伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2015年6月23日: 財政規律と国家債務 T.G.

 先日の日誌に続き、再びエマニュエル・トッドの「ドイツ帝国、世界を破滅させる」について書く。この著書のテーマは「ドイツ帝国」であるが、同時に副題として「ドイツ帝国」の素因であるEUとフランスの金融財政政策について論じている。書き下しではなくインタビュー形式なので、表現はかなり直裁的で激しい。インタビューアーが思わず言い過ぎではないかとたしなめる場面もあり、緊迫したやりとりである。章のタイトルも「富裕層に仕える国家」と挑発的だ。内容はEUを構成するフランスやドイツなどの金融財政政策批判なのだが、その切り口が極めて独創的でセンセーショナルである。

 トッドが言うには、「政府債務は支配階級である一握りの富裕層の集金マシーン」であり、国債などの国家債務は、金持ちの余剰資産の最も安全確実な預け先である。「債務の出発点にいるのは借り手(国家)ではなく貸し手(一握りの富裕層)」なのだと言う。国家は一握りの富裕層に支配されている。このことを「マルクスが言っているように、金持ち達は政府債務が大好きで、借金する国家は、法的拘束力の占有により、金持ちのお金を最大限安全に保有し、蓄積出来るようにしてやる存在なのだ」と表現している。

 たとえばフランス国民は所得税と付加価値税で年間2500億ユーロを持って行かれ、そのうち500億ユーロが政府債務の利子として富裕層の手に渡る。つまり富裕層により国富が合法的にかすめ取られているのだ。フランス政府はこの醜い現実を隠すために、国家破産の可能性だとか、財政規律の重要性など、金融モラルを説くが、口先だけでその気はない。富裕層の集金マシーンに成り下がっている。それがドイツ帝国の遠因にもなっている。フランスの場合、政府債務の貸し手の3分の2は、ドイツを主とする外国人なのだ。

 これは日本にも当てはまる。国債残高が1000兆円を超えた。フランスと違い、日本の場合主として国内の金融機関が貸し手である。購入資金のほとんどは、企業の内部留保を含めた、一握りの富裕層の使い道のない預金である。庶民のなけなしの預金も含まれているが、ほんのわずかである。どこにも行き場所、預け場所がない富裕層の余剰資金が、国債に形を変えて保管され、利子をつけて保護されているのだ。その結果、本来は市場で使われるべき資金が塩漬けになり、日本経済を停滞させ、国力を奪っている。トッドの言い方を借りれば、国が富裕層の人質にされている。

 国債はいかなる金融資産や不動産より安全確実である。そもそも1000兆円もの巨額資金を預けられる銀行や、株式や不動産はない。国債が買い支えているから出来る。つまり金持ちの集金マシーンなのだ。仮に金融恐慌やその究極の形の国債デフォルトが起きたとしても、最後の最後まで元本が保証されるのは国債である。銀行預金はとっくに引き出せなくなっており、株式や不動産は紙くずになっている。金持ちの使い道がない資金の預け場所としては国債に優るものはない。

 財務省はことあるたびに財政規律改善を持ち出す。これ以上国債残高が増えると日本は破局に陥る。回避するには消費増税しかないと国民を脅迫する。そう言いながら緊縮財政で国債残高を減らす気はさらさらない。毎年の一般会計予算は大盤振る舞いである。単なる増税のための脅しにすぎない。トッド的に言えば、フランスと同じく、財務省の役人は国のことなど考えていない。税金を取って使い果たすのが大好きな人種なのだ。

 ここからがトッド一流のリアルで冷徹な論理なのだが、国家債務が増大した場合、解決策は二通りある。一つは財政規律改善による債務削減である。もう一つはデフォルト、つまり借金の踏み倒しである。トッドは、少なくともフランスは後者を選ぶべきだと主張する。イギリスはインフレという形でかなりの部分を踏み倒した。フランスも見習うべきだという。そもそも財政規律改善による緊縮財政は「間抜け者の保護主義」だという。

 トッドは、EU域内のドイツを頂点とする富裕層の富の独占を排除するには、債務デフォルトしかないと主張する。それをせず、単に景気刺激策として、輪転機を回さず借り入れ債務を増やすのは(トッドはこれを偽ケインズ主義と言っている。アベノミクスはまさにそれである。)逆効果である。その結果は輸出競争力の強い中国とドイツを潤すだけで、EUの富はますます偏り、破局に近づく。巻末でインタビュアーに、「もしあなたがフランス大統領に選ばれたと仮定して、主要政策を四つ挙げろ」と聞かれ、次の4点を示している。

  @欧州の保護主義的再編について、ドイツ相手にタフな対話を始める。
  A主要銀行を国有化する。
  B政府債務のデフォルトを準備する。
  C国民教育省統括下の学校制度に新たに10万のポストを作る。

 @はEU域内に関税障壁を復活させることで、ドイツのさらなる強大化を阻止し、交渉のテーブルに引っ張り出す目的である。Aの銀行国有化は、デフォルトの際庶民の少額貯蓄を守るためである。トッドはドイツの強大化を止めるのはフランスの使命であり、フランスにしか出来ないことと考えている。それなくして1930年代に出来した、世界規模の破局の再来は止められないと考えている。

 この考え方は、日本の国債千兆円問題にも大いに参考になる。国債千兆円は巷間よく言われる財政規律改善では解決できない。金額が大きすぎてどうにもならない。結局はデフォルト(借金踏み倒し)しかない。70年前は極めて乱暴なやりかたで踏み倒した。平時のデフォルトとは意味が違うが、結果は同じである。経済が破綻し、20年近く国民が呻吟した。小生も、戦死した父親が出征前に小さな呉服店を売り払い、株に換えて残してくれた僅かな資産が紙切れになり、生活に困窮した。やっと元に戻ったのは小生が大学を卒業した頃だ。賢いデフォルトとはそれをより緩やかなものにする方策である。日本の為政者と役人がいかに賢いデフォルトを準備出来るかにかかっている。

 小生自身、これまでは財政規律派だったが、この著書を読んで考え方が変わった。借金踏み倒しも悪くはないと。どうせ使い道のない金持ちの腐れ金である。嫌なら貯金(国債)を引き出して使えばいい。さしあたり100兆円程度で十分だろう。企業の内部留保あたりが適当か。いっぺんに100兆円も引き出したら国債がクラッシュするという心配も要らない。何せデフォルトするのだから。デフォルトするぞと脅せば、金持ちどもは紙切れになると分かっている株や再投資に回すわけがない。何かに使うだろう。内需が拡大し、日本経済は復活する。税収が増えて財政規律も改善される。デフォルトもしないで済む。いいことずくめ。まさにコペルニクス的発想の転換だ。

 トッドの著書はいつ読んでも面白いし、ためになる。

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