伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2015年3月23日: 老人と子供達の未来 T.G.

 朝散歩の途中、近くの幼稚園前にたくさんの母子が集まっている。どうやら4月の入園式前に、子供達を慣れさせるためのお試し入園らしい。先日見た卒園式の年長組に比べて段違いに小さく、幼い。新調した制服と帽子がぶかぶかで、帽子が目のあたりまで被さっている。早生まれの子は三歳になったばかりだから、ついこの間までおしめをしていた。中にはママに抱かれてくる子もいる。実に可愛いらしい。しばらく見とれてしまった。この幼子達があと3年経つと小学生になる。4月になれば、家の前の幼稚園の運動場が新入園児達で賑やかになるだろう。

 朝食を済ませて新聞を読む。7面に「子供の声は騒音規制対象か」という討論記事が載っている。従来東京都は条例で子供の声を騒音規制の対象にしていたが、これを規制対象から外す改正案を都議会に提出中だという。舛添都知事は、「子供達の騒音は将来の音楽」とその意義を強調、さしたる反対はなく、可決の見通しだという。久しぶりに聞くいい話だが、世の中どんな目出度い話にも常に反対者がいるらしい。その賛否の討論である。先ほど見たばかりの可愛い子供達を思い浮かべながら読んでみる。

  賛成論は東京学芸大付属幼稚園園長で日本幼児教育学会理事の岩立京子氏(60歳)。好きな番組であるNHKの「すくすく子育て」にも出演している。曰く「基本的に賛成。子供が集団でいれば生じる音は大きくなる。遊びは発達に不可欠。その中で体や心が発達する。遊びを子供に保証するのは社会全体の責務。次世代育成は子供持つ家庭だけでなく、社会全体が考えるべき。そうしないと社会が存続しない。規制が厳しいと町中に保育所や幼稚園を作れなくなる。少子化の大きな原因になっている」と趣旨明快である。小生も大賛成である。これに反対する人がいるとはとても思えない。

 対する反対派は、東大法学部卒の弁護士で、東京弁護士会に所属し、現在都の環境審議会委員を務める村上秀人氏(50歳)である。曰く、「問題点が多いので反対。このような改正が本当に必要か。子供が可哀想だという情緒論に過ぎない。子供の声の抑制が発達段階にある子供にとってストレスになり、発育上良くないと言うが、客観的な根拠が示されていない。静かな地域に住んでいたら、後から騒々しい保育所や幼稚園を作られ、住民が泣き寝入りを強いられることになる。非常に問題だ。幼稚園や保育園は、周辺住民の意見を聞いて、防音壁を作るとか、子供を遊ばせる時間帯や曜日を限定するなど、対策を義務づけるべき」と、これも真っ向両断である。

 要するに子供が嫌いなのだ。この弁護士とって、騒々しい子供達は社会の迷惑以外の何者でもない。だから厳しく躾けて静かにさせる。それが出来ない幼稚園や保育園は作るなと言う主張である。環境公害派の弁護士的には、幼稚園や保育園は騒音公害の元となる迷惑施設なのだ。東大出の秀才弁護士の考えそうなことである。こういう人権派弁護士は、常々裁判でどういう弁護をしているのだろうか。彼が公害・環境特別委員委員長を務めている東京弁護士会なんてろくでもない。こういう頭でっかち弁護士を生み出す東大法学部もろくでもない。彼らが訳知り顔で権利権利と屁理屈をこねているうちに、国が潰れるに違いない。

 昼過ぎ、天気がいいので久しぶりに散歩がてら、近くのシルバーセンターに行く。目的はいつもの入浴を楽しむことである。湯船で暖まった後、洗い場で身体を洗っていたら、係員が来て、異物が混入しているので、今日は入浴中止という。何のことだと隣で洗っていた爺さんに聞くと、なにやらもごもご言っている。どうやらお年寄りの一人が入浴中に脱糞したらしい。それがプカプカ浮いていたのだという。痴呆気味のお年寄りだろうが、気がつかなかった。慌てて身体をもう一度、石鹸とシャワーで念入りに洗い直して出る。脱衣所の入り口に「異物混入につき、本日入浴中止」と張り紙がある。前もって印刷された張り紙であるところを見ると、しばしばこういうことがあるのだろう。歳は取りたくないものである。人ごとながら老醜の無惨、哀しみを感じる。センターにはしばらく足が遠のきそうだ。

 夕方息子一家が来る。一緒に夕飯を食べる。上の孫娘は小学3年生。背がすらっと伸びて、細身のジーンズを履いた足が長い。家人と並んで足を伸ばすと、バアバより長い。ついこの間まで赤ん坊だったのに、背丈が追い越されるのも時間の問題だ。下の孫は男の子。一昨日幼稚園の卒園式を終えたばかり。ママがフルタイムの仕事を続けているので、1歳過ぎから併設された保育園に入れられていた。幼稚園と併せて5年近く通っていたことになる。その孫も4月にはピカピカの小学1年生だ。もう年寄りの出番は少なくなりそうである。それやこれやで良い一日だった。

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