伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2017年10月2日: 夢の原発、トリウム溶融塩炉 T.G.

 ダイアモンド誌に、トリウム溶融塩炉の記事が載っている。福一事故に見られるような危険極まりない現在の軽水炉型と違い、メルトダウンも水蒸気爆発も起きず、高濃度放射性廃棄物がほとんど出ない、夢のような原子炉である。その実験炉の開発をTTS(株式会社トリウムテックソリューション)という街の独立系ベンチャー企業が開始すると言う。大変興味深い記事なので、さっそくトリウム溶融塩炉について調べてみた。賛否両論あるが、まとめるとおおよそ次のようである。

 トリウム溶解塩炉は現在の原発で用いられている軽水炉とまったく原理や構造が違う。1960年代にオークリッジ国立研究所で開発されたが、副産物としてのプルトニウムを生み出さないので、核兵器開発に利用できないと、当時のニクソン大統領が中止させた。今に至るまで実用機はない。安全性のほかにもいろいろな利点があり、最近中国やインドなどで実用化の機運が出てきた。日本ではトリウム熔融塩炉の基本設計者として国際的に知られる故古川和男博士が創立したTTSが、5〜15万キロワット級の原子炉の開発に乗り出すというが、軽水炉一点張りの政府や業界の支援は皆無で、やむを得ずチェコやロシアなど、外国勢の協力を得るという。

 現在主流の軽水炉型原発はもともと核兵器用のプルトニウムを生産するために作られたもので、その際発生する膨大な熱エネルギーを発電に利用している。電力はいわば副産物なのだ。軽水炉はウラン固体燃料を使う。天然ウラン238は核分裂を引き起こさないので、濃縮してU235だけを取り出す。そのための巨大工場と膨大な電力を必要とする。固体ウランは燃えにくい燃料なので、燃料棒を一度に大量に投入しなければならない。そのため装置が巨大になる。核分裂の減速と冷却に多量の水を使うので、常に水素爆発と水蒸気爆発の危険がある。そのため頑丈な容器に入れて160気圧の高圧下で運転するが、その状態でも水の沸点は500度なので、冷却不能になって500度を越えると福一原発2号機のような水蒸気爆発を起こしてしまう、危険極まりない原発なのだ。

 それでもアメリカが安全な溶解塩炉をやめて軽水炉型に集中したのは、一に核兵器向けのプルトニウム生産のためである。ウランは20キロを一カ所に集めないと核分裂の連鎖反応が起きないが、プルトニウムはわずか5キロで臨界に達する。ミサイルに搭載する小型核弾頭には必須の軍事物資なのだ。北朝鮮が核ミサイルを作れたとすれば、プルトニウム型であるはずだ。そのアメリカの方針の下で日本も軽水炉型を使わされている。日本は平和国家だからプルトニウムは必要ない。それなのにアメリカの同意と監視の下で、不要なプルトニウムを大量保管させられている。日本が明日にでも核ミサイルを大量に作れる理由である。平和惚けの日本人は気がつかないが、中国、北朝鮮はそれを知っていて、大いに恐れている。昨今の北朝鮮危機で、日本が核武装に走るのではないかと。日本の技術を持ってすれば容易いことだと。

 トリウム溶融塩炉はプルトニウムをまったく生み出さない。むしろプルトニウムも燃料として一緒に燃やしてしまう。トリウムをフッ素化合物などの塩化物に混ぜ、高温で溶融し、液体にしてポンプで循環させる。溶融塩炉と言うのはそういう意味である。燃料が軽水炉と違って液体なのだ。固体と違って液体はコントロールしやすい。軽水炉のように大量の燃料棒を一度に投入する必要がなく、必要なだけ溶融液に混ぜればいい。溶融液が循環途中の黒鉛炉を通る際、核分裂が起きて熱を出す、通り過ぎると核分裂と発熱は止まる。その循環溶融液の熱エネルギーを熱交換器で取りだして発電に使う。原理的に安全で、大量の冷却水を必要としないので、立地の制約はない。都市部を含めてどこにでも作れる。小型化も可能で、人口密集地に作れば送電ロスを極小化できる。

 それ以上のメリットは、水を使わないので水素爆発も水蒸気爆発も起きないことである。もともと液体だからメルトダウンも起きない。溶融塩は沸点が1600度と高いので、軽水炉のような高圧で稼働する必要がなく、6気圧程度で運転できる。だから装置が単純な構造で壊れにくく、メンテナンスもし易い。核分裂反応を起こす黒鉛炉にしても、頑丈な隔壁は要らず、ごく普通の液体循環装置で十分である。仮に運転中に事故が起きて溶融液が漏れ出したとしても、核分裂は止まり、自然冷却でガラス状固体になる。運転中に電源喪失などで循環が長時間止まれば、核分裂の高熱でバルブが溶け、溶解塩は下部のドレインに落ち核反応は止まる。放っておけば温度が下がって同じくガラス状固体になる。メルトダウンした高放射性の燃料棒と違い、取り扱いが容易で、保管に冷却は不要。再び溶融して燃料に使える。仮に3.11のような天変地異が起きても、北のミサイルが着弾しても、福島のような惨状にはならない。

 溶融塩炉のもう一つの利点は、燃料のトリウム資源が豊富で、容易に安価に手に入ることだ。5千年使っても枯渇しないという試算もある。燃料屋が潰れることだろう。さらに現在厄介者になっている大量の使用済み核燃料やプルトニウムも、混ぜて燃料として燃やすことが出来る。軽水炉ではウランの5%しか燃えない。残りのウランは高放射性廃棄物になってしまう。それを燃料として使えるのだ。現在世界中の使用済み核燃料は176万トンと言う膨大な量だ。日本にも19万トンある。再処理をしても追いつかない。長期保管が難しく、捨て場所もない。軽水炉原発が抱える最も深刻な課題であるが、その根本解決につながる可能性がある。

 さらにさらに、トリウム溶融塩炉には放射能消滅能力がある。軽水炉の使用済み核燃料は燃やして無害化できるし、他の廃棄物についても、炉の中で中性子を当て続けることによって半減期を短縮できる。現在の廃棄物処理は半減期10万年を想定しているが、それを300年程度に短縮できる技術的見通しがある。廃棄物の総量が100分の1以下になり、半減期が大幅短縮されれば、廃棄物処理が極めて容易になる。

 これだけいいことづくめで夢のような技術がなぜ顧みられないかというと、現在の原子力政策がアメリカ主導の軽水炉に限られていて、既得権益化していることである。経産省も電力業界も軽水炉路線から一歩も出ない。ほかのことには手を出そうとしない。補助金も研究費も出ない。パイオニアの古川博士に拠れば、とりあえず300億円あれば実験炉が出来る。1500億円あれば実用炉と関連産業、技術者の育成が出来る。軽水炉に比べて建設費は格安に抑えられるので、軽水炉に代わるベース電源原発になると主張する。もちろん核種から強いガンマ線が出るとか、黒鉛炉の熱による劣化とか、細かい技術的問題は残っているだろうが、日本の技術を持ってすれば解決は容易だろう。

 これからの世界の人口増加を考えれば、原発をやめて自然エネルギーに頼るのは無理がありすぎる。ドイツの脱原発も決してうまく行っていない。ベース電源として、これからも原発は必要不可欠なのだ。すでに中国、インド、ロシアなどがトリウム溶融塩炉の開発を始めている。アメリカでもビル・ゲイツが出資に加わった。それなのに福島事故で懲りた日本人は、羮に懲りて膾を吹いている。原発と聞いただけで拒絶反応を起こす。希望の党を立ち上げた小池は、人気取りに原発ゼロ政策を掲げた。選挙しか関心がない軽薄な都知事はともかくとして、冷静に未来のエネルギー安全保障を考える政治家は出ないものか。このままでは日本は危うい。世界に取り残される。

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