多いと説明された。

 直ぐに、日本獣医生命科学大学の治療センターで治療予約を取るように勧められ、連絡した所、初診は3週間先にしか空きが無かった。ダックス犬を見ていると、日毎に顎下の膨らみが大きくなっているように思えるし、食事の時もドライフーズが食べにくそうであった。餌は缶詰食やレトルト食に換えたが、メラノーマの浸潤と転移を心配する3週間であった。

 治療センターではNANAの主治医の診察を受けた。主治医は腫瘍内科の専門医なので、途中から腫瘍外科のYA獣医師に換わった。詳細な問診の後、3時間近くに亘り検査が行われた。血液検査、腫瘍部レントゲン、胸部レントゲン、生検等である。検査に連れて行かれるダックス犬には、頑張れよと声をかけたが、不安そうな目で見つめられると胸を締め付けられる思いだ。

 検査結果は、やはり悪性黒色腫・メラノーマで、顎骨と舌に浸潤していた。心配していた肺への転移はなかったものの、顎下のリンパに転移していた。治療法は、右下顎骨全部の切除を含む腫瘍周辺部の全摘出手術がベストと言われた。ダックス犬は4月に15歳になったばかりの高齢犬だ。ダックス犬の寿命は通常16歳から17歳である。苦しい思いをさせて1,2年寿命を延ばすことの意味を考えた。もし、手術をしないと如何なるか尋ねると、「患部の腫瘍浸潤は進行し、いずれ餌は食べられなくなる。リンパへの転移、肺への転移は間違い無く進行する。」と言われた。何れにしても、治療しなければ、選択肢は安楽死しかなくなる。昔、高校生の時、飼っていた大型の雑種犬を故あって安楽死させた経験がある。自分が獣医病院に連れて行って、目の前で雑種犬の死を目撃した時の辛さ、死骸を庭の片隅に埋葬したときの想いは、今でも心に残っている。ダックス犬の寿命が例えあと1年しかないとしても、手術によりメラノーマが完治する可能性があるのなら、無治療で安楽死の選択は出来なかった。麻酔・手術承諾書と入院請書にサインし、治療をお願いした。

 手術は4日後の金曜日と決まった。当日、朝9時に治療センターにダックス犬を入院させた。午前中は画像診断、心電図検査が行われ手術の準備が整った。昼過ぎYA獣医師から電話があった。何事だろうと電話を取ると「口腔内を切開すると、異物が肺に入り肺炎を起こすため、ダックス犬に適した直径7〜7.5oの気道確保チューブを挿入するが、入らない。4.5oのチューブがやっと挿管出来る状態だ。このチューブだと手術時に液体が肺に入る恐れがあるので使用出来ない。気管を切開、挿管して気道を確保する必要があるから了承して貰いたい」との承諾依頼であった。

 以前、ダックス犬の声帯を切除手術したことがある。ダックス犬は吠える犬種である。とにかく吠えるのだ。家庭内の躾では改善不能のレベルだ。マンション内の飼育では、他の部屋に迷惑をかける。思い切って手術をしたが、それでも出ない声を振り絞って吠えている。声帯摘出手術をすると、切除した部分が癒着して気道の下半分が閉塞する副作用が避けられないそうだ。今回、この手術が障害となった。事前の問診で声帯摘出のことは話していたが、想像以上に癒着が大きかったようだ。

 当日夕方、手術が無事終了したとの電話をYA獣医師から貰った。悪性黒色腫とリンパ腫は全て切除したと聞き、肩から力が落ちる思いであった。麻酔が切れていないので、今はICUで観察中とのことであった。午後4時頃には手術が終わると聞いていたが、いつまで経っても電話が来ない。午後6時を過ぎると心配になってきた。電話機が鳴ったのは6時半を過ぎていた。話の様子から大変な手術であったようだ。

 安心はつかの間の事であった。YA獣医師から翌日の朝一番に電話があった。気管確保チューブを抜いたところ、呼吸困難に陥り低酸素状態になったのだ。再気道確保を行い呼吸は回復したが、原因が判らないので暫く観察したいとのことであった。週明けにNANAが抗ガン剤治療のため治療センターに行くので、その時、詳しい状況を聞きたい旨、お願いした。

 月曜日、NANAの検査時間中、YA獣医師から説明を受けた。「喉の軟骨が正常に動いていないので、自律呼吸が出来ていない。手術による一時的影響か、声帯切除後の癒着の影響か、現在は判断かつかない。呼吸器管を抜いて呼吸出来れば良いが、出来なければ気道拡大の手術が必要である。」との事であった。更に、二種類の気道拡大手術の説明と手術合併症の説明を受けた。いずれも大変な手術である事が理解できた。自分に出来る事は、自然回復を祈る事のみだ。肝心の悪性黒色腫は完全に切除出来たと説明された。当初、右下顎骨全摘と聞いていたが、骨への浸潤が局所に留まっていたので、下顎骨の一部のみの切除で終わった。一見すると外見からは施術痕は一部しか判らない。見事としか言い様がない手術であった。

 月曜日の午後、YA獣医師から高酸素環境で管を抜いたところ自律呼吸が出来たとの電話があった。更に、夕方再度の電話があり、通常空気中での自律呼吸が出来たので、明日以降、退院可能であるとの嬉しい知らせであった。気道拡大手術合併症の可能性を聞くと尻込みをしたくなるが、YA獣医師を信じて覚悟はしていただけに、心が躍る思いであった。

 火曜日、朝一番で治療センターで退院手続き終了後、YA先生からダックス犬を受け取った。甘えん坊のダックス犬は自分にしがみつき、喉を鳴らして喜びを現していた。抜糸は6日後となった。この間傷口保護のために、首に三角フードを着装しなければならない。犬は違和感を覚えると患部を後ろ足で掻きむしるからだ。食事時以外は着装で、水飲み場には工夫が必要だ。抜糸までの間、一日二回抗生物質を服用することになる。食事は従来のドライフーズは食べられないので、水にうるかすか缶詰食となる。以前より手はかかることは間違い無い。当に老々介護だ。

 帰宅すると2匹のシーズー犬が寄ってきてダックス犬の臭いを嗅ぎ始めた。歓迎の挨拶である。ダックス犬が入院中、残されたシーズー犬達は何となく静かで、3匹時の喧噪が嘘のように思えた。今回のダックス犬のガン治療はハラハラの連続であったが、終わり良ければ言うことはない。退院してからもダックス犬は、自分の側を離れない。部屋の中を移動する度に起き上がってついて来る。トイレ時は、入り口で待っている。以前から甘えん坊であったが、退院後は更に著しくなった。入院中は甘える相手が居なくて淋しかったのだろう。ダックス犬にとって、何時もボスの側に居られることが安心の第一歩になるようだ。我が家の3匹が何時まで元気な生活が出来るかは判らない。犬といえども家族の一員だ。犬を含む家族の健康が、家庭生活安定の必要条件である事は間違い無い。

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