伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2015年4月29日: トラブル処理と危機管理システムの恩恵 GP生

 この所、連日トラブル処理に追われ、気持ちの休まる間がなかった。それは隣のマンションの管理組合からの苦情で始まった。稲荷社の裏手に大きな枇杷の木が有る。この木の枝が隣の庭に大きく張り出し、落葉や落下した実の処理が大変なので対処してほしいとの苦情だった。翌日、2mの枝剪定鋸で越境した枝を切り始めた。高所の枝は梯子に登り切断した。若い頃は重いザックを背負い、岩尾根をバランス良く歩けたし、鉱山では60度の堀上がりの梯子をスイスイと上り下りしたものだ。それは昔の事、70歳半ばの身体は意識してバランスをとらないと危険だ。高所でのバランスは下半身の筋肉がものを言う、まだ大丈夫のようだ。枝葉は45gのゴミ袋で12を数えた。朝9時から始めた作業は、昼休みを挟み午後3時に完了した。流石に疲れた。

 翌日の事だ。マンションの住人から「自転車を傷つけられた」との苦情を受けた。この住人は中年のご夫婦で、同色のカラフルな自転車を2台所有している。何日か前に、倒されて傷が付いたとの苦情を受けたので、各所に「お互いに気をつけましょうと」の掲示を出した。それでも傷をつけられたので、「悪意のある故意だ、警察にも連絡して貰いたい」との要請だ。警察に連絡すると「駐在所の管轄だ」とのことで、駐在の警察官に現場に来て貰った。被害者を交え相談した結果、三つの対策を決めた。一つは駐輪場の入り口に柵を作り「部外者立ち入り禁止」の掲示を出す。二つ目は「防犯カメラの設置」。三つ目は「防犯カメラが設置までの間、駐在による夜間警邏」だ。その日のうちに防犯カメラの手配をし、カラーコーンと黒黄のトラバーの柵を設け、「部外者立ち入り禁止」の掲示板を設置した。警察は巡回をしたとの報告書を毎回自分の家の郵便受けに投函するとの事だった。

 自転車トラブルの被害者夫婦は、今までに無く強硬な姿勢で臨んできた。以前にも何回か自転車を倒され我慢し、傷んだ部品を交換した後傷を付けられた為に、怒り心頭に発したようだ。説得力のある対策を示さなければならなかった。自転車置き場の管理責任は大家にある。如何なる理由があろうと入居者の不満解消は管理の基本だ。不満が重なれば間違いなく退室に繋がる。住人や近隣からの苦情処理には危機管理の発想が必要だ。

 その日の夜9時頃、自宅マンションの前が騒がしい。外へ出てみると東京ガスの若い職員二人が、アスファルトに空けたドリル孔の周辺で何やら測定をしている。聞いてみるとマンションの住人から「歩道でガスの臭いがする」との通報が有ったとの事だ。8本の孔のうち、中程の孔で強い反応が出た。配管の漏れの殆どはジョイント部で生じる。地中配管の腐食もジョイント部の進行が早いはずだ。職員は直ちに作業部隊を呼んだ。今夜中に修理を完了させるという。

 10時半近くに作業車が到着した。材料運搬車、掘削用バックホー車、空荷の小型トラック、砂積の小型トラックの4台だ。作業員は親方を含め5人、交通整理員3人、内一人は女性だ。ガス漏れ濃厚部を中心に幅80p、長さ2mのアスファルトを電動カッターで切り始めた。電源は自家発電だ。端30センチほどをブレーカーで崩し、残りをバックホーで引きはがした。ガス管は地下1m20pに埋設されていると言う。機械堀は70,80p迄で、後は手掘りだ。掘った土砂はバックホー経由でトラックの荷台に手際よく運ばれた。

 予定の深さでガス管が出てきた。想定通り孔の真ん中に接続部がある。接続部の漏れの原因は、通常シール用パッキンの劣化だ。ガスを止めずにシールの交換をどのように行うのだろう。ガス管のパッキンと接続部の構造がどのように成っているか興味津々だ。ガス管の接続部は通常の配管のそれとは異なっていた。片側の配管にはフランジが有り、反対側の配管はテーパー状になっていて、それをフランジ側に差し込んである。周囲の隙間は鉛製のシール材を詰め込んで密着させていた。今回のガス漏れはこの鉛材に隙間が出来て生じたようだ。

 ガス漏れ部はジョイント部に石けん水を掛ける事で確定された。漏れの部位には大きなシャボン玉が出来ていた。作業員は7種類の鏨を順次使い、時間を掛け、シール材をかしめていった。その後、ゴム製パッキンを取り付け、二分割されたフランジを取り付けボルトナットで固定して、ガス漏れ工事は完了した。後は、持参した砂で埋め戻し、簡易アスファルト工事で完了だ。自分は午前1時30分に配管工事が完了したのを以て現場から退去した。工事の親方と親しくなり、色々話が聞けたのは収穫であった。工事は3時頃までには終了したようだ。

 本当のトラブルは就寝直後にやってきた。午前3時半過ぎに家人に起こされた。胸が苦しく呼吸困難で、口内が乾き、手足が冷たいと訴えている。全身の血行に問題が起きているのだろう。次に起こるのは不整脈だ。何を置いても回復材料の供給が必要だ。ミネドリン+ビタミンB・Cドリンクを作った。その後、意を決して119番通報をした。昨夜試した「エアーマッサージ+骨盤調整器」が原因のようだ。孫の運動疲労回復の為に買い与えた物だ。両肩を強く圧迫された家人は、緊急停止ボタンが分からず、止めるのに時間を要した。このために鎖骨周辺が強く圧迫され痛みが残った。華奢な身体には弱設定でも負荷が掛かりすぎたようだ。

 救急車内で心電図、血圧の測定を行った。血圧は190オーバーだ。それでも手足は極端に冷たい。救急隊員に病状、経緯、体質、既往症等を説明した。この町最大の総合病院が受け入れてくれた。時間は4時を過ぎていた。当直医の診察を受けた後、骨折の有無を確認する為、レントゲン写真を撮った。この頃、家人は血行が戻り、心身が落ち着いてきた。当直医とて容体が急変しない限り特別な処置はしようが無い。結果的に救急搬送する必要は無かったかもしれない。栄養ドリンクと安静で回復できると信じていたが、結局その通りとなった。自分が119番通報したのは、疲労と苦痛の先に、生じるかもしれない心臓トラブルに対応するためだった。この症状は過去に何回か経験している。心身安定を確認し、タクシーで帰宅したときは午前6時を過ぎ、夜が明けていた。無線タクシーは電話をしてから5分で病院に到着した。

 救急車に乗る時、ガス工事現場を見たが、綺麗に舗装され掘削で消えた白線まで引いてあった。少し前までの喧噪が嘘のように思える程の何事も無かったような佇まいであった。工事の親方の話では、東京ガスの下請け業者で、チームを作って24時間体制で工事要請に備えているそうだ。遠路、立川から駆けつけた。東京ガスの若い職員は業者に指示をすると二棟のマンションに手分けして分かれ、工事目的と騒音迷惑を詫びに回っていた。10人の担当者がそれぞれの役割をチームワークでこなしていた。ガス漏れは大事故に繋がる恐れがある。夜間、通報に素早く対応し、迅速な手配と着工するシステムは一朝には出来ない。どこかの国に見られる手抜き工事は微塵も見られない。作業員からは仕事に対する自信と熱意が感じられた。都会生活者の安全は、今回のガス漏れ対策に見られるような、危機管理システムにより守られている事を実感した。

 今回、119番通報してから10分足らずで救急車が到着した。患者が救急車のベットに横になってから、病院に搬送するまでの救急隊員の仕事ぶりから、患者の容体を的確に把握し、受け入れ病院の選択と一刻も早い搬送を心がけている様子がよく分かった。病院でも当直医が来るまで病室で待機し、患者情報を的確に医者に伝えていた。この救急車のチームが特別なのでは無く、日本全国の救急隊員は皆同じ心構えで職務に従事しているのだろう。日頃、サイレンを鳴らし走り去る救急車と車内から見る救急車の風景が別物に見えた。都会で生活する者にとって、この優れた救急システムの存在が、どれほどの安心材料になっているか計り知れない。

 都会での日常では、色々なトラブルに遭遇する。自らがトラブルを処理する立場になる事もあるし、他者の力に頼る事もある。自らが危機管理の当事者になったり、逆に、危機管理システムの恩恵を受ける立場になったりする。便利な都会で漫然と生活をしていると、安全である事は当然であると錯覚しがちになる。身体の健康管理を始め、日常生活で想定される事態に対して、個々が危機管理意識を持つ事は大事だ。日常生活での危機管理を考えたとき、日本が作り上げてきた数々の危機管理システムにより、我々国民が守られ、恩恵を受けている事を自覚する事になる。非日常的事態が発生しない事を願うのみだ。

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