伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2016年2月29日: 日本と日本経済の縮退 T.G.

 10年前に団地の自治会の役員をやった。そのときのメンバーで時々飲む。先日行きつけの飲み屋で話していたら、そのうちの一人が仕事が見つからないので大学に入り直したという。若いときに大学を出ているので、学士編入だという。我々年金生活の後期高齢者より20歳年下の若手で、自治会役員をやっていた10年前は40代の壮年だったが、今は56歳。年寄りの入り口である。面白がってみんなで酒の肴にした。

 彼の話では、50代初めに会社のリストラに遭った。50過ぎてハローワークに行くと、見つかる仕事は清掃、介護、道路工事のガードマンぐらいしかない。しばらく清掃会社で働いていたが、体がきつくてやめた。深夜の道路工事はそれ以上きつい。残るは介護しかないが、親の介護でさんざん苦労したからやる気が起きない。ほかにやることもないので大学に入り直すことにした。夜間なので入学金が15万円、年間の授業料が60万円だという。仕事もしないで生活は大丈夫か聞くと、独り身で親の遺産などがそこそこあり、計算上なんとかやっていけるという。それを聞いて、後期高齢の全員が羨ましがった。我々の頃はそんな悠長な贅沢は出来なかったと。

 ご近所に50近い引き籠もりの息子さんがいる。働いているところを見たことがない。親御さんは大手企業を定年退職して悠々自適の年金生活だが、親御さんも息子さんもさしたる焦燥感はなさそうである。時々車で仲良く買い物に出かけるのを見かける。親御さんが死んだら遺族年金は出ないが、息子一人がなんとかやっていける蓄えがあるのだろう。似たようなケースをあちこちで見かける。そういう差しあたり生活不安のない中高年ニートが、少なくとも70万人はいるという。70万と言えば人口統計の立派な母集団。格差社会の一面である。

 国の借金が千兆円を超えたが、国民の資産はそれをはるかに上回る1700兆円あるという。その半分以上は60歳以上の高齢者が保有しているという。老人だけでは使い切れない。それに怠け者の子供らが寄生して、70万人の中高年ニートを可能にしている。ニートとまで行かなくても、親に頼って低収入のフリーターやアルバイトに甘んじている若者はそれ以上に多い。彼らが親のすねを囓り尽くしてしまうので、よほどの金持ちでなければ一代限りの贅沢だ。このすねかじり息子達の子供は御利益に預かれない。それどころかその子供すら作れない。少子化、格差社会の根本原因にして、日本社会の行き止まりである。低成長の中、このまますねを囓らせていると、1700兆円はどんどん目減りするだろう。日本社会が拡大再生産をやめてしまったのだ。

 企業も同じだ。マルクスが言うように、利潤の再投資でさらに利潤を増やす拡大再生産は資本主義の要諦である。それで経済が発展する。最近の日本企業は拡大再生産をやめてしまった。余剰利潤を再投資に使わず、内部留保に溜め込んでしまう。今や1700兆円のうち300兆円は企業の内部留保だという。日本の経営者は拡大再生産のための投資をしない。アベノミクスでいくら金をばらまいても、企業は借りに来ない。溜め込んだ内部留保はいざというときの食いつなぎ資金化している。その結果、企業も日本経済も成長を止めてしまった。親の遺産は怠け者の子供が使うが、経営マインドを失った企業の内部留保は使い道がない。いわば死に金である。

 台湾の鴻海によるシャープ買収劇は、経営マインドを失った駄目企業の典型例だ。シャープには内部留保はないものの、鴻海が喉から手が出るほど欲しい技術蓄積がある。無形の内部留保である。だから7000億円という札束でほっぺたを引っぱたいた。シャープの経営陣が産業革新機構を蹴って鴻海の買収に応じたのは、鴻海が提示した経営陣と社員の首は切らないという条件が大きい。彼らはニートと同じで、自分は働かず、親の遺産で食いつなぐ選択をしたのだ。経営マインドゼロと言っていい。シャープ程でなくても、ソニー東芝など、経営マインドを失った日本企業は多い。その結果が景気後退とGDP縮小である。

 2015年度の国勢調査ではじめて人口が減少した。93万人減だという。かっては500兆円を超えたGDPが、今は490兆円に減っている。アベノミクスで鉦や太鼓を鳴らしても、さっぱり効き目がない。経営者は利益を溜め込むだけで、経営を忘れている。国債乱発で税収以上の分不相応な国家予算を作り、やれ子ども手当だ福祉、教育、公共工事だとばらまいた金が、貯金と内部留保に回って1700兆円に膨らんだ。要するに赤字国債が目的通りに使われず、貯蓄に化けているのだ。それに経営者や子供らが寄生している。景気は一向に良くならない。こういう状態を世も末と言うのだろう。

 大した稼ぎもない若者が、やれスマホだ外食だと贅沢が出来る。スマホも外食も金がかかる遊びである。格差社会なんていったい何処にあるのだろう。電車に乗っても道を歩いていても、スマホゲームにうつつを抜かしている。テレビはスマホとゲームのCMで溢れている。貧しい蒙昧な若者達から巻き上げた金で、よほど儲かるのだろう。ニートは論外としても、差しあたり生活不安のない若者達がきつい仕事をいやがり、さしたる努力もせず安易なフリーターや派遣社員に甘んじる。その結果、皮相的な格差が生まれる。労働力不足が深刻な問題になりながらこの有り様である。要するに国民も企業も明日に思いを致さず、日本全体が老化し、縮退しているのだ。この体質が変わる気配が一向に見えない。アベノミクスではどうにもならない宿痾に違いない。

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