伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2016年12月18日: 日露首脳会談と北方領土 T.G.

 鳴り物入りで始まったプーチンと安倍の日露首脳会談が終わった。結果は大山鳴動してネズミ一匹である。プーチンは終始日露に領土問題はないと言う立場を貫き、安倍が目論んだ領土交渉には乗らなかった。日本側の3000億円規模の経済協力と言うネズミが出ただけで、マスコミも野党も、与党の一部すら安倍外交の失敗と批判している。普段は国際政治など興味のない家人でさえ、3000億円ただ取られされた安倍は甘い、ロシアは汚い国だとお怒りである。家人ならずとも、大方の国民がそう思っているに違いない。

 こうなることは始めから分かっていた。そもそも戦争で奪われた領土を金で取り返すことなど出来るわけがない。歴史にも例がない。沖縄が返ってきたのはアメリカが沖縄を領土と思っていなかったからだ。北方四島は違う。ロシアは戦争で奪った領土と思っている。クリミア戦争で大打撃を被り経済が破綻した帝政ロシアは、1867年にアラスカをわずか760万ドルでアメリカに売却した。その愚行を深く悔いているロシアが、経済協力3000億円程度のはした金で北方四島を日本に売るわけがない。期待した日本政府と日本国民が甘いとしか言えない。

 1969年以来長らく続いた中露の領土紛争は、2004年に和解合意に達し、国境が画定した。中露に出来たことが日露で出来ないはずがないと言う人もいるが、それは間違いだ。プーチンも言っていることだが、その間40年近く中露両国はウスリー川を挟んで軍事衝突を繰り返している。話し合いで平和的に解決したわけではない。平和憲法に馴らされた日本人は、領土保全と軍事を切り離して考えたがる。領土問題を話し合いで解決できると思っている。そんなことはあり得ない。領土問題を解決できるのはいつの時代も軍事力である。軍事なしに領土問題は解決しない。それが世界常識である。今の中東を見ればよく分かる。ちょっとでも軍事に手を抜いたら、あっという間に領土を失う。取り返すには軍事力しかない。話し合いなどまったく意味がない。原理は北東アジアも同じだ。

 日本が本気で北方領土を取り返したければ、常日頃からロシアから見て侮れない程度の軍事力を保持しておく必要がある。その上で、歯舞色丹あたりで漁船拿捕などのトラブルが起きた際は泣き寝入りなどせず、軍事力を行使して漁船を守り、日ソ間にある程度の軍事的緊張を醸し出しておく。そう言う流れの中で、国際情勢の風向きが変わったときを見計らい、領土返還交渉に持ち込む。それしか方法がない。実際に中国はその方法で時間をかけ、中ロ国境を画定した。同じことが日本に出来ないはずがない。邪魔をしているのは憲法9条である。9条がある以上北方領土を取り返すすべはない。9条を大事にしたければ、北方領土は諦めることだ。

 もう一つ大事なことは、日本国民が領土を不当に奪われた理不尽に常に怒りを向けておくことだ。そういう意味で、家人のような平凡な一般国民が、領土問題など知らぬふりで3000億円ただ取りしたロシアに、狡い国だと怒りを向けるのは正しい姿勢である。戦後70年、大方の日本人が北方領土を忘れている。どうやってロシアに奪われたかも憶えていない。街頭インタビューで北方四島について聞かれると、ほとんどの人が4島の名前を正しく言えない。歯舞色丹を読めなかった北方領土担当大臣すらいた。これでは返ってくるはずがない。

 そもそも北方四島に経済的価値はない。漁業や観光で多少のメリットは生まれるが、今の少子化の時代、誰も住まない過疎地が増えるだけで、無駄なインフラ整備や離島防衛に手間とコストがかかるデメリットの方がはるかに大きい。政治的価値にしても、一時的に国民の気分が高揚することと、内閣支持率が上がる程度で、それが過ぎればお荷物が増えるだけだ。今の時代、領土問題はナショナリズムではなく損得で考えるべきである。

 今回の結果にマスコミや国民はご不満かも知れないが、四島返還に拘らなければそれほど悪い合意ではない。3000億円と言っても現ナマをそっくり呉れてやるわけではない。あくまで経済協力の規模である。中国のような共産党一党独裁の国と違い、日本の経済協力は実行行為を政府ではなく民間企業がやる。リスクが高く企業のそろばん勘定に合わない協力は出来ない。協力事業の中心は天然ガスなどのエネルギー開発である。うまく行けば日本にとってエネルギー資源調達先の選択肢が増える。企業にとっても日本のエネルギー安全保障にとっても大いに利がある。

 さらに大事なことは、今回の合意が膨張を続ける中国に対する格好の牽制になることだ。日本もロシアも対中国の経済依存度は大きい。中国なしではやっていけない。にもかかわらずロシアの場合は国境を挟んだ中国の人口圧力で頭が痛く、日本の場合は尖閣の軍事圧力が鬱陶しくて仕方がない。今回の合意はそのリバランスに効果があるだろう。プーチンも安倍もそれをしたたかに計算しているに違いない。クリミア問題でロシアに対する欧米の経済制裁が続いている中、今回の日露首脳会談は領土問題を目眩ましにした対中国のリバランス協議が主目的の一つだったと考えるべきだろう。

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