伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2015年12月7日: マイナンバー制度とマスコミ報道 T.G.

 我が家にもマイナンバーが届いた。制度の実施はまだ先のことだが、これでやっと日本のシステムも先進国並みになる。この制度を実施していないは日本ぐらいのものなのだ。それにしてもこのマイナンバー制度はマスコミに評判が悪い。新聞テレビはケチばかりつけるが、意味が分かっているのだろうか。中には社会に害を与えるだけだからやめさせようなどと、乱暴な論調も見受ける。そのくせ制度の中身や意義の解説記事は見たことがない。安保法制の時の空騒ぎと同じである。違うのはとっくの昔、民主党政権時代に法案が国会で承認されていることだ。その頃マスコミは何も言わなかった。

 新聞テレビはマイナンバー郵便の誤配や未達を、さもスキャンダルのように報道する。総数1億数千万のナンバーを、短期間の手作業でもれなく通知するのは至難の業である。この制度実施の最も困難なフェーズだろう。しかし壮大な配布作業が終わったら、後はすべてコンピュータ処理に任せられる。それなのに、僅か数千通の誤配、未達にマスコミが難癖を付けるのは如何なものか。仮に10万通の誤配、未達があったとして、総数の僅か0.05%。これだけの大事業の初期の混乱が、その程度なら騒ぐほどのことではない。時間をかければ解決する。財務省もそのつもりだろう。1億を超える番号の一斉通知は最初の一度だけなのだ。

 マスコミが盛んに中傷するもう一つは個人情報漏洩である。マイナンバーがなくても、今までに漏洩はそこら中で起きている。それで社会が混乱しているわけでもない。仮にマイナンバー由来の個人情報漏洩が起きたとして、心配するほどのことだろうか。クレジットカード番号でも漏洩したら危ういが、マイナンバーはクレジットカードとリンクしていない。たかだか姓名 住所、電話番号、メルアド、性別、職業ぐらいのものである。漏洩してもどうと言うことはない。せいぜいが電話セールスに使われるぐらいだろう。知られて都合の悪い不倫相手やへそくりの在処がばれるわけではない。振り込み詐欺のネタに使われるケースはあるだろうが、誰でも分かる単純な嘘で、マイナンバーに責任はない。嘘に引っ掛かるのは金余りの粗忽者だけだ。

 マイナンバー制度の一義的な目的は脱税防止である。それ以外の年金、健康保険などでの利用は、ついでというか副次目的である。従来の日本の徴税システムはまったく杜撰で、ザルで水を汲むようなものだった。俗にトーゴーサンとかクロヨンとか称され、サラリーマンは所得を10割捕捉されるが、自営業者や農業従事者は3割から5割しか捕捉されない。残りは合法的な脱税である。先進国でこんないい加減な徴税システムはない。仮にこれを10割すべて捕捉できたら税収は倍増する。マイナンバーがあればそれが可能になる。チマチマした消費税など必要なくなる。

 税の唯一最大の目的は富の再配分にある。税によって富の偏在を防ぎ、国が維持できる。であるから税の基本は累進課税でなければならない。その意味で累進性皆無の消費税は筋が悪い。出来ることならやらない方がいい。税収を上げたければ累進課税の税率をいじれば済むことだ。それなのに多くの国がやっているのは、安易に手軽に税が取れるからである。消費税率はさほど頭を使わず、エイヤで決められるが、累進税率の変更には高度な戦略と利害調整が必要で、既得権益側の抵抗を封じなければならない。そういう困難を避けて安易に消費税に傾くのは、為政者が無能で志に欠けているからだ。今の自民公明の軽減税率騒ぎがその見本である。ポピュリズムの見本でもある。

 マイナンバー制度の要諦はあらゆる収入の名寄せにある。国民すべての収入にマイナンバーをふってコンピュータで名寄せする。マイナンバーを使えば、すべての個人、企業の収入を名寄せして、漏れなく捕捉できる。合法脱税はなくなる。同姓同名があるから、マイナンバーがなかった今まではそれが出来なかった。やむなく分離課税という制度を作ってお茶を濁していた。たとえば株の売買益や利子所得はそれ以外の所得と合算されず、分離課税を受ける。税率は一律10%で累進性はない。言ってみれば金持ちのための税制である。分離課税をやめるには税法の改正が必要だが、累進税による合算所得課税はマイナンバーがあれば可能になる。

 大方の人は忘れているが、この制度が実施に移されたのは今回が初めてではない。1980年に当時の大蔵省がグリーンカード制度法案を国会に上程、可決された。すべての国民と事業者に番号を振り当て、収入の名寄せを行うもので、今回のマイナンバーとまったく同じである。番号通知に緑色のカードを使うのでそう呼ばれた。国税庁は名寄せに用いる大型コンピュータの機種選定を行い、朝霞に大型コンピュータセンターを建て、1億数千万枚のグリーンカード作成を終えた。実施直前になって、資産を丸裸にされることに気づいた金持ちが騒ぎ始め、いかがわしい隠し政治資金を持つ政治家達が同調した。その代表は金権政治家で当時の自民党幹事長、金丸信である。それに共産党、社会党まで悪のりし、国会挙げての反対運動で、自分たちが成立させた法律実施を潰した。潰す理由がプライバシー侵害と言うから笑わせる。共産社会も、さぞ後ろ暗い政治資金を持っているのだろう。

 当時コンピュータ会社に勤めていて、受注合戦の陣頭指揮をとった。悪戦苦闘の末大型受注にこぎ着けたが、夢幻と消えた。顧客側の国税庁の担当課長が、国会で成立した法律が実施もされず廃棄されたのは、明治23年の帝国議会発足以来、初めての珍事だと嘆いた。その後金丸信は、自宅の金庫から大量の金の延べ棒や無記名の投資信託が見つかり、失脚した。そのこともあって今回のマイナンバー制度には一抹の感慨を覚える。あれから30年、日本もやっとここまでたどり着いたのかと。無責任で中身のない批判記事ばかり書いている新聞記者やニュースキャスター達は、こういう経緯を知らないのだろう。マイナンバーの意味も分からないのだろう。ジャーナリストして浅薄、不勉強の極みである。

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