伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2015年11月6日: 南沙諸島とズデーテン地方 T.G.

 近頃の世界情勢がきな臭い。第二次世界大戦直前に似てきた。主役がドイツでなく中国に変わっている。さしずめヒトラーのズデーテン地方が習近平の南沙諸島で、ヘタレ首相チェンバレンがオバマだろうか。そのオバマが慌てだしている。どうしようもない大統領だ。

 第二次世界大戦の前哨戦になったのが、ヒトラーによるチェコのズデーテン地方併合である。1938年のミュンヘン会議で、宥和主義に傾くイギリスのチェンバレン首相は、ヒトラーのズデーテン併合要求を呑んだ。ヒトラードイツの膨張野心はこれで治まるだろうと安易に考えたのだ。しかしイギリス与し易しと見たヒトラーは、チェコそのものを併合してしまった。ついでポーランド侵攻を開始し、第二次世界大戦の火ぶたが切って落とされた。今ではチェンバレンの宥和策は外交オンチの代表例にされている。チャーチルは回顧録の中で「第二次世界大戦は防ぐことができた。宥和策ではなく、早い段階でヒトラーを叩き潰していれば、その後のホロコーストもなかっただろう」と書いている。

 習近平が南沙諸島の領有権を主張し、埋め立て工事を始めたとき、中国べったりのオバマはクレームを付けず、なすに任せていた。安全保障より中国との経済関係を重視したのだ。それをいいことに中国は埋め立て工事を本格化し、3千メートル級の滑走路や軍港まで作った。中国の狙いはこれを原潜基地にすることだという。そうなると核ミサイル搭載の中国原潜が太平洋に容易に進出できる。アメリカの核抑止力が一挙に低下する。ようやくその危うさに気付いたオバマが、先日の米中首脳の会談で習近平にねじ込んだが、素知らぬ顔でとぼけられた。業を煮やして周辺海域にイージス艦を遊弋させ始めたが、時すでに遅しの感がある。もう中国は後へは引かない。人工島は軍事要塞化し、事実上の核心的利益になりつつある。オバマが外交オンチのチェンバレンに擬せられる由縁である。

 チェコのズデーデン地方はドイツ領にへばりついたチェコスロバキア領土である。古くからドイツ人が多く住んでいて、チェコ人との間に対立が起きていた。ドイツ領土に隣接していることから、ヒトラーがこの地域の割譲を求めたのは泥棒にも三分の理である。しかしながら中国が南沙諸島を自国領土−彼らの言い方では核心的利益−と呼ぶのには一理もない。地図を見れば分かるが中国沿岸からは遠く離れ、とても中国領土とは言いがたい。ベトナムとフィリピンの中間、どちらかと言えばフィリピン沿岸に近い。歴史的に海洋国家でなかった中国(支那)がここに領有権の根拠となる島を持っていたはずがない。その証拠もない。ヒトラーも真っ青の横車である。

 第二次大戦のもう一方の主役日本で言えば、日本の満州が習近平の南沙諸島に当たる。当時の日本にとっての満州はまさに「核心的利益」であった。欧米の嫉みと猜疑心のなか、鉄道を敷き、工場を建て、満州国を作った。南沙諸島に似ている。違うのは満州が日清日露の大激戦の末、ロシアから奪い取った戦利品であることだ。このことは欧米も認めていて、アメリカの鉄道王ハリマンは日本に対して満鉄の共同経営を持ちかけた。いわゆる桂・ハリマン覚書である。この時は外相小村寿太郎の猛反対で流れたが、仮にアメリカとの満鉄共同経営が成っていたら、後の満州国は違った姿になっていただろう。リットン調査団もなかっただろう。日中戦争も起きなかった可能性が高い。そのリットン調査団ですら、満州の日本の権益を一部認めていたのだ。それに比べれば、南沙諸島が中国の核心的利益である根拠はどうこじつけても皆無である。

 今回の中国は当時のドイツ、日本と違って外堀を埋める作戦を並行している。経済躍進で得た巨額資金を世界中にばらまいて反対封じをしている。アメリカではボーイングを300機買い、EUでは130機のエアバスを買い、イギリスでは原発建設に7兆円出した。東南アジアでも札束で引っぱたき、あからさまな反対の声を上げさせない。インドネシアではただ同然で高速鉄道を請け負った。韓国はすでに昔の冊封国に戻っている。オバマに言われても朴大統領は反対の声を上げない。その意味では戦前日本やドイツよりはるかに巧妙である。金がいつまで続くのか問題だが、今のところ一応の成果は出ていて、反対の声は一向に大きくならない。アメリカも手こずり始めている。南沙諸島が領有されていちばん困るのはアメリカなのだ。

 中国が多額の費用を使って南沙諸島を軍事基地化し、そのままにしておくことはあり得ない。一義的な目的は核搭載原潜を太平洋に遊弋させ、アメリカの核抑止力を減じることで、二義的にはシーレーンを支配下に置くことだろう。世界の地政学的状況が一変する。日本に対してはいつでもシーレーンを封鎖できる。戦わずして日本を組み伏せられる。日米同盟も米韓同盟も雲散霧消する。それに対してアメリカは打つ手がない。イギリスやドイツ、フランスは成金中国をATM代わりにしていて、北東アジアのことなどどうでもいい。金が出る間は好きにさせるだろう。そういう状況になっても、アメリカは何もせずじっとしていられるだろうか。日本は平和憲法を枕に、安眠を貪っていられるだろうか。中国も金がいつまでも続くわけがない。経済は悪化し始めている。金が続かなくなっても、もう引っ込みは付かない。習近平にその気がなくても、人民解放軍は暴発するだろう。日本人はそろそろ目を覚ますべきだ。

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