伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2017年6月30日 孫の少年野球教室 T.G.

 先々週から、小学3年の孫の野球練習に付き合っている。車で10分ぐらいの所にあるスポーツ公園で、毎週水曜日に行われる某球団主催の野球教室である。共稼ぎのパパママは仕事が忙しくて連れて行けないので、代わりに暇だけは腐るほどあるジジババの出番になった。野球大好きの孫は、通っている小学校の野球チームに入りたかったのだが、放課後練習を親が交代で世話をする決まりがあって、仕事を持っているパパママには対応できず、諦めてこちらに入った。昔と違って、最近の子供は野球で遊ぶのも一苦労である。

 我々の子供の頃はテレビもゲームもなく、子供の遊びはベーゴマ、メンコ、草野球と相場が決まっていた。学校から帰るとカバン(ランドセルはなかった)を放り出し、近くの原っぱに行って三角ベース野球をやった。グローブなどなく、素手である。誰が教えるわけでもなく、そうやってボールの投げ方や打ち方、野球のルールを自然に憶えた。テレビ中継もないのに、なぜか野球のことはよく知っていて、赤バットの川上や青バットの大下が子供らの憧れだった。その野球好きの子供達の中から長島や王などの大選手が出て、その後の野球ブームにつながる。今ではサッカー人気に押されて、野球人気は以前ほどではなく、テレビの野球中継も少なくなってしまった。

 孫のクラスは小学校低学年の20人で、二人の若いコーチが1時間つきっきりで教える。その教え方を見ていて驚いた。まずは定石のキャッチボールから入るのかと思ったら、最初に教えたのはなんと走塁である。打者が一塁ベースをオーバーランして駆け抜けてもタッチアウトにならないが、二塁、三塁では駄目というルールを繰り返し教える。その上でホームベースから一塁に向けてベースランニングをさせる。野球のルールをほとんど知らない子供達は、なかなか意味を飲み込めない。何度やらせても、一塁ベースを踏まない子、ベースの上で立ち止まってしまう子、ラインの内側へオーバーランしてしまう子が続出する。それでも子供達は楽しそうに喜々としてやっている。

 その次の週はゴロの捕り方である。腰を落として捕球したら、すぐ一塁に投げられるような足の運びを繰り返し教える。その上で実際にゴロを捕らせて一塁に送球させる。しかしキャッチボールもしたことがない子供達に、そんな難しいことが出来るわけがない。足の運び以前の問題で、グローブでの捕球が出来ない。捕ったボールをうまく投げられない。内野手のゴロの捕球と送球は野球の最も難しいプレーである。だから三遊間はホットコーナーと呼ばれる花形ポジションである。キャッチボールも出来ない子供に最初に教えることではない。子供達は楽しそうにやっているが、いつになったら基本のキャッチボールをやらせるのだろう。

 孫のパパである息子も、一年生の時、地域の少年野球チームに入れてもらった。30年以上前の話である。休みの日に練習を見に行ったが、まずコーチが一年坊主に繰り返しやらせたのは、ランニングとキャッチボールである。キャッチボールは野球の基本で、これが容易に出来ないと野球にならない。打撃やベースランニング、ゴロの捕球を教えるのはその後、2年生になってからである。そんな退屈な練習が面白いわけがなく、それほど野球好きでない子供達は途中でやめてしまった。残った野球好きの子が5年生になってレギュラーになれた。有料の野球教室は、そういうスパルタ的な教え方では客である子供やパパママが逃げてしまうので、子供が好むゲーム感覚の教え方をするのだろう。野球も時代が変わったものだ。

 それにしても野球は難しいスポーツである。スポーツの中で最も難しい部類に入る。サッカーはボールを蹴ることが出来れば幼稚園児でも試合が出来るが、野球はそうは行かない。最低限、キャッチボールが出来、投手のボールがキャッチャーミットに届き、捕手が二塁まで送球が出来、野手がそこそこのゴロやフライが捕れるレベルにないと試合にならない。ポテンヒットでもフォアボールでも、塁に出ればすべてランニングホームランになってしまい、いつまでたっても試合が終わらない。そういうことが一通り出来て、なんとか試合が出来るレベルに達するのは3年生以降である。

 ルールも難しい。オフサイド以外ルールらしいルールがないサッカーとは大違いである。アウトにもいろいろあって、孫のコーチが教える走塁は、タッチアウトとフォースアウトの違いを教えるのが目的の一つだが、これは理屈ではなく身体で憶えるしかない。一瞬のプレーだから、どちらなのか考えながらやったらアウトに出来ない。昔の子供は誰が教えるわけでもなく、自然に身体で憶えた。だから誰でも野球が出来た。そのほかにもタッチアップ走塁、インフィールドフライ、三振振り逃げなどなど、知らないと野球が出来ない難しいルールが山ほどある。

 小学生時代の息子の野球試合を見ていて、気づいたことがある。野球好きのコーチがスクイズを教えてやらせるのだが、これが何度やってもうまくいかない。コーチがスクイズのサインを出しても、三塁走者がホームベースの手前でボールを見て立ち止まってしまう。サインが出たら何も考えずにホームに突っ込めと、いくら口を酸っぱくして教えてもそれが出来ない。スクイズの意味が分かっていないのだ。それをなんとか理解して出来るようになるのは5年生ぐらいからだ。スクイズが子供達にとって存外難しいプレーなのだと痛感した。事ほど左様に野球は難しいスポーツである。キャッチボールもやらせない野球教室で、そういうレベルになるのはいつのことだろう。

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