伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2015年9月13日: 鬼怒川堤防決壊 T.G.

 鬼怒川の堤防が決壊して大洪水が起きた。これだけ大きな川の堤防決壊は久し振りのことだ。30年前の1986年に鬼怒川の東の小貝川が決壊したのを憶えているが、それ以来のことだろう。以前は、と言ってもたかだか数十年前だが、堤防決壊による大規模洪水はたびたび起こっていて、珍しいことではなかった。それだけ河川の治水対策が進んでいるのだろう。今回の鬼怒川でも、気象庁が言う「過去に経験したことがないような降水量」にも関わらず、長い流域で堤防決壊は常総市の一カ所だけにとどまった。ほかの部分はすべて持ちこたえた。昔なら何カ所も切れていた。暴れ川を手なずけた日本の治水技術は大したものである。テレビ新聞は被災地のことしか伝えないが、報道としては片手落ちではないだろうか。

 民主党政権時代に話題になった八ッ場ダムは、昭和22年のキャスリーン台風の甚大な被害に鑑みて建設計画が持ち上がった。キャスリーン台風では、群馬に端を発する利根川、荒川などの大規模河川が至るところで堤防決壊を引き起こし、埼玉から東京に至る広範囲の地域が水没した。決壊箇所1万6千カ所、家屋の浸水、倒壊33万戸、死傷者3千5百人と言う凄まじさである。それに比べれば、たった一カ所の今回の鬼怒川決壊はごく軽微なものと言える。堤防が丈夫になったのだ。

 八ッ場ダムの計画当初の目的はもっぱら洪水対策だったが、以来70年、利根川や荒川の堤防強化は着々と進み、流域での堤防決壊はほとんど起きていない。ダムより堤防強化の方が先回りしてしまったのだ。目的を失った八ッ場ダムは、その後利水に目的変更したが、下流地域の東京埼玉では水は十分に足りていて、もはやダム建設の意義は完全に失われている。にもかかわらず、国交省は役立たずのダム工事を続行している。了見違いも甚だしい。そんな無駄金があれば、堤防強化に回すべきだろう。

 テレビ新聞は今度のことで日本の防災対策不備ばかり言いつのるが、そんなことはない。日本の治山治水は確実に進歩している。荒川流域にある我が家は、堤防から2キロしか離れていない。堤防の上にはサイクリング道路が走っていて、たびたび通る。堤防の高さは10メートル近くある。これが決壊することは想像できない。それに比べると、映像で見る鬼怒川の堤防はちゃちだ。それでも堤防は一カ所しか壊れなかった。鬼怒川の決壊地域と同じく、周辺の水田や農家は荒川の水面と同じ高さで、しばらく前までは、農家の軒先に伝馬船が吊してあったそうだ。昔は洪水が日常茶飯事だったのだろう。それが今ではまったく起きなくなった。伝馬船も見かけない。

 暇なのでテレビを付けっぱなしで見ていたが、どのチャンネルもヘリを飛ばして被災地の救難活動をライブ中継していた。3.11の際は被害が甚大すぎて、テレビのヘリは近づけなかったが、狭い地域の今回はスズメバチのように群がっていた。救難ヘリの数より多かった。事故が起きないか心配した。自衛隊のヘリも邪魔だっただろう。決壊箇所の救難には陸上自衛隊の大型ヘリが当たっていた。感心したのは自衛隊の能力の高さである。濁流渦巻く決壊箇所で、明るいうちに一人の取りこぼしもなくすべて救い上げた。困難な状況下でのヘリ救難としては完璧と言える。屋根の上で救難の順番を待つ夫婦が、最後にヘリに吊り上げられた直後、屋根が流されたのは驚いた。よほど状況判断が的確だったのだろう。

 最も難しいのは、救難作業中、一カ所に止まっているホバリング技術だという。十数人乗りの大型ヘリを上空にピタリと止めて動かさない。警察や消防のヘリも同じことをやるが、小型ヘリなので連続救難は出来ない。ヘリ操縦の訓練度も違うだろう。海上自衛隊のヘリは海上救難をもっぱらとするが、陸自のヘリは戦闘地域での救難が目的だという。困難さがまったく違うので訓練度も違うだろう。3.11に続く今回の自衛隊の活躍を目の当たりにして、自衛隊に対する国民の好感度、信頼度は上がったに違いない。

 GP生君が電話してきて、NHKは警察と消防のヘリ救難のことしか言わない。自衛隊ヘリの救難にはほとんど触れないと怒っている。自分はもっぱら4チャンネルばかり見ていたが、ほとんどが決壊箇所のライブ映像で、もっぱら陸自ヘリが救難活動に当たっていた。警察消防のヘリは見かけなかった。緊急度と困難度がほかとは違うので、警察消防には無理だったのだろう。NHKはあまり見ていなかったが(とにかくNHKのニュースは紋切り型で面白くない!)、もしそうだとすると、かなりの意図的な偏向報道である。彼らが蛇蝎のごとく忌み嫌う安保法制の手前、自衛隊の大活躍を国民に伝えたくなかったに違いない。何を考えているのか、姑息で情けないテレビ局である。NHKは事実上の国営放送なのだ。

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