伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2015年4月9日: 日本のお家芸、AIIB騒動 T.G.

 このところ、中国主導のアジア投資銀行(AIIB)で日本のマスコミが大騒ぎしている。大方の言い分が出そろった。大別すると、朝日、毎日、東京など左翼リベラル紙と取り巻きの評論家達ははおおむね肯定的というか、バスに乗り遅れるな論である。NHKもそれに近い。読売、産経など幾分右よりの新聞テレビは、否定的というか、AIIB泥舟論に傾いている。「あえて泥舟に乗る必要はない論」である。肝心の経済紙である日経はいずれとも付かぬ日和見を決め込んでいる。金儲けだけが関心事で、外交や国家安全保障など眼中にない株屋新聞の限界だろう。

 典型的な「バスに乗り遅れるな論」は3月31日付の朝日の記事「アジア投資銀に48カ国・地域 日米抜き、戦略欠き孤立」と翌日の社説である。

 要約すると、「欧州や韓国がなだれを打って参加した。日米の孤立感が深まっている。ある米政府関係者は「最初の段階から、もっと前向きに対応すべきだった」と言い、他の関係者は「問題は、中国が米国主導の従来の基準に追いつく前に大国になったことだ。長期的にみれば、基準を変えなければならなくなるのは米国だろう」と言う。経済同友会は31日の会見で「インフラビジネスが不利になることだけは避けて頂きたい」と政府に注文をつけた。日本にとって、待つのが得か、動くのが得か。」と、ぐずぐずしていないでさっさとバスに乗れと煽る。挙げ句に社説では「戦後の国際金融は米欧を中心に動いてきた。日本は長年、米国とともに歩むことで一定の地位を保ってきてはいる。しかし、中国の台頭で、その秩序は大きく変わろうとしている。いつまでも日本は対米追従でいいのか」と恫喝している。日本の新聞とは思えない。まるで中国の人民日報である。

 対する泥舟論の典型は産経新聞の「AIIB、その正体は共産党支配機関、インフラ銀行参加論を斬る 」である。要約すると、「AIIBは中国のあらゆる政府組織と同じく、中国共産党中央の指令下にある。党中央が必要と判断したら、北朝鮮向けの低利融資が行われ、日本の経済制裁は事実上無力化するだろう。AIIB問題の本質は金融ではなく外交戦略の一環であり、平和なインフラ融資話は表看板にすぎない。既存の国際金融機関は主要出資国の理事会で運営されている。これに対し中国は「西側諸国のルールが最適とはかぎらない」と強調し、理事会方式ではなく共産党のトップダウンによる即断即決方式を示唆する。圧倒的な出資シェアを持つ中国の意図は、世銀やアジア開銀などと全く違う中国式の意思決定方式になる。政府は参加するかどうか、6月までに最終的に決めるが、北京の思うつぼにはまりこんでよいはずはない。」と、泥舟には乗るなと檄を飛ばす。

 いずれも国際金融機関にとって肝心な金融スキームはそっちのけで、情緒的な肯定論、否定論に終始している。記者が国際金融について不勉強だからだろう。国際金融機関は善意のだけの経済行為ではない。国家間の国益のつばぜり合いである。ある意味、外交、安全保障の延長である。その意味では朝日の言い分は脳天気というかお花畑的で、加盟後の日本の姿、立ち位置を冷徹に見ていない。いつもながらの中国肩入れ論に過ぎない。外交、安全保障の見地から見たら、情緒的とはいえ産経の論調の方がより現実味と説得力がある。

 AIIBは、日米が主導しているアジア開発銀行(ADB)の中国版である。目的は同じで、途上国のインフラ整備への融資である。必要となる巨額の融資資金は、加盟国の出資と銀行債発行による借入金である。ADBを例にとれば、株主資本は174億ドルだが、借り入れ金総額はその4倍近い674億ドル、融資残高は800億ドルに達している。日本主体の経営の信用もあって、債券市場の格付けはトリプルA、調達金利も低い。問題は、中国が経営主体となるAIIBが同じような堅実な銀行運営が出来るかどうかである。

 AIIBは資本金500億ドルでスタートするが、実際の払込資本金は25〜50億ドル程度にとどまる。アジアが出資の中心になるAIIBは、イギリスなど非アジア国の出資は限定されている。アジアには出資能力のある国は少ない。日本を除けば中国、韓国程度だろう。中国が4割出資する(と言われる)AIIBは、ADBと同じトリプルAの格付けが得られないので、金利も高く、融資に必要な借入金は60〜240億ドル程度にとどまる。西欧式の加盟国の理事会運営を否定し、事実上中国共産党のトップダウンで決まる途上国融資案件は審査が甘く、貸し倒れが多発する可能性がある。ますます格付けは低くなり、現実問題、融資資金調達に事欠く可能性がなきにしもあらずである。銀行経営の要諦は、一にも二にも信用なのだ。事を急ぐ中国はそれを忘れている。

 イギリスやフランス、ドイツは、アジア途上国のインフラ受注狙いで抜け駆け参加を決めた。出資金が少ないので、リスクも少ない。アジアの経済大国日本はそうはいかない。GDP比で決められる出資金は多額になる。日本が多額の出資をしているADB案件でさえ、中国の受注比率20%に対し、日本の受注比率はたったの0.2%である。経済界がいくら願っても、コストで太刀打ちできないのだ。AIIBの場合、仮に参加してもさらに低い数字になるだろう。中国の政治的思惑でゼロになる可能性も大である。おそらく中国は出資金狙いと格付け信用度を上げるために、日本の参加を期待しているだろうが、今のところ日本にとって参加のメリットはない。ADBがあれば十分である。

 日本は決して孤立していない。慌てて泥舟に乗る必要はさらさらない。最近、自民党内部にもバスに乗り遅れるな論が出始めているという。51カ国も参加したので浮き足立っているのだろう。確かに今回のAIIBは国際政治の大きな地殻変動ではある。アメリカが衰えて中国がのし上がってきた。この傾向が続けば中国の天下である。慌てる気持ちも分からないではない。こういう状況で、外交オンチの日本は得てして判断を間違える。80年前、アメリカと袂を分かって、当時勢い盛んだったヒットラードイツと同盟を結んだ。一安心したのもつかの間、突如ヒットラーは日本の仮想敵ソ連と独ソ不可侵条約を結ぶ。時の首相平沼騏一郎は「欧州情勢、複雑怪奇」と内閣を投げ出し、その6年後日本は滅んだ。状況が似ている。日本にとって、ヒットラードイツも習近平AIIBも、乗ってはいけない泥舟なのだ。

目次に戻る