伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2017年年4月27日: 老化と歯医者通い T.G.

 一月ほど前から奥歯が痛くて近くの歯科医院に通っている。とても腕のいい信頼が置ける歯医者さんで、会社を退職した後、15年ぐらいお世話になっている。先月末、羽鳥湖のSa君の山荘に泊まって季節外れの大雪に見舞われた。那須岳で高校生が雪崩で遭難した日である。朝起きると車がすっぽり雪に埋まっている。小一時間かかって車を掘り出し、チェーンを付けて這々の体で下山した。帰宅して夕食を摂っているとき、突然奥歯が痛み出し食事もままならなくなった。慌てて歯科医院に翌日の予約を入れた。

 翌日朝食もそこそこに医院に駆け込んで診察を受ける。先生の見立てでは、虫歯が進行して神経に障るのか、老化で歯茎が下がり、歯が動いていて痛むのか、どちらかだという。神経を抜けば話は簡単だが、歯が弱るのでなるべく抜きたくない。応急処置をしてしばらく様子を見たいと先生は言う。詰め物を外し、歯を固定するためのセメントを被せてもらって帰宅した。以来1ヶ月、ときどき様子を見てもらいながら過ごした。痛いので、食事は豆腐や卵焼きなど、噛まずに済む軟らかいものばかり。野菜はよく茹でたほうれん草のお浸しの一点張り。そう言う老人食で過ごして居るうちに痛みがだんだん引いて、最近はよほど固いものでなければ、普通に食べられるようになった。

 先生にその状態を伝えると、虫歯ではなく歯茎の低下が原因と判断がついた。神経は抜く必要がない。次に来るときに歯型を取って新しい被せものを作りましょうという。Gさんはお年の割には歯がいい方だが、どうしても老化は避けられませんねと言う。老化は確かだが、歯がいいと言われたのは初めてである。若い頃から虫歯などであれこれ歯医者通いをしたので、歯は悪いとばかり思っていた。驚いて聞き直すと、厚生省が80歳になっても歯を20本以上残す8020運動と言うのをやっているが、実際に80過ぎて20本以上ある人は2割しかいない。8割は総入れ歯か部分入れ歯で補っている。Gさんは77歳なのに自分の歯がまだ26本ある。立派なものですと褒められた。言われてみれば確かにそうだ。

 そういえば若い頃、奥歯の一本が縦にヒビが入って治療を受けたときに、歯がいい人は強く噛むのでこういうことになると言われたことを思いだした。医者のお世辞と思って気にとめなかったが、今回の奥歯の痛みも、食事の時に強く噛む癖が原因なのだろう。それで歯が傷んだのだろう。

 生まれつき喉が細いので大きなものを飲み込めない。だから食べ物をよく噛む癖がある。飲み込むまでに20回から30回ぐらいは噛む。だから食べるのが遅い。人の倍ぐらい時間がかかる。友人等と食事をすると、皆が食べ終わって手持ち無沙汰になってもまだ食べている。早く食べろとせかされる。友人達に聞くと、彼らは数回噛んだだけで飲み込んでいるという。自分は蕎麦や素麺でも、20回ぐらい噛んでから飲み込むが、友人達は噛まずに飲み込むという。その喉越しが蕎麦や素麺の醍醐味だという。道理で速いわけだ。豆腐も噛んで食べると言ったら驚かれた。豆腐を噛むのかと。蛇ではあるまいし、驚くのはこっちの方だ。

 自分では気がつかないが、人に言われて初めて気づいたことに声の低さがある。生まれつき甲高い女のような声だとばかり思っていた。高校生の頃、音楽の時間に男性三部合唱をやらされた。てっきりボーイソプラノの高音部だと思っていたら、低音部のグループに入れられてびっくりした。何年か後にカセットテープを手に入れ、録音した自分の声を聞いて、あまりに低い声なのであらためて驚いた。頭蓋骨を通して鼓膜に伝わる自分の声は、口から出て耳に届く声とはまったく違うものだと理解した。

 それはともかく、歯が悪くなる原因が虫歯や歯槽膿漏だけではないことが分かった。いくら正しい歯磨きしても、歯茎の老化は止められない。そのうち、どこも悪くない歯がポロポロ抜け始めるのだろう。そういう調子で体中の至る所が老化していくのだろう。歳はとりたくないものだ。

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