伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2017年12月22日  高齢者の健康診断 GP生

 先日、家人は、掛かりつけの病院で区民健診を受けた。結果は、γ−GPT33,LDL192で、病院での基準値を上回っていた。血圧も多少高めであった。医者からは「脂肪肝の疑いがあるので、他の医療機関で精密検査を受けた方が良い」と言われた。他の数値との関連からの判断と思うが、患者にとってはショッキングな物言いである。これらの数値が高い値を示せば、高脂血症や肝機能障害等が疑われる。医者がなすべき事は、患者に食生活を含む日常生活を尋ね、指導することにある。医者は、生活習慣に由来する根源を質すことなく、対処療法だけで終わらせ、「一生飲む薬」などと念を押す事すらある。

 それにしても、γ−GPTが33で脂肪肝の疑いとは驚いた。病院で用いている基準値は30,僅か3オーバにすぎない。γGPTは薬物代謝にも関わっている。長年、薬物を摂取していれば、多少の上昇は考えられる。カルテに書かれた薬物処方の履歴を見れば一目瞭然なのにだ。

 厚生労働省が提示している健診検査項目の判断値は、中性脂肪、HDL、LDL等は日本動脈硬化学会、γ−GPTを含む肝機能関連数値は日本人間ドック学会の値を採用している。今年4月に日本人ドック学会が「新たな健診の基本値と基準範囲」を発表した。これに寄れば、新たに女性のみ、BMI、コレステロール値に年齢別の値が定められ、65歳以上女性のLDLは、120から190に上がった。γ−GPTは、従来値50から40になった。

 最高血圧も従来値130未満から147未満に換わった。家人の病院では、健診判定値の新情報が反映されていない事になる。医者の不勉強は患者にとっての不幸に繋がり、心配を背負される羽目になる。これらの数値は、食生活を見直し改めることで対処できる。高脂血症や高血圧に効果のある特定保健用食品も数多く出回っているし、効能の高いサプリも多い。血圧は生活環境の変化で大きく変動する。

 加齢が進行すれば、身体の代謝機能が衰えるのが自然の摂理だ。脳細胞の機能が失われれば、認知症や植物人間にも繋がるし、心機能が不全になれば死に至る。人は臓器不全により、いずれ世を去る宿命から逃れられない。臓器機能低下を早い段階で見つけ治療すれば、大事に至らないのは事実だ。そのために健診が奨励され、早期発見こそ健康の基であるとの認識が広がった。健診技術の発達で、病の基を早期に発見できるのは、悪いことではない。

 問題は70歳を過ぎた高齢者の場合だ。歳をとれば臓器機能や代謝機能が衰える。身体のいずれも問題が全くない高齢者は少ない。詳しく検診すればするほど、基準値から外れた値が見つかるものだ。個人の特性や生活習慣に関心の無い医者は、マニュアルの数値だけで診断する傾向は強い。短時間で結論を出さないと患者をさばききれないという医者の事情は分かるにしても、患者ファーストの医者は少ないのが現状だ。

 高齢者にとって、役所から定期的に送られてくる健診通知にどう対処するかが問題だ。自覚症状がないまま検診を受け、病が早期発見され、治療により完治させるのが、健診の目的だが、先の例のごとく、医者が病気を作る事もある。通常健診のみならず、人間ドックによる精密検診が、受検者に新たな悩みを背負わせることもある。自分は、ここ数年、区民健診を受けていない。前立腺ガン治療後の定期検査による血液検査で、自分の身体状況を把握できるからだ。胸部レントゲンによる余計な被曝への忌避も有る。しかし、リーズナブルな金額で健診できる手軽さから、健診へ通う高齢者も多いと思う。

 後期高齢者の友人Sa君は、村民健診を受けた処、便から血液反応が見つかった。大腸ガンの疑いありと言うことで、内視鏡検査を受けたが異常は無し。更に胃ガンによる出血の可能性から、胃カメラによる検診を受けた。胃ガンも異常なしだが、今度はピロリ菌が見つかった。医者はピロリ菌駆除を奨めた。「この抗生物質を一週間飲んでください。完全除去の確率は75%、駄目な場合には別の薬を処方する。」であった。一ヶ月後の健診でピロリ菌の消滅が確認された。結局、血便の原因は分からず仕舞いであった。抗生物質による腸障害は、ヨーグルトの大量摂取で乗り切った。

 検査前のSa君は自覚症状は全くなく、好きな酒を楽しむ自適の毎日を過ごしていた。医者から、大腸ガンの疑いに続き、胃ガンの疑いを告げられたSa君の心情は、如何ばかりだろう。剛直な神経を持つSa君でも、結果が判るまでの彼の心中察するに余りある。高齢者が、医者からガンの疑いを告げられたとき、残された人生を深刻に考えることになる。どんな人間でもだ。

 自分の高校の恩師、Ya先生は80歳にして、三カ所に同時発ガンした。一切の治療を行わず、3年近くの後、この世を去られた。朝、いつもの時間に起きてこないので、奥様が起こしに行くと既に亡くなられていた。奥様から連絡を受けてお邪魔すると、安らかな寝息を漏らしているような先生が、ベットに横たわっておられた。苦しまれることは無かったと想像できる。亡くなられる3ヶ月前に友人と三人でお邪魔した時、ピースをふかし、赤ワインのグラスを傾けておられた先生の姿を思い出す。「死ぬならガンで死ね。但し、治療はするな。」の通りの大往生であった。

 自分の前立腺ガンは、日誌に何回も書いたように、激しい血尿から始まった。定期健診によりPSA値異常でガンが見つかった訳でないから、最初から覚悟が出来ていた。前期高齢者であった自分は、身体負担は大きいが、完治の可能性の高い放射線治療を主治医から奨められた。「75歳を過ぎていたら、ホルモン療法のみに留めました」とは、主治医の言だ。GT君は血液検査の時、PSAを含む一切のガン検診を断った。医者も理解を示した。高齢者のガンは、手術、放射線治療、抗がん剤投与の所謂標準治療は、副作用のため寿命を縮める恐れがある。根治治療が出来ず、不安のみが残る可能性があるなら、検査をしないに限るとの判断からだ。

 高齢者が自覚症状が無い状態で、健診を受け、「ガンの疑いがあるから精密検査をします」と医者から告げられたとき、どのような思いに駆られるのだろうか。精密検査の日取りが決まり、結果が出るまでの間は、患者の心は、針のむしろに座らされている思いだろう。食欲を無くし、アルコールに逃げても旨さを覚えず、何をしても、どこか虚ろな思いに駆られる毎日となろう。自分の場合のように、激しい自覚症状があれば、覚悟は決まる。しからざる場合、想念だけが空回りする。やりきれない時を過ごすことになる。検査結果が異常なしの場合には、一気に開放感に浸れるが。

 高齢者が自覚症状無く健診を受け、ガンと診断されれば青天の霹靂の思いだろう。健診を受けなければ、ガンは発見されることはなかったし、悩みが生じる事も無かった。知らぬが仏だ。もし時を経て、自覚症状が生じたとしても、加齢は更に進行している。ガンと共存して、余命を全う出来るかもしれない。先の、恩師Ya先生は、余暇をライフワークであるフランス文学の研究で過ごされていた。高齢者にとって、健診を受けるか否かを含め、病に如何に対峙するかは、残された人生を如何生きるかに収斂されるように思える。

目次に戻る