伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2017年11月19日: 後期高齢者の安倍批判 T.G.

 新宿の居酒屋「樽一」で年に2回の瑞鳳寮OB会をやった。瑞鳳寮のことはこの日誌でもたびたび書くが、60年近く前、学生時代に過ごした学生寮である。集まったのは在京のOB7人で、当時1年生だった小生が最下級生の77歳。ほかはいずれも2〜4年生の上級生ばかりで、4年生は80歳を越えている。懐かしい仲間との久しぶりの再開で、浦霞の純米吟醸と仙台料理で大いに盛り上がった。

 皆それぞれに歳をとったが、酒を飲み交わすうちに、いつものように話が弾み、昔の瑞鳳寮のコンパを彷彿とさせる熱っぽい議論が始まった。話の最中に工学部のSaさんが写真を取りだして見せる。第一次安部内閣当時の安部首相を囲んだ写真で、中央にまだ初々しかった当時の安部首相がSaさんと並んで写っている。その写真を見せながら「この頃の安部首相は実に清潔でいい顔をしていたが、今はふてぶてしい悪代官の様相で好きになれない」と言い出した。それを潮に議論が安倍政治批判に移った。

 小生が「あの頃の安倍は、些細なことで政権を投げ出す、育ちだけはいいお坊ちゃん総理だったが、今は百戦錬磨の政治家で、今の顔の方がずっといい」というと、「いやあれは国民をたぶらかす悪徳政治家の顔だ。そもそもアベノミクスと言うインチキ政策で国民をたぶらかしている」と譲らない。「アベノミクスは最善ではないが悪い政策ではない。お陰で株価も上がり、景気が良くなり、失業率が下がったではないか」と反論すると「、株は金持ちが潤うだけで、庶民は関係ない。サラリーマンの給料は下がり、格差も拡大した」と言う。「そんな事はない。今年のボーナスは前年比で上がっている。そもそも格差は税制と所得配分の問題で、日銀の金融緩和政策に過ぎないアベノミクスを責めても仕方がない」と議論は平行線になる。

 隣で聞いていた理学部のMiさんが、「アベノミクスは一種のインフレ政策だ。こんな金余り状態を生み出すと、いずれハイパーインフレになる」と議論に参戦する。「確かにアベノミクスはデフレ対策としてインフレターゲットを設定しているが、目標は2%に過ぎない。しかもそれすら実現出来ないでいる。ハイパーインフレには到底ならない」と反論すると、「そんな事はない。安倍はハイパーインフレで国の千兆円の借金をチャラにする気だ」と議論が一気に飛躍する。「アベノミクスとは関係ないが、確かに千兆円の借金は返せない。イギリスのようにインフレで目減りさせる政策は大いにあり得べきだ」と言うと、「何につけてもインフレは良くない。苦しめられるのは我々ではなく、先の長い若い世代だ。インフレに頼らず、きちんと借金を返す政治をやらない安倍はろくでもない首相だ」と話が安倍批判に戻る。

 「千兆円は安倍一人の責任ではない。税収が50兆円しかないのに100兆円の国家予算を20年間作り続けた財務省と、それを黙認した歴代政府の責任だ」と反論すると、「だったら国家予算を50兆円に減らすのが政治家の役目だろう。安倍はそれさえやろうとしない」と批判する。「仮に安倍がそれをやったら、国家予算の大部分を占める社会福祉予算が大幅減額され、Miさんの年金も出なくなりますよ。それでもいいのですか」と議論が噛み合わない。国債残高はアベノミクスの責任ではないが、事ほど左様に国家の金融財政政策には単純明快なベストはないと言うことだろう。

 アベノミクス議論には加わらなかった文学部のMoさんが「今ほど戦争が近づいた時はない。安倍の安保法制強行でそう感じた。このまま進むと日本は近いうちに戦争に巻き込まれるだろう」と神妙な面持ちで言い出した。この意見には大方の波長が合うのか、ことさらの異論が出ない。「今回の選挙で若い年齢層の安倍自民支持率が高かったのは、彼らが戦争を知らないからだ。安倍が唱える憲法改正は、まさしく戦争への道だ。安倍は戦争を目論んでいる」と話が過激になる。この問題提起が出た頃には、酔いが回ってそれ以上の熱い議論にはならず、お開きになった。

 いろいろ話していて、先輩達の間に政治家安倍に対する反感、嫌悪感が思いのほか強いのには驚いた。個々の政策に対する批判ではなく、安倍個人の人間性にまで及ぶ無条件の憎悪である。老人も支持率の母集団には入っている。現在の安倍人気の衰えの要因の一つがこれだとしたら、安倍はどこでボタンを掛け違えたのだろう。現実問題として、内政外交共に安倍は歴代総理より良くやっている方だ。いったい安倍の何がそれほどの憎悪を生むのだろう。人間だから好き嫌いはあるし、政策にも異論はある。憲法改正が戦争への道とは短絡的すぎるが、それにしても安倍がやることなすことすべて気に入られず、戦争を招く危険人物のように疎んじられるのはなぜだろう。これも印象操作のゆえだろうか。

 Moさんを含めてメンバー全員が戦前生まれで、多少の戦争の記憶がある。学生時代には60年安保闘争も経験した。緊急寮生大会で決議して、寮母さんに握り飯を作ってもらい、寮生こぞって仙台駅でのゼネストに加わった昔話が出た。自分のもその中の一人だが、その頃の学生は自分を含めて大方がリベラル左翼で、戦争反対、安保反対だった。その左翼リベラルな心情が、いまだに消えずに先輩方の脳内に残っているらしい。これが同年代の老人の一般的な情緒傾向だとすると、我々の世代がこの世を去るまで、憲法を改正して日本が普通の国になるのは難しそうだ。

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