伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2016年4月4日: アルファ碁と日本の明るい未来 T.G.

 グーグルが開発した囲碁ソフトアルファ碁(AlphaGo)が話題になっている。先日ソウルで韓国のイセドル九段と対戦し、圧勝した。イセドルは日本の井山九段など足下にも及ばない世界最強の棋士の一人である。チェスや将棋はとっくの昔にコンピュータが勝っているが、盤面の広い複雑なゲームである碁は、当分人間には勝てないと言われていた。それが世界最強のプロ棋士を、まるで赤子の手をひねるようにコテンパンに打ち負かした。そのことに世界が驚愕した。

 碁はへぼだが、若い頃の仕事がプログラマーで、AI開発に関わったこともある。だから大いに興味がある。アルファ碁が5局対局の1、2戦に連勝したニュースを知って、ドーミー試合である第3局をニコニコ動画の生中継でネット観戦した。便利な世の中である。驚いたことに、白を持ったアルファ碁が中盤までに6線を囲う太平洋のような地を作ってしまった。べぼ碁ではよくあることだが、プロ同士ならあり得ない展開である。打つ手がなくなったイセドル九段が破れかぶれで太平洋に殴り込みを掛けたが、あっけなく頓死。惨敗である。こういう進行もトッププロ同士の対局ではあり得ない。

(第3局イセドルの15手目)

 この歴史的快挙をさっそく囲碁ブームの伝蔵荘仲間にメールで知らせた。反応があったのは日本棋院5段のHa君だけ。彼以外のへぼ碁打ち達はまるで興味を示さない。コンピュータソフトには興味がなく、アルファ碁圧勝の歴史的意義が理解できないらしい。

 この対局についてはプロの棋士からいろいろな感想が示されている。その中で、生中継の解説をした高尾紳路九段の緊急寄稿が面白い。それによるとイセドルの敗着は15手目で、それ以降どう打っても勝ち目がなかったのだという。プロの碁がたった15手で終わるなんて、常識では考えられない。アルファ碁は大局観と情勢判断が実に確かで、勝ちを読み切るとリスクを冒さない。その後は淡々と打ち進めてイセドルを打ち負かした。この試合ぶりには小生だけではなく、世界中が驚嘆した。と言うより畏怖を感じた。人間業ではないと。

(第2局アルファ碁の37手目)

 2局の勝ち方も同じである。黒を持ったアルファ碁が序盤の37手目で、左辺に常識外れの肩突きを打った。プロの碁打ちなら決して打たない手である。見ていたプロ棋士達はみなアルファ碁の打ち間違えで、イセドル優勢とみた。ところがそのまま局面が進むと次第にアルファ碁が優勢になり、そのまま勝ち切ってしまった。神尾九段は「とても不思議な感覚だった。(悪手とみられていた)37手目はアルファ碁の「勝ちました」という勝利宣言だったのだ」と書いている。

 従来の囲碁や将棋のソフトは、定石や布石やプロの打ち手をプログラミングする方法をとっていた。だから教え手より強くはならない。局所的な読みには強くても、人間のような直感や大局観が働かない。だから限界がある。アルファ碁はまったく違う開発手法を使っている。モンテカルロ法をベースにディープラーニングと言う手法を使う。定石や布石などいっさい教えず、数多く対局を重ねさせることでレベルアップをはかる。対局は過去に打たれた数多くの棋譜とアルファ碁同士の対局だという。これまでに4万局こなしているという。人間なら10局も打ったら疲労困憊だが、コンピュータは何万局打っても疲れない。24時間365日打ち続けても疲れない。人間には真似できないコンピュータの強みである。

 アルファ碁は一種のAI(人工知能)である。特徴的な開発手法であるディープラーニングはイギリスのAI企業が考えた。それを金持ちグーグルが数百億円で買収し、アルファ碁に育てた。グーグルはこの自ら考え進化するハイレベルAIで革命を起こそうとしている。この手法をすべてのAI開発に適用しようとしている。ディープラーニングを使えば、人間が手取り足取り教え込む必要がない。放って置いてもAIが勝手に進化する。AIには不可能と言われた大局観やある種の直感すら得られることは、アルファ碁が実証した。残るは他の分野への応用である。

 すでに多くの分野でロボットが用いられている。現在のロボットは単能的なAIだが、ディープラーニングAIと組み合わせたらとてつもない世界が実現するだろう。現在でも自動車の組み立て作業のような単能的な仕事は、ほとんどがロボットに委ねられている。そのため製造現場から人が消えた。AIが進化したら、製造現場だけでなく、事務作業や知能労働分野にもAIロボットが進出する。企業の人事、財務、経理、総務と言った間接部門は、単純な事務作業だから人が要らなくなる。銀行や証券会社も同じだ。銀行業務のほとんどは今でもコンピュータ化されている。人間は判子とボタンを押すだけ。経験豊富で情勢判断に長けたAIなら容易な仕事である。株式の売買はとっくの昔にコンピュータがやっている。コンマ何秒単位の瞬時の取引が株の乱高下を招き、社会問題にすらなっている。それがさらに進めば証券マンや証券取引所すら要らなくなる。

 AIが進化すると人間が要らなくなる。企業は高いコストを掛けて従業員を採用しない。そうなると失業者が溢れ、社会問題になるという悲観的な説がもっぱらである。はたしてそうだろうか。少子化の日本はますます人口が減り、放って置いても働き手がいなくなる。その穴埋めを移民に頼る議論が始まっているが、正しいことなのだろうか。欧米を見ても、移民が労働力不足の永続的な穴埋めにはならないことは明らかだ。一時的にメリットがあっても、それに伴う代償が大きすぎる。昨今のテロ事件の大混乱を見れば明らかだ。ヨーロッパは移民問題で瓦解する可能性大である。移民の社会的収支は大きくマイナスなのだ。労働力不足を移民で補うと言う発想は間違いである。

 労働力不足をAIに頼ればそういう問題は起きない。AIは人間に代わって大方のことが出来る。ハイレベルAIは教育程度の低い移民よりはるかに有能である。それで生産性が保たれ、収益が維持できれば、失業など問題ではなくなる。残る課題は、AIによって仕事を失った人たちへの収益の分配だけである。

 古来働かざる者食うべからずと言われてきたが、働かずとも収益の分配が受けられて、今まで通りの生活が出来る。夢のような世界が出現する。働かないものへの収益配分は従来的な経済原理に反するから、意識変革と高度な政治手法が必要になるだろう。生活保護のような後ろ向きの発想では駄目だ。受給者が社会的弱者ではなく、正々堂々権利として受け取れ、目標や生き甲斐を持てる。そういう前向きの配分方法を考えねばならない。方法と言うより哲学に近い。もちろん従来の行政手法や憲法や法律は役に立たない。新しい国家の枠組みが必要になる。

 AIによって少子化日本に豊かな未来社会が出現する。人口が減り老齢化が進んでも、日本全体としては生産性が落ちない。GDPも維持できる。むしろ上がるかも知れない。人間は働かなくても豊かな生活を営める。余った時間をさらに有益なことに使える。人類初の夢のような理想社会が出現する。気がかりなのは、グーグルのようなハイレベルAI開発に日本人がほとんど興味を持たないことだ。へぼ碁の友人達を含め、世の中は無関心だし、政府はアベノミクスにかまけてAIには何も手を打たない。AI企業は愚にもつかぬゲームソフト開発に明け暮れている。グーグルのAI開発には現代自動車やサムスンと言った韓国企業が参加しているそうだが、トヨタやソニーはまったく関心がない。進取の気性を欠いた日本では、見果てぬ夢に終わりそうだ。

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