伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2018年2月8日: 友人の食道癌 GP生

 小学校の同級生でジム仲間のKo君が、食道癌の治療のため大学病院に入院した。Ko君は、最近ジムに顔を出さなくなった。今年になってひいた風邪が長引き、プールに入れないことは知っていたが、治っても顔を出さなくなった。気になったのでお宅に電話して、初めて彼の入院を知った。彼は、昨年8月に膝関節症の治療のため、両膝に人工関節を埋め込む手術を行った。入院とリハビリの為に、ホッソリとした体型になったが、今年になって更に痩せてきたので気にはなっていた。自分は都合で参加できなかったが、小学校の同級生4人での新年会でも、好きな酒をあまり飲まず食も進まなかったと、仲間から聞いた。おかしいとは思っていたが、この時Ko君は、全ての検査を終え、食道癌が確定し手術を待つ身であったのだ。

 彼は、昨年11月中旬頃、異常を感じ、掛かりつけの病院から大学病院を紹介され、12月に全ての検査を終えていたのだ。口の堅いKo君は、それらのことを黙して語らずであった。今月初めに手術を終え、現在、ICUのベットに身を横たえている。病状、治療状態、術後の状態等、詳しいことは判らない。一般病棟に移らない限りお見舞いは無理だし、彼の精神状態が判らない内は顔を出すことも憚られる。奥様の話では、心身共に元気がないとのこと。如何なる思い出彼がベットに横たわっているかは想像外だ。お見舞いに行けたとしても、辛いお見舞いになることは間違いない。

 食道は、咽喉と胃を結ぶ長さ25p、太さ3p程の管で、飲食物の通過を司る臓器だ。考えてみれば、生涯毎日食した物や液体が通過する重要器官だ。刺激物もあれば、熱い飲み物も通過する過酷な条件に晒されていることになる。人は日常、食道を意識することは無い。食道管壁の厚みは僅か4oだ。この僅かな厚みは色々な機能を有する層から構成されている。一番内側が粘膜層だ。口内から始まって肛門に至る全消化器官の内側は全て粘膜で覆われている。飲食物の通過を滑らかにすると同時に、器官を保護する最前線の役割を担っている。粘膜が傷つけば、潰瘍を発症し、進行すれば癌細胞が生ずる。食道癌も粘膜の損傷から始まるのだろう。

 食道癌は、60〜70歳代にかけて多発すると言われている。女性より男性の方が発症率が高いそうだ。食道癌の原因とされるのが、長年に亘る飲酒と喫煙だ。男性の発症率が高いのは宜なるかなだ。アルコールは食道粘膜を痛め、喫煙は発生する活性酸素により粘膜を損傷する。高齢期の発症が多いのはは、長年に亘り蓄積された負荷の結果だろう。

 飲酒、喫煙を続けた高齢者全てが食道癌を発症するわけではない。消化器管の粘膜は日々痛めつけられても、再生され、機能を維持する。人体の合目的性のしからしめる結果だ。しかし、粘膜の再生には栄養物が必要だ。粘膜の主要構成物質ムチンは、タンパク質と糖質が結合した糖タンパクと言われる物質だ。糖質が不足することはないが、タンパク質は人体全ての代謝に関わる各種酵素の生成に不可欠だ。代謝の重要性の高い順に消費されるので、不足すれば、粘膜修復が後回しされる恐れもある。故三石巌を先生は体重の1/1000のタンパク質の摂取が毎日必要だと説いた。体重60sの人で60グラムだ。それも必須アミノ酸をバランス良く含む。100点満点のタンパク質だ。日々この条件を満たすにはかなりの努力が必要だ。

 粘膜物質がアミノ酸と糖質が産生されるには、ビタミンA、ビタミンB2,B6,ビタミンC、それにミネラルとしての亜鉛等が必要だ。これらの栄養素の摂取に手抜かりがあり、飲酒・喫煙が続けば食道粘膜が損傷する。そこに、アルコール等の刺激物が通過すれば、潰瘍が出来る。人体は、潰瘍部で発症する有害物質を除去するため、免疫が出動し活性酸素を発生させ除去する。活性酸素は有害物質だけでなく、正常細胞まで傷つけDNAを損傷させる。DNAは自ら修復能力を有するが、何時かはガン細胞の芽が出来るかも知れない。いずれにしても、食道粘膜の維持再生条件を整えることが大切だ。食道癌発生要因に睡眠不足が重要とあるが、睡眠不足は人体の疲労により代謝機能を低下させるからだ。

 高齢者に癌発症が多いのは、加齢による代謝機能の低下がある。免疫力も低下する。この冬のインフルの発症で、周辺の高齢者が罹患した。そして症状が長引いた。ワクチンを注射しても、ウィルスの型式が少し異なれば効果は無い。自己免疫力を高めるのが最大の防御だが、免疫力を活性化させる条件は、個人差が大きい。高齢者の免疫力向上の継続は、癌発症を防ぐ必要条件でもある。

 食道癌の治療は手術が基本のようだが、食道粘膜内に癌巣が留まっている場合に限られる。Ko君はステージUで、手術が可能であったが、統計上ステージUでの5年生存率は約50%と有った。Vになると26%だ。患部食道を切除した後、胃部を持ち上げ残った部分と接続するが、切除した食道が長いすぎれば、小腸の一部を切除して、代替え食道とするとのことだ。Ko君は腹部を切ったと聞いているので、ひょっとすると、この処置が行われたかも知れない。高齢でも有り、ICUで集中治療を受けているのも肯ける。

 ステージUでも5年生存率が低いのは、術後の余病発症に原因が有る様だ。術後の感染防止は病院の責任事項だが、病人本人の生命力に寄ることが大きいと思う。人の生命力は親から引き継いだDNAにあるとしても、食生活を含む生活習慣で大きく異なるものだ。78歳のKo君が大変な手術を選択出来たのは、彼の体力に寄るところが大きい。彼は膝関節症の手術後、医者の指導でよく歩いた。自宅からジムの往復は徒歩であった。高齢者でも、日頃の鍛錬は自らの命を救うことに繋がる。心すべき事だ。ジムへの往復に、車を使う横着な自分とは大違いだ。

 高齢者が命に関わる大病に直面した時、自らの生き方が問われることになる。5年前の前立腺癌発症時、医者から、かなりの悪性であると知らされたときは、身が震えたものだ。癌であることを受けいれ、医者が提唱する治療法に納得し、自分で出来ることを考え実行に移すことで、平常心を取り戻した事を思い出した。Ko君の置かれた状態は、自分の時の比では無い。自分の時は、同じ治療をした場合の5年生存率は、84%だ。Ko君は、いまICUのベットに横たわり何を思っているだろうか。彼のことだから、過去の二回の術後と同じように、立ち直ってくれると信じている。家族の全面的なバックアップが、彼の心を勇気づける事は間違いない。

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