伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2017年7月15日: 政治家は使い捨てされるもの T.G.

 今月号の文藝春秋に、イタリア在住の作家塩野七生氏が元ドイツ首相、ヘルムート・コールのことを書いている。かって小泉元首相は「政治家とは使い捨てにされるもの」と言った。政治家が使い捨てにされたことでは古代ギリシャのリーダーも現代の政治家も同じだ。託された使命をやり終えたら捨てられる。コールはまさにその代表例だという。

 コールは1982年から98年まで、東西ドイツの統合を挟んで16年間ドイツの首相を務めた大政治家である。前半は西ドイツの首相であった。政治に打ち込むあまり選挙活動をしなかったので、いつの選挙でも比例代表でやっとこさ当選できたというから面白い。比例当選を軽んじる日本の政治世界とは大分違う。日本では比例当選の首相などまずあり得ない。選挙活動に精力を費やしていては、肝心の政治でいい仕事は出来ない。その比例当選の大首相がやり遂げた最大の仕事が東西ドイツの統一であった。

 第二次大戦の敗戦で、ドイツは東西に分断された。ドイツの再統一はドイツ国民の隠れた悲願だったが、厳しい東西冷戦下では不可能と思われていた。1989年にベルリンの壁が崩壊すると、コールは機を逃さず一気に東西ドイツ統一に走る。しかし当時のヨーロッパ情勢ではドイツ統一に賛成する国は一つもなかった。二度の大戦で強大ドイツの恐ろしさを身に滲みて知っていたからだ。国内でも東西ドイツの経済格差と、東ドイツからの安い労働力流入で当時ヨーロッパ随一だった西ドイツ経済が破壊されると、経済界のみならず労働界までもが猛反対した。

 そういう逆風どころではない四面楚歌の状況で、コール首相は猛然と統一に突き進む。後年「外交の傑作」と称される見事な外交手腕を発揮して、まずアメリカ大統領、父ブッシュの支持を取り付け、続いてフランスのミッテラン、イギリスのサッチャー、ソ連のゴルバチョフを次々に説得、懐柔していく。その反対に、国内の経済界、労働界、中央銀行であるドイツ連銀などの強硬な反対論には耳を貸さず、強引に統一を進めた。1年後の1990年10月に統一を成し遂げているが、おそらく当時のドイツマスコミも猛反対だったに違いない。そういう反対勢力を押し退けての統一である。3分の2の議席を持ちながら、マスコミの低次元な政権批判にあたふたし、50年経っても党創設以来の悲願である憲法改正すら出来ない自民党のヘタレ政治家とは大違いである。

 その豪腕コールを統一後のマイナス面が一挙に襲う。疲弊した東ドイツ経済の穴を埋めるための経済力の大幅低下、大量の失業者の発生などである。その結果コール率いるキリスト教民主同盟は総選挙で敗れ、野に下る。コール自身は政治資金スキャンダルで政界から追放される。つまり使い捨てにされたのだ。彼は最後まで党に流れた疑惑資金の使途を明かさなかったが、塩野氏はゴルバチョフの懐柔資金に使ったのでないかと憶測している。あながち間違いではないだろう。ドイツ統一のような一世一代の大仕事が、清廉潔白だけの政治で出来るわけがない。こういう話を聞くと、チマチマした、どうでもいい森友加計ごときで右往左往している日本のマスコミや政治家が馬鹿馬鹿しくなる。

 これに似た例が元首相の岸信介と佐藤栄作だろう。1960年の日米安全保障条約改定に際し、岸首相はアメリカと交渉し、基地負担の代償として日本の防衛義務を負うこと認めさせた。この改定条約を国会で批准するに当たって、左翼勢力に扇動された全国的な反対運動が巻き起こる。いわゆる60年安保闘争である。岸は批判をものともせず条約批准を強行し、6月15日に国会で自然承認された。その直後、岸は政治混乱の責任をとって辞任し、二度と政治の表舞台に上がることはなかった。岸が使い捨てにされた後、日本は安全保障の懸念が解消され、後顧の憂いなく経済活動に邁進できるようになった。その結果が高度経済成長につながる。あの時点で岸が安保改正をしていなかったら、今の経済大国日本はなかっただろう。

 岸後継の池田勇人が病死した後、1964年に首相になった佐藤は、7年8ヶ月の長期政権を維持し、政権末期に日本国民の念願だった沖縄返還を成し遂げた。ドイツ統一ほどではないが、いつの世も戦争で失った領土を外交で取り返すのは至難の業だ。並の政治力では出来ない。その交渉過程でアメリカとの幾つかの裏取引は避けられなかった。毎日新聞の西山記者がそれをすっぱ抜き、マスコミで佐藤批判が巻き起こる。その激しさは今の森友加計の安倍批判の比ではない。最後の退陣記者会見に臨んだ佐藤は、自分をさんざん批判したすべての新聞記者を会場から追い出し、NHKのテレビカメラを相手に独演会見をした。よほど悔しかったのだろう。当時のマスコミの政治批判は新聞中心で、今のような愚劣なテレビワイドショーはなかったのだ。

 今年6月にコールが87歳で死去した。ドイツのみならず、世界中ののマスコミが彼を悼み、その死を報じた。政治資金疑惑でドイツ政界から追放されたコールを、今ではヨーロッパ中が「ドイツ統一の真の功労者」と讃えるように変わっていると塩野氏は書いている。使い捨て政治家に対する歴史の真っ当な評価である。安部首相は憲法改正と北方領土返還が政治家としての悲願だった。彼の志は大いに多としていたが、つまらぬスキャンダルに巻き込まれ、雲行きが怪しくなっている。彼が悲願を達成して、コールのように歴史の評価を受けるには、志だけでなく、使い捨て政治家としての不動の信念と覚悟が必要だ。はたして彼にそれがあるのだろうか。

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