伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2018年4月26日: 高齢者運転免許証更新の顛末 GP生

 自分が運転免許証を取得したのは、今から45年前、長崎県離島の鉱山勤務時代であった。勤務終了後、教習車がマニュアル車4台しか無い教習所にバスで通ったものだ。教程全てが終わっても、島では免許証の取得は出来ず、佐世保まで出かけなければならなかった。自分は、東京出張の帰りに佐世保の運転免許試験所に寄り、学科と実技の一発勝負に賭けた。佐世保の宿は、長崎県内の免許証取得希望者の定宿であり、食堂は運転免許取得の議論の場であった。免許証を取得して程なくして、本社転勤辞令をもらったので、島内では車に乗る機会は殆ど無かった。本社での仕事に車は不可欠で、社有車ブルーバードを運転していた。離島免許取得者にとって、都内での運転は緊張の連続であり、初めての首都高速道路走行は恐怖さえ覚えた。

 免許証の更新は3年に一度が通例であるから、計算上、過去に15回の免許証更新をしたことになる。ゴールドの時代が続いたので、正確な回数は記憶に無い。更新は、講習・実技共、府中運転免許試験場で行ってきた。最近では、民間教習所で講習を受け、最寄りの警察署で更新手続きを行うことが多くなった。東京では、更新手続き可能な警察署が12署ある。自分は一番近い石神井署が定番であった。

 75歳の時、初めて後期高齢者として更新手続きを行った。近くの教習所で認知機能検査と高齢者講習を受講し証明証を受領し、全てが一日で終了した。認知機能検査の難関である16個の図形記憶は、2つが思い出せず満点は貰えなかった。点数が50点を割っても、終了証明書は発行された。但し、交通違反を犯したときは、病院での認知検査が義務づけられるとの説明を受けた。

 今回の「運転免許証更新の知らせ」は、失効6月前に届いた。前回、3ヶ月前に教習場に申し込んで間に合ったので、今回も呑気に構えていた。3ヶ月前に、前回の教習場に申し込んだところ、空きがあるのは2ヶ月以上先しか無いと言われ愕然とした。それでも、失効までには2週間以上あるので、胸をなで下ろしたのが間違いであった。高齢者の運転免許証に関する法改正により、認知機能検査と高齢者講習が分けられてしまっていたのだ。今回の高齢者免許証更新の苦難は、自分の認識不足により始まった。

 認知機能検査は、時間認識から始まる。ただ今瞬間の年月日、曜日、時間を答えさせられた。次が、難関の図形記憶である。4個の図形が描かれている絵を都合4枚見せられて記憶する。数字のチェックをさせられた後、16個の図形が何であったか答える事になる。数字チェックは採点に関係なく、図形記憶後、別のことを考えさせてから記憶の確認を行わせる手段であった。3年前の時は、これも問題であろうと考え懸命に取り込んだために、2個の記憶喪失が生じたとは、言い訳に過ぎない。次いで、図形のヒントが示され、再度16個の図形名を答えさせられる。最後に時計の絵を描き、指定時間を長針、短針で表示する問題である。時間認識、記憶力、図形認識の衰えは、認知に繋がるから、このような出題がされるのだろう。

 高齢の友人達に聞いても、図形記憶が難関であるのが共通認識であった。認知機能検査の問題は、警察庁のホームベジに掲載されている。現在は、ABCDの4パターン、64図形となっている。事前に、これを全て記憶すれば、満点は間違いないのだが、高齢者の頭脳では極めて難しい。パターン別に記憶したつもりでも、頭の中でバラバラになって混乱するからだ。言葉で記憶すると混乱をするが、図形を視覚で記憶すると、名称は後から出てくるので、パターン別の認識と記憶が混乱することは避けられる。

 今回の法改正で、認知機能検査の点数で3つのグループに分けられる事になった。「76点以上は2時間の高齢者講習、49から75点の組は3時間講習、それ以下の者は病院紹介」とは、試験場担当官の説明であった。従って、同日の高齢者講習は行われず、再度予約が必要となった。この教習所での最短受講は2ヶ月先であり、1ヶ月半の以上免許証失効期間が生ずる。担当者に、如何したらよいかと質すと、「鮫洲試験場の担当部署に電話して、都内の空いている教習所を教えて貰うと良い」と言われ、電話番号を教えてもらった。「但し、電話が混み合うので中々繋がりませんよ」と念を押された。

 朝一番に電話をして、最短の可能性のある複数の教習所を教えて貰った。可能性が最も高い教習所に電話をすると、免許証失効日から10日後の講習に空きがあると言われた。不便を強いられるが、ここに至っては許容範囲と考えるしか無かった。この教習所は都区内から遙か西にある。中央線立川駅から多摩モノレールに乗り換え、更に私鉄とタクシー利用で到着する遠隔地であった。

 講習当日には、11名の爺さまが集まった。講習は簡素化されていて、以前行われていたビデオ映像による講習とシミュレーターによる運転試験は省かれていた。実車運転検査と視力検査のみであった。視力検査は、動体視力、夜間視力、左右両眼の視野検査である。夜間視力検査では、目の老化を思い知らされた。両眼に強い光を当てられた後、消灯された先に、何時もの視力検査のマークが現れ、○の欠損部位を答えさせられた。消灯後、視野の先は真っ暗闇にしか見えない。何も見えないのだ。しばらくすると少しずつ○らしき物がぼやけて見えてきた。欠損部など見える訳がない。時間の経過と共に欠損部位がぼんやりと見えてきたので、解答用ハンドルを上下左右に動かし位置を答えた。1分を遙かに過ぎる時間が経過していた。消灯後、欠損が見えるまでの時間で夜間視力を測定するとの説明であった。「若い人は、遙かに早い時間で回復する。今日は、16時からの講習なので、高齢者皆さんの視力は落ちているはずだ。午前中だと違った結果になると思う。高齢者の夜間運転は、視力が落ちた状態なので注意して下さい。」と教官から説明された。納得であった。実車教習は、問題なく終わり、高齢者講習受講証明証」を受け取り帰途に就いた。この日は土曜日であった。明後日には車に乗れると喜んだが、そうは問屋が卸さなかった。

 月曜日の朝、タクシーで石神井警察署に向かった。受付で必要書類を提出すると、「あなたの免許は既に失効しています。警察では手続きが出来ませんから、最寄りの運転免許試験場に行って下さい。」と突き放された。失効した免許更新は、警察署では出来ない事は、警察から来た更新手続きの詳細説明に書かれていた。よく読まなかった自分の落ち度であった。更に、本籍地記載の住民票と写真が必要であった。期待が大きかっただけに、予想外の事態に、がっくり肩を落として帰宅した。区役所で住民票を貰い、何時もの府中試験場に向かった。写真はそこで撮影出来るはずだ。

 試験場での検査は、静止視力だけで、後は、更新料を支払い、全ての書類を窓口に提出し、交付を待つだけであった。試験場に何回来ても、人の多さに驚かされる、新規免許証、仮免、更新等様々だが、老若男女多くの人達で、交付場所の待合を埋めていた。交付までには1時間半を要した。番号を呼ばれ、渡された新しい免許証を手にした時、疲れが一度に出る思いであった。

 今回の更新が手間取った最大の理由は、6ヶ月前に更新知らせが届いた時、直ぐに認知機能検査を申し込まなかったことにある。法改正により高齢者講習が同時に行われなくなった事を知らなかったからだ。教習場は倍の時間を強いられ、早期の予約が取れなくなったのだ。認知機能検査の手数料は僅か650円、その後の高齢者2時間講習料は5,100円に過ぎない。教習所にして見れば人手と時間がかかる上、実入りが少なければ力が入る訳が無い。都内の後期高齢者で免許証所有者が何人いるかは知らないが、教習所での予約状態を見れば、膨大な人数になるのだろう。

 今回の法改正は、高齢者の交通事故増大にある。その原因が認知機能低下にあるとの認識から行われたのは確かだ。高齢者の免許証返上を勧めているようにも思える。教習所の教官の言からもそのことは窺い知れた。現実は、免許取得高齢者の増加により、更新手続きの現場が混乱しているのが実態だ。今回の講習参加者11名中、地元は1人のみ、後は、空きを求めて集まった遠隔地の人達であった。話をしてみて、「更新知らせが届いたら、手続きを直ちに行はなければならない」が共通認識であった。次回の更新時期は、自分は80歳を超えている。家庭内で免許証返上の圧力も強まるかも知れない。何れにしても、運転機能が失われる時は必ず訪れる。今は、運転に支障は無くとも、いずれ決断を迫られる事が生ずるのは間違い無い。車に対する感覚を忘れないよう、毎日ハンドルを握ってはいるが。

 法改正により高齢者の違反は、処罰が厳しくなった。例えば、一時停止違反の場合、反則金の支払いだけで無く、認知機能検査を強制的に受けさせられることになった。この時の点数が免許証更新時の点数より大きく下回れば、再度、高齢者講習を受けさせられる事になる。万が一、49点未満であれば、病院行きとなろう。臨時認知機能検査の対象になる違反行為は、信号無視、通行禁止違反、進路変更禁止違反、遮断踏切立ち入り違反、指定通行区分違反等、軽微な違反18項目が対象となる。全て、認知機能の衰えによる事が原因とされている違反ばかりである。

 後期高齢者は、運転に関する法令を再度勉強し直して、軽微な違反を犯さないよう集中力を高める運転を心がけが必要だ。脳力を衰えさせず、日常生活の質を高める努力を惜しまないことだ。たかが車の運転、されど車の運転だ。歳をとることで、苦しみが増えることは辛い事だ。免許証返上すれば辛さは解消されるが、車のハンドルを握ることが生きている証とも考えている。もう少し頑張ってみようと思う。苦労して免許証の更新をしたのだから。次回は、如何するかは、今は、考えない様にしている。

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