伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2017年7月25日 戦後日本の分水嶺 T.G.

 昨日と一昨日の産経新聞に、在米のアメリカウォッチャー古森義久氏と、東洋学園大学教授・櫻田淳氏の興味深いコラム記事が載っている。この種の論調はリベラル左翼マスコミの朝日、毎日、NHKでは絶対に書かないから、どうしても産経に偏る。

 まずは古森氏の「当初「弾劾」→いま「行き詰まり」…ゴールポストが次々動くトランプ報道」である。内容を要約すると次のようだ。

 トランプ政権誕生から半年が経過したが、日本の主要メディアの分析や予測は、当初の「史上最低支持率での大統領退陣」から「大統領の無知や未経験による政権崩壊」、つづいて「ロシア疑惑での弾劾で辞任」と、ゴールポストが次々に動いた。だが現実はそのいずれにもなっていない。今現在は「粗雑な政策で米国の国際的影響力が衰退」とか「公約を実行できず、行き詰まり」という遠巻きの批判に変わっている。しかし、実際問題として、トランプ支持層では今でも9割近い支持があり、下院補選で4州ともトランプ支持の共和党候補が勝っていることはまったく報道しない。ニューヨークタイムスやCNNなどの反トランプメディアの報道に拠っているからだ。

 今主要メディアがこぞって報道する「ロシア疑惑」についても、当初は「ロシア政府とトランプ陣営が共謀して米国大統領選を不当に操作」という直裁的な追及だったが、「共謀」が「介入」、「接触」にニュアンスが変わり、さらには「司法妨害」と追及の矛先が変わってきている。こういう状況に対して、ニューヨークタイムスの非リベラル系政治評論コラムニスト、デービッド・ブルックス氏が、「熱中しすぎはやめよう。ロシア疑惑は共謀の証拠がなく、民主主義政治を醜聞暴露政治へとねじ曲げ、政策論を排除している。このままではトランプ氏が言う「『ロシアとの共謀』説はでっちあげで証拠がないので『司法妨害』の偽ストーリーを作っている」という発言が正しいことになりそうだ」と警告し、多方面から注目を浴びている。

 この中の「民主主義政治を醜聞暴露政治へとねじ曲げ、政策論を排している。」という指摘は、今の日本のジャーナリズム状況とそっくりである。日本のマスコミもアメリカのそれも、いずれも醜聞暴露に傾きすぎて肝心の政策議論をないがしろにし、結果的に民主主義政治を貶めていると言うことだろう。

 ついで櫻田氏の「安倍内閣失速はもったいない。外交を考えれば、簡単に取っ替え引っ替えできる存在ではない」である。こちらはもっと端的に今の醜聞暴露政治に警鐘を鳴らしている。その主張は次のようだ。

 都議選大敗北の流れを受けて、自民党支持率が漸減している。時事通信調査で30%を割り込むに至った内閣支持率の下落は、安倍一強内閣の「終わりの始まり」と指摘する声が聞かれる。はたしてその指摘は正しいのか。安倍内閣の政権基盤の動揺を前にして、問うべきことが一つある。それは、「安倍内閣の対外政策展開」の評価についてである。内閣評価の基準は、第1が「外交・安全保障政策」であり、第2が「経済」である。国家の国力の構成要素には、地理、天然資源、工業力、軍備、人口などと並んで、「外交の質」や「政府の質」が含まれる。日本の場合、国力を担保する人口や工業力が頭打ちである以上、外交の質や政府の質を高めることが、国力の減衰を抑える最重要方策になる。

 この点、安倍内閣の過去4年半の対外政策は、つつがなく展開されてきた。まずオバマ政権期、「広島・真珠湾の和解」を成就させ、安全保障法制策定という裏付けを得た。この政策展開の大きな功績は、対米関係の高水準化である。それはトランプ政権期に入った後も、対米関係の安定を担保する下敷きになっている。保護主義とポピュリズムに陥った国際潮流の中で、自由や寛容、開放性を旨とするリベラルな国際秩序の守護者として、安倍首相にはアンゲラ・メルケル独首相と並んで期待する声がある。米国脱退にもかかわらずTPP署名を果たし、日本・EUの経済連携協定(EPA)の大筋合意にこぎ着けた。いずれもリベラルな国際秩序を護持し、日本の繁栄を保っていく上で重要な成果である。醜聞暴露にかまけるあまり、こういう成果を評価しないのは、政権運営評価として公正ではない。

 このような着実な対外政策を展開してきた内閣が、「森友・加計」学園のような低次元の醜聞暴露政治で失速するのはいかにももったいない。安倍内閣に飽きが感じられ始めているとはいえ、内閣発足後4年半という時点は、米国大統領の任期でいえば2期目が始まったばかりの時点と同じなのだ。北朝鮮問題などで風雲急を告げる国際情勢の中、アメリカのみならず、中国の習近平やロシアのプーチンなどのしたたかな大国指導者と渡り合える政治家は、安倍を含めて数人しかいない。

世の人々は、首相を簡単に取っ替え引っ替えできる存在と考えるべきではない。日本の対外影響力を支えられる政治家ならなおさらのことである。かってエドワード・ハウスは「外交感覚のない国民は、必ず凋落する」と言った。安倍内閣の失速に際して、「もったいない」という感覚を持てるかどうかは、その「外交感覚」の如何を占うものになるだろう。マスコミ主導の醜聞暴露で政治が蹂躙された今は、戦後日本の「中興」が成るか、あるいは「凋落」に入るかの分水嶺なのかもしれない。

 今現在、大方のテレビ局が国会閉会中の衆院予算委委員会を中継している。弱り目に祟り目の安倍首相を引っ張り出して、さぞかし気分良く野党が吊し上げをしていることだろう。国会中継がワイドショー化しているのだ。党勢傾く自民党側は低姿勢にならざるを得ないだろうが、明日の新聞テレビはこれをどう報道するのだろう。その報道を国民はどう受け取るのだろう。このままマスコミ主導の愚衆政治が修正されることなく、世論をコントロールし続けるようであれば、櫻田氏の言うように日本は対外政治力を失い、内に閉じこもって凋落の一途を辿るだろう。9年前に一度その悪夢を見た。

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