伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2018年4月14日: 愛犬のガン治療始まる GP生

 我が家では三匹の小型犬が生活している。三匹とも全て女の子だ。最年長は15歳のミニチュアダックス、後は12歳のシーズー、そして今回発ガンした10歳のシーズーNANAだ。三匹の日常を見ていると、それぞれが個性的なのが良く分かる。犬達の日常と性格の違いは、以前、日誌に書いた事がある。NANAはシーズーの中でも小型種に属する。他の犬に比べて頭も小さい。脳容量は小さくとも、三匹中最も賢い。ずる賢いといった方が当たっているかも知れない。飼い主の言動を常に観察していて、自分が得をすると感じるや、真っ先に行動する。飼い主が外出から帰宅すると、先頭を切って出迎えるのもNANAだ。エレベーターの着信音を室内で聞き分けるからだ。出迎えると、直ぐにリビングに戻り、部屋の隅に置いてある小さなお人形さんを咥えて戻って来る。そして、尾っぽを振りながら、つぶらな眼で人の顔を見つめるのが恒例だ。NANAの嬉しさの表現法である。そのNANAが発ガンした。

 3月中旬のことだ。定期的に通って居るシャンプーで、トリマーさんから両耳の下にシコリがある事を教えられた。念のため、獣医さんに見て貰った方が良いとアドバイスされ、、掛かりつけの獣医科病院に連れて行った。シコリは前足の付け根や後ろ足関節部、顎の下にも見つかり、リンパ腫の疑いがあるとの診断であった。獣医さんからは、精密検査を日本獣医生命科学大学付属治療センターで受けるようを勧められ、紹介状をもらった。翌日、電話して4日後の予約が取れた。

 日本獣医生命科学大学という校名は、2006年に命名されたもので、それ以前は日本獣医畜産大学を名乗っていた。設立は古く、1881年に日本最初の私立獣医学校として小石川に設立されている。現在は、中央線武蔵境駅の南に大学の全設備が集まっている。自分も少年の頃から、日本獣医大として知っていた。昔の木造校舎は全て現代的な高層建造物に換わ り、当時の面影は何処にも見られなかった。診察は問診から始まった。食事、日常生活から病歴等々詳細な質問が続いた。「犬は喋れないので飼い主さんに細かいことを聞いています」とは、担当の女医さんの言だ。後ろで研修学生二人がメモをとっていた。

 検査、治療担当の医師は、腫瘍内科を専門とする助教であった。血液検査、胸部レントゲン、腹部エコー、腫瘍部採取生検により、病名と症状を診断するとの説明を受けた。NANAを助手の先生に手渡す時、不安そうな表情で見つめられた。結果が出るまで3時間を要した。検査が終わって担当医と話をしていると、奥の部屋から、NANAの悲鳴にも似た声が聞こえてきた。自分の声を理解したからだ。助けを呼ぶような叫び声であった。NANAにとって不安に満ちた独房での3時間であったのだろう。

 担当医からは、「白血球数は10,000オーバー、白血球中のリンバ球値は89,000と極めて高値である。病名はリンパ腫又は白血病のいずれかの可能性がある。脾臓のエコー映像からリンパ腫特有の影が見られた。今日の検査では判断できない。詳細な検査結果は月末までに判るので、治療はそれ以降となる。」との説明を受けた。結果が出るまでは、ステロイド剤と胃薬を処方された。ステロイド剤は、リンパ球分解の手助けになるそうだ。投薬は朝食の餌に混ぜて行うことになった。

 NANAは皮膚アレルギーの持病を持っていている。数年前に皮膚が真っ赤にただれ、下半身の毛全てが抜け落ちた。それ以来、餌は皮膚アレルギー犬の特別食を食べさせいてる。皮膚の炎症を抑制するためのシャンプーは、オリーブ油で作られた赤ちゃん用の石けんで週一回行ってきた。脱毛は止まったが、時々皮膚がピンク色に染まり、少量の脱毛が生じていた。ステロイド剤投与からしばらくして、ピンク色の皮膚が白味を帯びてきた。ステロイド剤によるアレルギー抑制効果だ。

 初診から6日後、治療センターの担当医から電話があり、検査結果の報告を受けた。検査はリンパ球表面マーカーの型式判定により、良性か悪性かを見極めるものであった。結果は、一般的な腫瘍では無く悪性腫瘍、ガンと判定された。治療は抗ガン剤を3週間毎に注射すると説明され、次回の治療日を予約した。ステロイド剤は継続投与となったので、不足分を獣医科病院で処方して貰った。

 予約日に治療センターに行き、血液検査、腹部エコー、尿倹を受けた。白血球、リンパ球の数は前回と大きな違いは無かった。所が、腹部エコー検査で膀胱に異常が見つかり、尿倹へと繋がった。尿中の白血球数が多く膀胱炎を発症していた。このまま抗ガン剤治療をすると白血球の減少により炎症部が悪化する恐れがあるとの診断で、膀胱炎の治療を優先させることになった。犬の泌尿器用抗生物質が一週間分処方され、ステロイド剤は投薬量を減らして継続になった。朝食時の薬は胃薬を含め3種類となった。

 一週間後、治療センターで再検査を行った。血液中の白血球量は変化無し。尿倹では、白血球や菌が検出されず、抗ガン剤治療可と診断された。ようやく抗ガン剤治療にたどり着いた。リンパのシコリが見つかってから二十日が経過していた。「進行性の遅いガンだから心配はいらない」とは安心材料だ。抗ガン剤二ムスチンは、日本で開発された薬で、人の脳腫瘍や悪性リンパ腫、慢性白血病、胃ガン、肺肺ガン等に用いられているそうだ。脳腫瘍に効果が高いのは、血液脳関門というバリアーを通過できる特性を有しているからだという。当然副作用がある。投薬回数が増えるほど骨髄抑制が顕著となり、白血球や赤血球、血小板が減少する。犬の場合は3週間インターバルのため、副作用は比較的少ないとの説明された。注射後2,3日目から7日頃までは、要観察と言われた。副作用が生じ易い時期との事だ。体温の測定を毎日行うよう指導された。体温測定は肛門に体温計を差し込み、5分から10分の検温が望ましいと指示された。

 抗ガン剤の効果は、血中白血球の値で検証する。最終目標は4000と言われた。この値を維持できれば再発の可能性は低いそうだ。リンパ管のシコリも縮小してくるはずだ。念のため抗生物質は更に7日間の投与となった。ステロイド剤は投薬量が更に減少され継続となった。これらの薬の副作用がNANAの身体を蝕むことに間違いない。朝夕2回の食事時の観察は欠かせない。副作用は真っ先に食欲減退として現れるからだ。2,3日前から通常量の餌を与えても少し食べ残すことが多くなった。後6日で抗生物質の投与は終了する。ステロイド量も減少した。ここ一週間が極めて大事な時期となる。体温測定は、朝食前の決まった時間に行うよう担当医から指示されている。肛門に体温計を差し込まれたNANAは、腕の中から不快極まりない表情で自分を見つめている。測定中、時間の進行が何と遅いことか。

 愛犬のガン治療は始まったばかりだ。今年に入って、NANAが自分の寝床で寝ていることが多く、以前に比べて元気が無い事が気にはなっていた。リンパのシコリに、もっと早く気が付かなければいけなかったのだ。それでも、手遅れでは無かった事に救われた。後は、出来る限りの治療をさせることだ。幸い獣医科病院の獣医さんとは、長い付き合いで気心は知れている。治療センターの腫瘍内科の医師は信頼出来そうだ。血液検査は獣医科病院で定期的に行い、抗ガン剤注射時に治療センターに報告するシステムとなった。開業医と大学病院の連携は、人の治療の場合よりか遙かに密だ。NANAに与えられた寿命を全うさせる事が、飼い主の責務と思っている。三週間に一度、病院行きを察して部屋の中を逃げ回るNANAを捕まえることは辛いことだが。

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