伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2015年6月6日: シルバーデモクラシーの悲劇 T.G.

 運動がてら、久し振りにシルバーセンターへ入浴に行く。湯船から上がって洗い場を見ると2カ所空いている。両方ともタオルが置いてある。片方を使っていたら、湯船から上がった爺さんが「俺の場所だからどけ」という。隣が空いていると言うと、俺の場所に決めていると譲らない。仕方がないので空いている隣に移動したら、湯船から上がった別の爺さんがどけと言う。タオルが置いてあるのが見えるだろうという。目の前には「タオルなどで場所取りはやめましょう」と張り紙がある。少し腹が立ったが、譲ってやった。

 別の日のこと、蛇口から湯を出しっぱなしで身体を洗っていた爺さんがいた。蛇口の上には「湯の出しっ放しはやめましょう」と張り紙がある。隣の爺さんが注意すると、注意された爺さんが、ジャージャー流れる蛇口を指さして、「これのどこが出しっぱなしだ」と大声で怒鳴りつける。挙げ句に「出しっ放しとはこういうことだ」と蛇口を全開にしてみせた。あまりの理不尽さと怒鳴り声の大きさに、注意した方は唖然として声も出ない。このシルバーセンターではこういう年寄りの身勝手が日常茶飯事なのだろう。

 先日、橋下氏の肝いり政策だった大阪都構想が住民投票で否決された。この構想の本質は二重行政解消による経費削減と行政改革にある。大阪市の悲惨な財政状況を見れば反対の余地はない。それなのに反対がある。反対票はわずか1万票上回っただけで、僅差である。投票結果を見ると、60歳代以下はすべての年代で賛成票が上回った。反対が上回ったのは70歳代以上だけだという。70歳代にとって、二重行政や行政改革などどうでもいいこと。自分たちの生活保護費や福祉の給付が削減されなければいい。無料パスがなくならない方がいい。大阪市の破綻なんて、どうせ自分らが死んだ後のこと。知ったことか。そういうシルバー世代の理不尽、身勝手が橋下構想を粉砕した。最近あちこちで見かけるこの種の現象を、シルバーデモクラシーと呼ぶらしい。今や日本はシルバーデモクラシーで動いている。

 最近の国会の安保法制審議がまさにそれである。衆議院憲法審査会で安全保障関連法案について参考人質疑が行われた。早稲田と慶応の先生が3人出て、いずれも憲法違反と発言した。攻めあぐねていた野党は鬼の首を取ったように大喜び。与党は予想外の事態に消沈した。

 そもそも安全保障に関わる法制審議に、大学の法律の先生を呼ぶのが間違いである。彼らシルバー世代の学者先生は、法律はよく知っているが、安全保障にはとんと関心がない。彼らは日教組教育の優等生である。「集団的自衛権=憲法違反」がパブロフ犬のように身体に染みついている。条件反射でそれ以外の意見は出てこない。尖閣や南沙諸島の脅威が目の前にあっても、集団的自衛と問われたら憲法違反しか出てこない。そんな連中をわざわざ国会に呼びつけて、意見を聞くのが野暮というものだ。はじめから答えは分かっている。分からずに呼びつけた自民党がバカである。これでは安保法制は強行採決しかない。安部の支持率は落ちるだろう。日本の先行きも暗くなるだろう。

 これも一種のシルバーデモクラシーである。年寄りの先生方は日本の将来なんてどうでもいい。自分らが生きている間さえ良ければいい。尖閣や南沙諸島でドンパチが始まるのは、自分らが死んだ後のこと。それより戦後70年、自分たちが金科玉条守ってきた世界一美しい平和憲法が大事だ。アメリカさんとの戦なんて願い下げ。あくせく悪あがきしないでも、あと10年ぐらいは中国も暴発はしない。その間、のんびり平和に暮らしたい。そういうロートル学者が、たった3人で政権与党の肝いり法案を叩き潰した。大阪都構想と同じ、シルバーデモクラシーの典型である。

 法律が難しいのは、関連法との整合性にある。膨大な法体系の中に相互矛盾があってはならない。六法全書を熟知している法律の専門家しか分からない。しかし最上位法である憲法は違う。他の法律と矛盾するところがあったら、そちらが間違っている。憲法は憲法だけで解釈すればいい。憲法9条はごく短い文章である。日本人なら誰でも読めるし、理解できる。9条の第1項には、戦争は永久にやらないとしか書いてない。GHQの最初の原案は第1項だけだった。それでは自衛戦争も出来ないと、知恵者の芦田均が第2項を加えた。いわゆる芦田修正である。それを拡大解釈して自衛戦争ならいいことにした。自衛戦争には個別自衛と集団的自衛があるのは世界の常識である。条文に集団的自衛は駄目とは書いてない。それなのに早稲田慶応の先生方は集団的自衛権は憲法違反と決めつけた。それなら個別自衛も駄目だろう。現実に目を向けないパブロフ犬のオウム返しは、単なる法律バカである。

 現在日本が抱える深刻な二大問題は、財政規律(別の言い方をすれば国債残高千兆円)と肥大化する中国の脅威である。それに対処するには従来のやり方は役に立たない。財政規律問題は財務省の役人には解決出来ない。政治にしか出来ない。中国の脅威に対して、今の憲法はクソの役にも立たない。大学の先生如きが憲法9条を盾にとって政府の安保法制を否定するのは、了見違いも甚だしい。大間違いのシルバーデモクラシーである。将来、子や孫が苦労するだろう。

 シルバーセンターで不愉快な目に遭ったので、つい話が大袈裟になった。

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