伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2015年9月2日: ネット世論と新聞テレビ T.G.

 先日BS日テレの深層NEWSという番組がネット世論について取り上げていた。2チャンネルを代表するネット掲示板やブログ、Facebook、TwitterなどのSNSが世論形成にどのような影響力を持つかがテーマである。番組では立教大学社会学部兼任講師の逢坂巌氏とブロガーの山本一郎氏がネット世論の政治的社会的影響について、こもごも持論を述べていた。山本氏は巨大ネット掲示板2チャンネルの創始者の一人である。

 2チャンネルは世界最大のネット掲示板である。匿名の無責任な書き込みで毀誉褒貶が激しい。汚らわしいネットサイトと忌み嫌う人が多い。しかし、情報量の多さと拡散の速さは新聞テレビの比ではない。山本氏によれば最盛期は約600万人の日常的利用者がいたが、今ではその3分1程度に減っているという。それでもほぼ200万人が毎日閲覧、書き込みするわけだから巨大ネットであることには変わりない。200万は決して異端の少数派とは言えない。立派な母集団である。そのうち世論に影響を与えるコアな書き込みを行うのは一部だそうで、山本氏はそれを約15〜20万人の「ネトウヨ」、約30万人の「放射脳」、30〜40万人の「マスゴミ批判」の3通りに分類している。それ以外はいわば野次馬集団である。

 「ネトウヨ」はネット右翼の意味で、保守的スタンスの書き込みを行う集団である。今では一種の侮蔑語としてマスコミでも使われる。なぜか「ネトサヨ」はいない。山本氏はその理由を左翼的傾向の人は批判されると閉じこもってしまうからだという。「放射脳」は福島以来出現した反原発の確信犯的集団だそうである。「マスゴミ」は朝日、NHKに代表される表マスコミ批判集団である。古くは朝日のKY珊瑚事件から、最近の従軍慰安婦ねつ造事件に至る系譜の、リベラルマスコミの欺瞞に対する批判である。2チャンネルにはそれ以外にも数百種類の多種多様なテーマについて書き込み欄があるが、無意味な落書きに等しく、世論に影響を与えるものではない。

 従来、世論形成は新聞テレビなどの表マスコミの独壇場だった。特に朝日新聞とNHKが抜きんでていた。朝日、NHKが右と言えば右、左と言えば左と言う時代が長く続いた。その典型が55年前の60年安保闘争である。朝日、NHKが安保反対の論陣を張ると、国民の多くがそれを無条件で信じた。国会前に数十万人のデモ隊が押し寄せ、日本各地でゼネストが起きた。革命前夜の様相だった。それに比べると最近の安保法制デモなど児戯に等しい。今と同じで、朝日は戦争に繋がる条約改正と見当違いの糾弾をした。国民は条約の内容も知らず、朝日がそう言うのだから悪い条約だろうと思い込んだ、元東大教授で保守評論家の西部邁氏は、当時全学連の先頭に立って安保闘争にのめり込んだ一人である。その彼が「安保反対と騒いでいた中に安保条約の中身を読んでいた人間はろくにいなかった」と暴露している。東大教授にしてこうなら、ほかは推して知るべしだ。今の安保法制反対と同じ構図である。

 その傾向が変わったのは、おそらく3年前の民主党政権崩壊以降だろう。それに輪をかけたのが朝日の従軍慰安婦ねつ造事件である。2009年の民主党政権誕生には朝日を中心とするリベラルマスコミの影響力が大きかった。政権生みの親と朝日が豪語したのもあながち間違いではない。その新政権の体たらくに幻滅した一般大衆は、朝日的報道を信じなくなった。眉毛に唾をつけ始めた。スマホの普及もあって、情報源を朝日、NHKからネットに移し始めた。今では一般大衆は新聞を読まず、情報をもっぱらネットに依存するようになった。そのため新聞の発行部数やテレビの視聴率は激減している。表マスコミの終わりの始まりだろう。

 最近の安保法制反対運動も、主に朝日、NHKが主導している。新聞テレビは戦争法案などと扇情的批判一色で、賛成論も法案の中身もいっさい報道しない。まるで60年安保のデジャブである。にもかかわらず、昔と違って反対運動は一向に盛り上がらない。新聞テレビが盛んに報道するデモ騒ぎは、プロの市民活動家と無知な一部学生だけで、世論は関心を向けない。表マスコミが世論形成に影響力を持たなくなっている。新聞の世論調査を見ると、安部内閣の支持率は激減しているはずだが、ネットでは必ずしもそうではない。ブログや2チャンネルを見ても、安保法案の中身を理解して支持する層が多い。55年前の安保闘争ではそういうことはなかった。ネットに慣れた国民が表マスコミに依存しなくなっている。仕組まれたプロパガンダに騙されなくなっている。その不都合を表マスコミは「ネトウヨ」呼ばわりで誤魔化そうとする。

 そのことを痛感したのは、昨年の安部首相の靖国参拝である。報道によれば、内外から批判が噴出し、各紙の世論調査では反対意見が圧倒した。にもかかわらずヤフーのネット世論調査では賛成が76%を越えていた。真逆の結果である。どちらが正しいかは別として、少なくともネットの世界では新聞テレビの影響力が及んでいないことは確かである。

 もう一つネット世論の威力を痛感したのは、今回のオリンピックエンブレム騒動である。この問題が発覚した7月24日の発表直後から昨日9月1日の使用中止決定まで、表マスコミはワイドショー的な上っ面報道に終始した。問題の本質や経緯をつぶさに追ったのは2チャンネルである。数十万人のネトウヨ達が、疑惑の佐野氏のデザイン盗用事例を虱潰しに洗い出し、審査委員会の閉鎖性、なれ合いを関係者の顔写真入りで世に示した。その間2チャンネルはいわゆる“祭り”状態が続いていた。表マスコミには逆立ちしても出来ない芸当である。取材力の劣る新聞テレビは、2チャンネル情報の後追いに終始した。組織委員会が使用中止に追い込まれたのは、2チャンネルの威力と言って過言でない。少なくとも新聞テレビではない。そのことを一般の人たちは知らない。

 この先も既存マスコミとネットの軋轢が続くだろう。おそらくネットの勝ちに終わるだろう。情報量が圧倒的に違うからだ。ネットから情報を得る国民は、新聞テレビ時代よりはるかに物知りで、自分の意見を持つようになる。新聞テレビの世論誘導には従わなくなる。ネットが世論を主導する。新聞の世論調査は意味を失う。こういうネット時代に、日本社会がどう対応していくべきか、そろそろ考える時期に来ている。そうしないと手痛いしっぺ返しが待ち受けているかもしれない。ネットは知性とリーダーシップを欠いた、無個性、無思想、無目的の媒体に過ぎないからだ。アラブの春はそれで痛い目に遭った。2チャンネルのエンブレム潰しも、寄ってたかって集団リンチの感は否めない。

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