伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2015年3月27日: 持病の腎臓結石 T.G.

 世はすべてこともなし。日誌に書くことがないので、持病の腎臓結石のことを書く。

 腎臓結石はまたの名を尿路結石とも言う。石のありかが違うだけで、まったく同じ病気である。何度もやったので定かに憶えていないが、かれこれ10回以上発症している。こうなると病気と言うより一種の体質とでも言うべきか。今では的確に自己診断できるほどになっている。

 最初の発症は50年前の大学2年の時である。川内の教養部に行く途中、広瀬橋を渡っているときに、何の前触れもなく突然起きた。腰のあたりに激痛が走り、身動きが出来す、橋の欄干にすがって崩れ落ちた。そのまましばらく我慢していたら、突然痛みが消えた。わけも分からず狐につままれたようで、そのまま教室に行って授業を受けた。

 数日経って忘れていた頃、寮の部屋で再び痛みに襲われた。とにかく猛烈な痛さである。うーんと唸ったまま身動きも出来ない。あまりに痛くて七転八倒も出来ない。後でつくづく思ったが、七転八倒できるのは大した痛さではない。これも後で知ったが、腎臓結石の痛みは、末期癌の痛さと顔面神経痛に並ぶ世界三大痛みの一つだという。とにかく殺してくれと言いたくなるほどの痛さである。

 最初と違って痛みは一晩中治まらない。世界三大痛みが一晩中続くのだから、まさに地獄である。ズキンズキンと脈動する痛さではなく、痛みのテッペンがずーっと続いている、救いがない痛さである。寮の同室の工学部のMa君が、なすすべもなくおろおろしていたのを憶えている。翌朝タクシーを呼んでもらって大学の付属病院へ行く。いつもなら自転車か市電を使うが、とにかく痛くて歩けない。学生時代、大学病院のお世話になったのは、後にも先にもこれ一回である。確か学生は治療費が無料だった。今でもそうだろうか。いい時代だった。

 それはともかく、待合室で待たされている間も痛みは続く。腰の痛みなので最初に回されたのは整形外科。しかし原因が分からない。念のためとレントゲンを撮ったら尿管に大きな石があることが分かり、泌尿器科に回される。混雑する大学病院である。ここに至るまでの半日は、これもまさに地獄。さっそく痛み止めのブスコパンを注射されるが、一向に効かない。このままでは治療が出来ないと、医者が別の注射を看護婦に命じる。あっという間に嘘のように痛みが消えた。何の注射か医者は言わなかったが、おそらくモルヒネだろう。実に魔法のような痛み止めである。身体がふわっとして気持ちも良くなる。将来不幸にも末期癌になったら、妙な抗ガン剤はやめてモルヒネにしてもらおうと、本気で思っている。

 痛みが治まったところで受けた治療が傑作だ。利尿剤を注射して、看護婦さんが水を入れた大きな器を持ってくる。見ている前で全部飲めと言う。一杯目は何とか飲んだが、次の一杯はもう飲めない。看護婦さんが怖い顔をするから仕方なしに飲むが、吐き気がしてくる。水を飲ませる拷問があると言うが、このことだろう。要するに大量の小便で、尿管の途中に引っ掛かっている石を洗い流すという、実に原始的な治療である。その日はとうとう出ず、経過観察となった。毎日ビールでもジャンジャン飲んで、勉強などせず、縄跳びでもしてろと医者に言われる。変な病気である。

 何日か経っても石は落ちず、痛みも時々出る。二度目の診察でもうこれは開腹手術しかないと言うことになった。覚悟して寮へ帰り、入院支度をして病院へ戻る。入院前の事前検査を受ける。診察台に乗ったら、突然痛みが消えた。それを言ったら、ちょうど注射をしようとしていた看護婦さんに「あんなこと言って、手術が怖いのね」とからかわれた。医者が太い膀胱鏡をペニスの先端から差し込む。痛い。覗いていた医者が、「石が尿道から膀胱に落ちかかっている。君も見てみろ」と看護婦さんに膀胱鏡を渡す。足を開いた目の前で「あっ、見える見える」と看護婦さんがはしゃいでいる。女性にペニスの先から中を見られたのは、後にも先にもこの時だけだ。膀胱に落ちた石は、すぐに小便と一緒に転がり出た。全快である。石がなければもはや病気でない。妙な病気だ。

 石は最初腎臓に出来る。腎臓には痛覚がないので、実際のところ腎臓結石は痛くない。石が何かの拍子に剥がれて尿管に落ちると痛みが出る。痛いのは尿路結石である。小便で尿管を転がり落ちる際に尿管壁を傷付け、血尿が出る。激しい痛みと血尿が二大症状である。何度も経験したので、今では自分で尿路結石と判断できる。

 若い頃は至極痛かったが、なぜか年を取るにつれ痛みは薄らいできた。老化で痛覚神経が鈍るのだろうか。あれほど痛かったのが、今では我慢できる程度の痛さである。石が小さいと痛みも感じない。よほど痛くなければ病院へは行かない。石が自然に出るのを待っている。ほかに治療方法がないのだ。石が尿道に落ちたら、痛いだけで治ったも同然なのだ。最後の発症は6年前だが、石のサイズが5ミリぐらいあったので多少痛かった。病院で鎮痛剤をもらった。10年前にチベット旅行をしたとき、ランクルで悪路を2千キロ走ったら、振動で石が剥がれ落ちて、ホテルのトイレで血尿が出た。このときも痛みは感じなかった。帰国したら、トイレで小さな石が2個、コロンと出た。

 結石はシュウ酸やリン酸、尿酸などがカルシウムと結合して出来る。ガラスの破片のように堅くて尖っている。尿酸値が高い小生の場合は尿酸結石らしい。10年前に痛風を発症して高尿酸血症と分かってからは、尿酸抑制剤ザイロリックと結石予防のウラリットを飲んでいる。その効果か最近は起きなくなった。最後の6年前は、それ以前に出来ていた石だろう。小さな結石は誰にでもできるが、ほとんどはケシ粒サイズのうちに流れ落ちてしまう。たまたまそれが引っ掛かると、成長して石になる。遺伝体質が原因とも言われる。厄介だが、単純な病気である。昔と違って超音波破砕という治療法が出来たので、今は滅多に切開手術はしないらしい。

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