伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2017年8月6日 防衛大臣より大きな問題 T.G.

 歳をとって先が長くはないので、10年後の日本がどうなっているか気懸かりだ。中でももっとも気懸かりなのは国家安全保障である。国にとって同様に重要な金融財政や産業政策は、失敗があってもやり直せる。しかし国防はそうは行かない。失敗すればやり直しが効かず、国が傾く。それで日誌にもこの問題を度々取り上げる。

 アジアタイムス(Asia Times)と言う国際ネット誌に、8月1日付けの日本の安全保障に対する辛辣な批判記事が載っている。元米軍海兵隊将校の軍事評論家、Grant Newsham氏の手になるもので、題して“Japan’s security: bigger problems than a defense minister”(日本の安全保障:防衛大臣より大きな問題がたくさんある)。「日本の安全保障の悲惨な状況は、稲田防衛大臣が何をしたかではなく、歴代の前任防衛大臣の責任を問うべき」と言う内容で、今回の防衛大臣辞任劇のお粗末さと、そこに至った日本の安全保障政策の歪みについての的確な問題指摘である。面白い内容なので、以下に引用する。全文和訳が面倒なので、軍学者、兵頭二十八氏が彼のブログに載せている抄訳を拝借する。御用とお急ぎのない方は、ぜひ原文を読んで下され。

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 稲田が就任したとき、国防関係の経験がないことが批判された。しかし前任の小野寺だって、稲田より少しも防衛には詳しくもなかった。だが小野寺を専門知識が無いと言って批判したメディアはなかった。別の前任のある防衛大臣は、妻が有名であるというだけが取り得の男であった。別の前任の防衛大臣は、政治家を志す前に陸上自衛隊の将校だったが、自衛隊を改革しようとした人々をパージすることに賛成していたありさまである。ほかの二人の前任者はヤクザ関係にどっぷりだった。

 稲田は日報問題で叩かれたが、いったいこの地球上で、南スーダンが危ない地域だと知らぬ奴が、誰かいるとでも思っているのか。日本では多くの政治家は防衛大臣の地位を、ただの待遇がよい閑職であって、次のより高位な顕官職への踏み台だとしか考えていない。外務省と財務省も、ながらく防衛省は能力の低い役人が行くところだと看做してきた。日本のメディアはしばしば1960年代の極左仲間(原文では“Japan’s leftist media, often with 60s-era radicals ”)が番組を仕切っており、いかなる防衛大臣の欠点もすばやく見咎めるのが仕事である。彼らのパラノイア世界観に基づけば、1930年代の東条英機の軍国主義は常にすぐそこまで来ている。

 日本の陸・海・空三自衛隊は、いつまで経っても一体化しない別々の戦闘組織である。それが少ない予算を争っている。北朝鮮のICBMが日本の海岸近くに着弾したとき、安倍首相は、「これはクリアで現存する危険(“clear and present danger” )」だと声明した。「じゃあおまえはそれについて何をするんだよ?」と三代目は思ったはずだ。結局、日本の国防戦略とは、アメリカがすべての面倒を見て欲しいと希望することに過ぎない。日本の高官が米国の高官と会うと常に声明されるのは、「日米関係はかつてなく強化された」が決まり文句である。

 稲田がこんな状況をもたらしたわけじゃない。前任大臣と日本の政治家全員が集団的にやらかしてきたことなのだ。米側の「同盟マネジャー」たちも同罪だ。日本人のいびつで歪んだ対米依存心情を築いてきたのはこやつらなのだ。稲田の後任者にも、何もできることは無いだろう。もしジェームズ・マティス氏(アメリカの国防長官)が日本の防衛大臣に就任したって、なんにもできやしないことに変わりは無い。それだけははっきりしているのだ。

 日本の防衛を考える仕事は、防衛大臣ではなく、総理大臣と国会の責任である。しかしそれにもタイミングが必要で、おそらく北朝鮮のミサイルが東京のどまんなかに着弾するか、中共軍が海自艦艇を撃沈して尖閣に上陸するまで、そのタイミングが来ることはないのだ。その日までは、重箱の隅をつついて後任防衛大臣のあら捜し(Nitpicking)をする“日本のゴミTVの報道”が延々と続く。

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 最後の「ゴミTV報道」という表現は原文にはない。さすがの兵頭氏も、倒閣運動に狂奔するあまり、フェイクニュースを連発する日本のテレビ局が頭にきて、つい筆が滑ったのだろう。日本の防衛を考える上で最重要かつ必要不可欠なのは憲法9条の改正である。それなくして日本国の抜本的な国家安全保障政策はない。そのタイミングがNewsham氏の言うように、「北朝鮮のミサイルが東京のど真ん中に着弾する」か、もしくは「中共軍が海自艦艇を撃沈して尖閣に上陸する」までとは悲しすぎるが、的を射た指摘であることは否定できない。それがまた悲しい。今の日本は戦前の軍国主義とは正反対の方向にありながら、安全保障上の危うさはその頃と変わらない。

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