伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2016年11月7日: ネオリベラリズムとぬるま湯日本 T.G.

 エマニュエル・ドットの最新刊「21世紀の新国家論」を読む。いつもながら面白い内容である。トッドによれば、現在の世界は第二次世界大戦以降の三つ目の大きな局面に差し掛かっているという。一つ目は1950年から80年にかけての高度経済成長期、二つ目は英米によって推進されたグローバリゼーションの時代、現在現れつつある第三局面は行きすぎたグローバリゼーションに疲れ果てた(ファティーグ)結果の混乱と、国家主義への回帰だという。英米による歯止めなき個人主義(ネオリベラリズム)に耐えられなくなって、とてつもない逆転現象が起きている。“ユーロ圏はすでに機能不全に陥っており”、経済力を増したドイツの台頭が始まっている。中国経済は苦境に陥り、アメリカ大統領選はリベラルを捨てて国家主義に傾いている。ソ連の崩壊、アラブの春、リーマンショック、EU崩壊を言い当てたさしものトッドにも、この先世界がどう動くか見通しがつかないと言う。

 そういう地球規模の混乱期にありながら、日本は未だネオリベラリズムの心地よいぬるま湯にどっぷり浸かっているようだ。昨今の新聞テレビのニュースを見ても、豊洲移転がどうの、オリンピック見直しがどうの、TPP問題での農水大臣失言がどうのと、どうでもいい話のオンパレードである。混迷に陥りつつある世界情勢に、日本はどう対応すべきかと言った肝心要の話にはとんとお目にかかれない。せいぜいが安部政権によるロシアとの北方領土返還交渉とPKOの駆けつけ警護問題ぐらいだが、聞こえてくるのは、あんなもの返ってくるはずがないという訳知り顔の悲観論と、軍事常識を欠いた旧態依然の平和憲法論。いったいこの国はどこへ行くつもりなのだろうか。

 そもそも日本のTPP論議は的外れである。交渉中の2年前とは情勢が変わったのだ。ドットの言うようにグローバリズムは行き詰まり、世界的に反グローバリズムへの逆流が始まっている。グローバリズムが一向に経済成長をもたらさず、格差拡大という弊害しか生まなかったからだ。グローバリズムは強いものが弱いものから収奪する弱肉強食の理論である。世界はその是非を問い始めている。にもかかわらず日本の国会は、グローバリズムの是非ではなくTPPの賛否についての議論しかしない。歴史の転換点における考察がない。反対野党の民進党に至っては、議論に加わろうともせず、大臣の失言の揚げ足取りに終始している。いったいこの野党は何がしたいのか。仮にも政権交代を狙うなら、もっと骨太の議論で堂々と国会論戦に臨むべきだ。TPP反対なら、その根拠と対案を示すべきだ。アメリカではアホのトランプだってそうしている。

 豊洲、オリンピック問題はそれ以下である。小池都知事がいかがわしい利権政治を暴いたのは良しとして、それ以外はどうでもいい話である。別に豊洲でなくても魚は売れる。ベンゼン水銀が出ても都民は死なない。国を挙げて騒ぐ話ではない。オリンピックに金がかかり過ぎるのは好ましくないが、日本は金持ちの国である。小池の言うように一丁二丁の豆腐屋でもどうと言うことはない。取り巻きの黒幕政治家達の食い物にされても、国民がいいというならそれで良し。駄目というなら黒幕達を追い払えば済むことである。次の都議会選挙や国政選挙も間近だ。投票で金権政治家を叩き出せばいい。それもしないでテレビ劇場を楽しんでいるようでは、食い物にされても仕方がない。

 愚かなことに、混迷したオリンピック問題をIOCも入れた四者協議で決めるという。なぜ日本のオリンピックを仕切るのにIOCを呼ぶのか。何のために組織委員会があるのか。どうせオリンピックの一兆二兆を山分けするための談合会議だろう。森元総理の組織委員会もIOCも、オリンピックを食い物にするハイエナどもの集まりである。IOCのバッハ会長は公式には年報酬2900万円と言うが、スイスの超高級ホテルの1泊20万円のスイートルームに家族ぐるみで過去何年も住み続けている。その金はどこから出るのか。IOCの貴族達はオリンピックで大儲けしている。だから開催費が膨れあがった。誘致はもちろん、今回の4者協議でもたんまりリベートを取るのだろう。森元だって同じだ。彼を通じて、一兆二兆がゼネコンに山分けされる。先の短い元総理はどんな見返りを得るつもりだろう。金はあの世へは持っていけない。

 外は火事なのに、日本の政治は浴室のぬるま湯にどっぷり浸かっている。このまま呑気にしていると、やがて茹で蛙になる。そうならないためには政治の緊張感が必要だ。安部政権はそこそこ頑張っているが、どうにも緊張感がない。悲願のはずの憲法改正も口にしなくなった。自民党も良くないが、そうなった最大原因は野党民進党にある。試験間近にならないと勉強しないように、政権交代のおそれがなければ自民党も頑張らない。呑気にぬるま湯に浸かっている。旧社会党のように何でも反対野党に陥った民進党は、一向に政策の対立軸を示せない。だから支持率が上がらない。旧社会党だって、自民党の安保体制に対して非武装中立と言う対立軸を示し、それなりに緊張感をもたらした。あの頃は自分も社会党支持だった。同じことが民進党には出来ていない。蓮舫というおかしな代表を選んだらさらにおかしくなった。なんとかならないものか。

 日本の最優先課題は民進党改革だろう。今のところ政権交代の可能性が少しでもあるのはこの党しかない。維新の党は時間がかかりすぎて、茹で蛙阻止に間に合わない。まずは政治と歴史認識のしっかりした党首を選ぶ。その上で党内で経済、金融、財政、国家安全保障に関する議論を戦わせ、しっかりした綱領と基本政策を立てる。それを国民に訴え、国会論戦に臨む。間違っても審議拒否や大臣の揚げ足取りのような愚劣なことはしない。安全保障問題で国民に見透かされている幼稚な憲法論を持ち出さない。最初のうちは絶対多数の自民与党に敵わないが、議論の内容が具体的で現実的なら次第に支持者が増える。お得意の社会福祉政策を現実的なものに磨けば、支持率はさらに上がるだろう。そうなれば自民党がへまをしたときに政権交代の可能性が出てくる。よしんば出来なくても、政治の緊張感を生む。

 どんなものですか、蓮舫君、野田君。言っても分からんか。

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