伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2017年4月3日: 旧い時代劇にはまる GP生

 子供の頃、自分が住む街には二つの映画館があった。その内の一つが、家の直ぐ近くにあった東映映画の専門館だ。中村錦之助のファンであった姉は、映画が変わる毎に通っていたのを覚えている。昭和30年代、テレビが普及するにつれ客足が遠のき、街の映画館は次第に消えていった。わが街の映画館も、自分が仙台に住んでいる間に廃業し消滅した。現在、その場所は、4階建てのクリニックファームに変貌している。

 テレビで新しい時代劇が放映されても、違和感を覚えることが多い。貧乏長屋の住人達が真新しい衣服をまとっていたり、田舎大名の家臣達が折り目鮮やかな袴を羽織る姿を見ると、時代考証の手抜きと手間省きは歴然としている。画面の雰囲気は髷を結った現代劇だ。

 自分は昨年来、BS放送の旧い時代劇にはまっている。放送時間は55分程度の1話完結番組の再放送だ。ストーリーは単純明快、徹底した勧善懲悪だ。出演する俳優を見れば、誰が「悪人」であるか明快で、結果は最初から予想がつく。最後に主演役者による大立ち回りがあり、悪が滅びるのが約束事だ。これら時代劇は、30年から40年以上前に制作されたものが多く、今は亡き役者達が出演している。これら時代劇の鑑賞は、昔を懐かしむ年寄りにとって、格好の暇つぶしでもある。放映時間がバラバラなので、HDに録画して暇な時間に見ている。夕食後、自分の部屋で焼酎の杯を傾けながらの時代劇鑑賞は、至福の時だ。我が家の三匹の犬たちは、自分の周りのそれぞれの寝場所で相伴してくれている。

 現在のお気に入りは、BS日テレが土日を除き毎日放送している「伝七捕物帖」だ。画面はスタンダード、色調がレトロに感じられるのは気のせいだろうか。主演は黒門町の伝七に中村梅之助、子分の下引き簪の文治には今村民路だ。捕り物を手伝う飴屋の六さんには田中春男、伝七に想いを寄せる居酒屋の小春姐さんには和田幾子、伝七のライバルでもあり、協力者でもある岡っ引き赤鼻の五平は瀬川新蔵が演じている。その他、常連の脇役は、今は無き前進座の芸達者が固めている。

 番組は、橋幸夫が歌う軽快な主題歌、「灯り瞬く黒門町に 御用御用の声がする・・・・」で始まる。最後は、伝七が正木流十手術を駆使して悪を懲らしめ、納めは、伝七の音頭で始まる「よよいのよい よよいのよい 目出てえな!」と、仲間達との絆を深める指締めがお約束だ。その後、主題歌が流れて番組は終わる。この歌を聞くと心が和むのは何故だろうか。伝七の悪を憎み、弱者に対する優しさの故だろうか。丸顔で目玉まん丸の中村梅之助が醸し出す人柄の故だろうか。全編を貫く「人の情けと絆」のなせる故だろうか。恐らく、その全てであろう。伝七捕物帖は、昭和47年10月から一話完結の形で放送が始まった。全160話の読み切り連載ものだ。かくも長きに亘り続いた理由は分かる気がする。

 BSジャパンで再放送された二つの番組に魅了された。何れも主演は片岡孝夫、現在の15代目片岡仁左衛門だ。昭和56,57年頃の放映であるから、片岡孝夫が30代半ば過ぎの作品だ。一つ目は「お命頂戴」で、片岡孝夫は12代将軍徳川家慶の命を受け、武家の悪を退治する奥右筆・内藤左門を演じている。常に冷静沈着、笑顔を見せることなくクールに任務を遂行する内藤左門は、片岡孝夫のはまり役だ。二つ目は、「眠狂四郎円月殺法」と「円月殺法無頼控」だ。眠狂四郎を演じた役者は多く、市川雷蔵の当たり役でもあった。内藤孝夫の眠狂四郎を見たとき、新鮮な感慨を覚えた。ニヒルでありながら弱者に対する思いやりを見事に演じ、立ち回りでも、見る者を魅了する優雅さを感じたからだ。歌舞伎役者の持つ力かもしれない。今の仁左衛門は素晴らしい好老人そのものだ。

 あり得ない設定とストーリーを楽しむ番組が、地デジ5CHが土日を除き、毎朝再放映している「時代劇 暴れん坊将軍」だ。八代将軍吉宗が千代田城を抜け出し、徳田新之助の名で、火消しめ組の居候として家臣達の悪を懲らしめる勧善懲悪の読み切りだ。スタートは昭和53年、爾来、全821話と膨大な量の制作がなされた。主演吉宗には松平健、脇役は多士済々だ。悪役は大目付、勘定奉行、寺社奉行、若年寄、町奉行、代官等々、幕府の要職につく高級役人達で、悪徳商人と結託して私利私欲を肥やすパターンが多い。見せ場は、悪徳役人に対して「余の顔を見忘れたか!」の台詞の後の大立ち回りだ。吉宗は家臣達を峰打ちで倒すが、巨悪数人は「成敗!」の命により、付き添うお男女お庭番が斬るのが約束事だ。松平健は現在63歳、25歳から50歳過ぎまで、吉宗を演じたことになる。それにしても、よく脚本が続いたものだ。

 主役が幕府要職にあリながら、お忍びで活躍するパターンは多い。代表は遠山の金さんであろう。遠山左衛門尉金四郎を演じた役者は多いが、好感度ナンバーワンは、西郷輝彦演じる「江戸を斬る」の金さんだ。若さ溢れる西郷金四郎は白眉だ。何よりも、お白州で「この桜吹雪が目に入らぬか」と、片肌脱ぐ場面が少ないのが好ましい。里見浩太朗の金さんでは、毎回、桜吹雪で鼻につく。西郷の金四郎は桜吹雪抜きで悪人を恐れ入らせているのは、脚本家の力量だろう。たまに、金四郎が片肌脱いでも、「俺に恥をかかせるな」とはにかむ姿は清々しい。西郷金四郎の内儀、「ゆき」役の松坂慶子は、森繁久弥演じる水戸斉昭の娘という設定だ。彼女が、「紫ずきん」として金四郎を助ける立ち回りは華麗だ。

 今も繰り返し放映されている時代劇に、「鬼平犯科帳」が有る。過去に、萬屋錦之介や丹波哲郎が鬼平役を演じた事があるが、長谷川平蔵役は中村吉右衛門にとどめを刺す。自分は、吉右衛門の鬼平犯科帳を全編録画保存し、時々楽しんでいる。同じ、池波正太郎原作の「剣客商売」も好きな番組だ。特に、藤田まこと演じる老剣客、秋山小兵衛の枯れた中に、強い芯を感じさせる演技には惹かれる。円熟した立ち回りも魅せる。そういえば、平幹二朗が田沼意次役として節目で物語を引き締めていた。

 これら以外にも、里見浩太朗の「長七郎江戸日記」や「八百八町夢日記」、松方弘樹の「大江戸捜査網」、村上弘明の「八丁堀の七人」等々が録画の対象になっている。全てを見る時間は無いので、その時々の気分で見ることにしている。これらの番組は、見終わったら消去となる。

 旧い時代劇の魅力のひとつに、脇役達の存在がある。40年以上前の作品であれば、出演者のかなりが他界している。中年役や老け役での出演者の殆どは、今は故人だ。藤田まこと、松方弘樹、丹波哲郎、萬屋錦之介、市川雷蔵等の主演級は既に亡い。伝七捕物帖で、愛嬌者の岡っ引き赤鼻の五平を演じた瀬川新蔵は、平成元年に63歳で亡くなっている。そう言えば、伝七捕物帖の原作者陣出達朗も多くの作品を残し、31年前に逝去していた。

 中村吉右衛門や片岡仁左衛門の現在の素顔は、好々爺そのものだ。簪の文治として走りまをっていた今村民路は、今では66歳になる。面影は残っていても、伝七の長屋に「親分!」と駆け込む姿は、想像できない。その伝七も昨年1月、82歳でこの世を去った。後10年もすれば、多くの出演者達は、この世の人ではないかもしれない。かく言う自分も全く同じ立場だ。かって一世を風靡した役者達が、活躍する姿を見られるからこそ、旧き時代劇の再放送にはまるのだろう。

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