伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2016年2月3日: 日本人の歴史感覚 T.G.

 新春恒例、新橋の中華料理屋で行われるTUWVのOB会に参加した。いつもは60過ぎの爺さんばかりだが、珍しく卒業し立ての新人OB3人が参加した。歳を聞くと平成2年生まれの25歳だという。息子と孫の中間である。はるかに歳の離れた爺さん達に取り巻かれ、気後れもせず会話に加わっている。実に頼もしい。今時の若者にしてはコミュニケーション力豊かなのだろう。

 帰り際、3人を呼び止めて、GP生君をまじえてコーヒーをのみながら話した。昔なら銀座にでも繰り出したところだが、もうその元気はない。彼らを前にGP生君がとくとくと老人特有の昔話(前の戦争の話)をしていたら、なにやらキョトンとしている。彼らにはピンと来ないらしい。それもそのはず、彼らにとって太平洋戦争は100年近く前の歴史に過ぎない。我々にとっての日清日露戦争と同じで、歴史の時間に学校の先生に習った話である。そのことを言ったら、すかさず若者の一人が「日清日露でなく戊辰戦争ではないですか」と冗談半分で混ぜっ返した。当たらずといえど遠からずである。

 彼らと話していて、我々が今も引きずっているあの戦争が、彼らにとっては歴史教科書のテーマに過ぎないことに気付かされた。考えてみれば当然である。第二次大戦は彼らが生まれる遙か前の、歴史上の出来事なのだ。彼らの太平洋戦争に当たる日清日露や戊辰戦争は、我々にとっても歴史に過ぎない。乃木大将やステッセル将軍は歴史教科書上の人物であり、日清ロや薩長会津のいずれが正義と言うこともない。それと同じで、彼ら若者達にとって満州事変や日中戦争や真珠湾攻撃はまさしく歴史であり、東条英機やマッカーサーは歴史上の人物に過ぎない。歴史には正も邪もない。単なる歴史事象である。あの戦争をどう思っているか聞かなかったが、彼らには我々のような妙なわだかまりや贖罪意識はないに違いない。もっと客観的に見ているだろう。アメリカが正義で日本が悪とは考えていない。あの戦争がもはや歴史だとすると当然のことだ。

 先月天皇陛下がフィリピンを公式訪問された。マスコミは晩餐会で陛下が述べられた前の戦争の反省をことさら大仰に取り上げ、日本人の贖罪意識を掻き立てる。それが社会正義であるかのように言う。異論を挟む余地もないが、どうにも違和感がある。足かけ100年近く前のことを歴史ととらえず、いつまでも現実として引きずる。こういうおかしな歴史感覚を持つのは日本人だけではあるまいか。イギリス人やオランダ人が、第二次大戦終了後も続けていたインドやインドネシアの植民地支配について、非難されたりすることはない。謝罪もしない。すでに歴史であるからだ。同じくアメリカがベトナムで犯した愚行、中国が天安門で犯した暴虐すら、今では国際世論に糾弾されることもない。そのことに誰も違和感を持たない。理由はもはや歴史だからだ。歴史に倫理や善悪を求めても仕方がない。世界はそう思っている。

 日本人をいまだにいたぶる前の戦争のトラウマは、歴史感覚を欠いた日本人の意識過剰が生み出したものだ。従軍慰安婦然り、南京大虐殺然り、A級戦犯然り。中国韓国を除いて、国際世論はそんな事をもはや問題にしていない。歴史事象ととらえている。従軍慰安婦や南京大虐殺に至っては、根拠薄弱な作り話が生み出した幻影に過ぎない。恐れ入る日本人を面白がって、かの国の連中がさらに脅しをかける。世界中に言いふらす。そうしているうちにナイーブな日本人が真実だと思い始める。俚諺に言う「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ではないが、漫画のような歴史ねつ造である。朝日はその一端を担いだ。

 それにしても戦後70年経った今、陛下はなぜわざわざフィリピンまで出かけられてこんなことを仰るのだろう。個人的には、フィリピンで戦死した父親を否定されたようで切ない。国民にとっては、せっかく戦後レジームから脱却して、前に進もうとしているのに、後戻りさせるようなことを仰られる。敬愛する陛下がそういう話をなされば、国民は立ち止まらざるを得ない。戦後70年の今、はたしてそれが日本にとっていいことなのだろうか。フィリピンの人たちはもはやそんな昔のことは問題にしていない。歴史と思っている。この先の現実日本の在りよう、ビヘイビアを見ている。もしこれを言われるなら、もっと以前の高度成長期の、日本が増長気味だった頃におっしゃるべきだった。それなら意味があっただろう。

 今の日本は戦争の反省を踏まえて、平和な民主主義国家作りをしてきた。衣食足りて、礼節もほどほどに知っている。世界平和にも貢献している。他国に比べて反戦意識は過剰なほどある。それが現在の混迷する国際情勢を生き抜く上で、支障を来すほどだ。もう老人の時代ではない。そろそろ歴史と現実を切り分けて、若い連中に後を任せるべきだ。そうしないと日本の未来はない。

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