伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2017年2月7日: 国家総動員法と徴兵制度 T.G.

 近くの老人センターの隣に図書館がある。入浴ついでに立ち寄り、面白そうな本を借りる。アイウエオ順の書棚の最初に置いてある浅田次郎の小説が目について、いくつか借り出した。「黒書院の六兵衛」、「シェラザード」、「終わらざる夏」などである。いずれも肩の凝らない娯楽小説で、年寄りの暇つぶしにはもってこいである。

 この直木賞作家の作品は、ほかにも「壬生義士伝」や「一刀斎夢録」などの幕末ものを読んだことがあるが、いずれも歴史を舞台回しに使う一種の歴史小説で、司馬遼太郎の幕末ものに似ているところがある。違うのは司馬の作品は歴史7分、作り話3分で歴史に重きを置いているが、浅田のそれは作り話9分で歴史はせいぜい1分にとどめているところである。その分発想が自由で、司馬ものに見られる説教臭さがなく、稀代のストーリーテラー、浅田次郎の繰り広げる作り話が実に面白い。

 「黒書院の六兵衛」は慶応4年(明治元年)、勝海舟と西郷隆盛の会談で江戸城明け渡しが決まった3月14日から、4月8日の官軍による江戸城接収完了までの1ヶ月間の物語である。登場人物は勝海舟、榎本武揚、西郷隆盛、板垣退助ら開城に関わった幕末の大物達をはじめ、直参旗本、江戸詰の下級武士、江戸の街の町人など多種多彩で、作者はそれぞれに地方の方言や侍言葉や町人言葉で自在に語らせる。勝海舟はべらんめえ調の江戸っ子弁であり、西郷隆盛は薩摩弁丸出しの茫洋とした語り口、板垣退助は土佐訛りの伝法な侍言葉という調子である。この声色を読んでいるだけで楽しくなる。最後は当時わずか9歳の明治天皇が江戸城奥に到着し、公家言葉を発せられるという手の込みようである。ストーリーは何もない。と言うか作りようがない。江戸城開城までの大混乱をあの手この手で面白おかしく書いているだけだが、それが実に面白い。

 「シェラザード」である。太平洋戦争末期、追い詰められた帝国陸軍が大陸の傀儡政権、汪兆銘を支えるため、東南アジアで華僑から接収した金塊を、連合軍の攻撃対象にならない赤十字の病院船を使って、シンガポールから上海まで運ぶ話である。ナホトカからシンガポールに至り、金塊を積んで南シナ海を北上、台湾海峡で待ち構えていた米海軍の潜水艦に撃沈されるまでのわずか1ヶ月間の物語である。ストーリー自体は荒唐無稽なはちゃめちゃ話だが、それを取り巻く当時の戦局や事態の推移は、誰でも知っている歴史であるから曲げられず、まことしやかである。

 現在読んでいるのは「終わらざる夏」である。これは娯楽一辺倒の他愛もない全二作と異なり、多分に重たい話である。太平洋戦争末期の昭和20年、6月に沖縄が陥落し、7月に連合軍の戦後処理を協議するポツダム会談が開始された。その戦争も押し詰まった7月中頃から話が始まる。本土決戦に備え、大量の兵士が赤紙一枚で招集されるが、そのうちの3名が、当時日本領土だった千島列島最北端の占守島に送られ、布陣していた戦車連隊に配属され、終戦三日前に突如不可侵条約を破って侵攻してきたソ連軍と戦い、8月末に全滅するまでの1ヶ月半の物語である。架空の登場人物のシチュエーション以外は、すべて歴史である戦争の経緯に沿っている。

 冒頭63ページにわたる序章で、作者が調べた当時の国家総動員法にもとづく徴兵制度の実態が、物語としてつぶさに語られる。本土決戦に備えて、市ヶ谷の陸軍参謀本部で動員計画が立案される場面から話が始まる。実に172個師団、117個旅団、総数500万人を超える史上空前の大動員である。昭和16年の対英米開戦時の常備軍がわずか17個師団だったことを考えると、空恐ろしい規模である。国中から男の働き手のほとんどを吸い上げるに等しい。1ヶ月後の8月15日に戦争が終わらなかったら、はたして日本はどうなっていただろう。

 参謀本部で作られた動員計画は徴募する兵士の員数だけで、個人名は記されていない。その計画が各地の聯隊司令部に送られ、そこで戸籍と突き合わせて実際の徴募対象者が決まる。それを赤い用紙に記入し、各地の役場や駐在所を通じて本人に届けられる。いわゆる赤紙である。赤紙を受け取った本人は、如何なる事情があろうとも考慮されない。仕事も家族も何もかも放り出して、1週間以内に指定された部隊に出頭しなければならない。出頭は体一つでいい。衣服など何の準備も要らない。兵士としての経験も技量も要らない。軍が求めるのは兵士の肉体だけ。戦争末期の徴兵制度の実態である。

 主人公である占守島送りの一人は出版社勤務のサラリーマンである。徴兵年齢ぎりぎりの45歳で妻子がいる。とりあえず丙種合格だが強度の近視で兵士には不適格。まさかと思っていた赤紙が突然送られてきて茫然自失、家族は悲嘆に暮れる。わずか1週間の猶予では残していく妻や子のために何もしてやれない。せめてもと勤務先の同僚に後のことを頼んで、後ろ髪を引かれる思いで出征する。根室から小型漁船に乗せられて千キロ先の占守島へ向かう。もはや制海権も制空権も失った日本軍は、輸送船はおろか護衛も付けられない。決死の航行である。

 このくだりを読んでいて、昭和19年に赤紙招集され、フィリピンで戦死した父親のことが想い出された。小さな呉服商を営んでいた父は、長男である小生がまだ4歳。生後間もない末の弟を含め、6人の幼い子供がいた老兵である。本人も困惑しただろうが、後に残された母はさぞ切なく辛かっただろう。小説の登場人物と同じように、茫然自失し、嘆き悲しみ、悲嘆に暮れたことだろう。あまりに切なく辛かったからか、戦後母の口から父の出征にまつわる話を聞いたことがない。切なすぎて死ぬまで息子に話す気にならなかったに違いない。そういう母のことも想い出された。あれから70年、あの頃と比べると、実に平穏な時代に生きているものだ。

【追記】ここまで書いて先を読んだ。出てくる話が、凄惨な東京大空襲、惨めな学童疎開、学徒動員などなど、自分にもかすかな記憶がある身につまされる話ばかりで、昔を想い出して読み進める気力が湧かない。途中で放り出して図書館に返却することになりそうだ。幾分助かるのは、著者が日本の軍隊を、戦後の風潮に見られるような独善的な悪の権化、不条理の塊とは書いていないことである。当時の国際情勢や戦況にに翻弄され、その中で最善を尽くそうとする組織や将兵、下士官などを描いているのが唯一の救いである。これも歴史の真実の一部に違いない。軍隊のすべてが悪ではないのだ。

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