伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2015年7月28日: 伝蔵荘での安保法制談義 T.G.

 昔の会社の同期生達と伝蔵荘に泊まり込み、麓のコースで2連チャンでゴルフをやった。70過ぎの後期高齢者ばかりなのに元気な爺さん達である。伝蔵荘へ戻って一杯やっているとき、ご時世で先頃の安保法制が話題になった。問題が問題なので、話しているうちに議論が熱くなった。この法律の実効性が現実になる頃はもう生きていないというのに。元気な爺さん達である。

 「時に、例の安保法制はどう思う?」と一人が話を切り出した。「いいんじゃないの。賛成だよ。遅すぎたくらいだ」と返したあたりから侃々諤々が始まった。「巨額の防衛予算増を前提にしているので反対だ」と言う。「そんなことはない。防衛予算なんか増えない」と言うと、「だって米軍と共同作戦中、武器弾薬を渡すのを認めている。それに見合う予算は必要だろう」と言う。「そういう事例はあるだろうがお互い様で、あくまでも自衛隊の装備と予算の枠内だ。」と言うと、「米軍に供与した分の補充で次年度は予算増になる」と反論する。法制の内容をまったく誤解している。「戦争法案」や「徴兵制法案」と同じく民主党のプロパガンダが行き届いて、大方の日本人がこういう偏見で法案をとらえているに違いない。

 とりあえずここをなんとか切り抜けたら、その次のキーワードは必殺の「憲法違反」である。「これが目に入らぬか。集団的自衛権は憲法違反である、控えおれ」と言う黄門様のご印籠である。憲法を持ち出されると始末が悪い。なにせ天下の早稲田、慶応の先生方がこぞってそう言っているから反論に手こずる。思い出すと6年前、今回と同じメンバーで民主党政権誕生直前のマニフェスト論議をしたことがある。小生を除いて全員が民主党支持で、唯一自民党支持の小生はコテンパンだった。自民党に対する忌避感は依然として残っている。多勢に無勢、今回もそうなりそうな雰囲気である。

 気を取り直して「憲法違反ではない。あくまでも憲法の枠内での法案だ」と言うと、「集団的自衛権は憲法違反だろう」と言う。アルコールが入っているので、このあたりから議論が熱くなる。「集団的自衛権は違憲ではない。憲法9条にはそんなことは書いてない」、「しかし多くの憲法学者がそう言っている。君の素人意見よりよほど確かだ」、「憲法学者だって間違いはある。そもそも君らは9条の条文を読んだことがあるのか」、「昔読んだが、中身は憶えていない」、「それならもう一度読み直して、そう書いてあるかどうか自分で判断したらどうか。日本人なら難しい文章ではない」  

 ここから酔っぱらいの憲法講釈が始まる。そもそも9条のマッカーサー原案第1項には「国際紛争を解決する手段としての戦争と武力の行使は永久に放棄する」としか書いてなかった。これでは集団的自衛権以前の問題で、自衛隊すら持てない。それでは困るので、頭のいい芦田均が原案第2項の「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」の前に「前項の目的を達するため…」というフレーズを付け加えた。マッカーサーも渋々それを飲んだ。いわゆる芦田修正である。この「前項の目的を達するため…」と言うフレーズが巧妙な仕掛けで、それ以外の目的ならいいと解釈できる。自衛戦争は国際紛争ではないから自衛隊なら持てると言う屁理屈である。この絵に描いたような憲法解釈で今に至っている。

 この条文には明示的に書いてない「自衛戦争」には、個別自衛と集団的自衛の両方とも含まれるのが国際常識である。「集団的自衛権」なる用語と概念は日本国憲法より1年早く作られた国連憲章51条が根拠である。日本の発明ではない。国連も認める立派な権利である。しかるに日本の内閣法制局は長らく国連を無視して、集団的自衛権は違憲であり行使できないとしてきた。9条の短い条文をどうひっくり返して読んでも、個別自衛は合憲だが集団的自衛は違憲とは読めない。そんなことは一言も書いてない。今までの法制局の恣意的解釈に過ぎない。事ほど左様に憲法解釈なんてどうにでもなる。だから国際情勢に合わせて集団的自衛権を合憲としても別におかしくはない。

 こういう理詰めの議論は酔っ払いには向かない。夜が更け、そろそろ疲れてきた頃、「君の理屈は分からないではないが、憲法学の大先生達が口を揃えて違憲と言っている。君の屁理屈よりはるかに権威がある。彼らの理屈を一度聞いてみたい。それを聞いて判断したい」と言い出した。まったくその通りで、小生もぜひ聞いてみたい。どうして集団的自衛権が違憲なのか、大先生達のご高説の根拠は聞いたことがない。とくと聞いてみたいものだ。法制局に至っては、平和憲法の精神から認められないなんて、神がかったことを言う。精神で国際政治が出来るなら世話はない。こういう権威の独善と神がかりが日本を動かしている。まともではない。酔いも醒め、お開きになって布団に入った。

 帰宅してネットを見ていたら、アゴラで池田信夫氏が「非論理的な憲法学者達」という面白い記事を書いている。それによると、朝日新聞が憲法学者120人にアンケートをとった。うち63%の77人が自衛隊は憲法違反と答えている。さらに憲法改正について聞かれ、83%の99人が改正の必要はないと答えている。差し引き勘定で、54人の学者達が自衛隊は違憲だが憲法改正の必要はないと答えていることになる。池田氏は「こういう非論理的なごまかしは政治家には多いが、学者を名乗る資格はない。」と喝破している。仲間達にメールで教えたら、「それでも違憲という学者先生達のお説を聞いて見たい」と返事があった。こうなるともはや憲法を通り越して宗教に近い。罪深い先生達である。リベラル左翼に呪縛された日本は前途多難だ。

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