伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2015年2月5日: 分子栄養学の伝道師・井手新次郎先生を偲ぶ GP生

 三石理論に基づく各種サプリメントの発売元であるメグビー社から、毎月送ら れてくる文書に「ニュース ア・ラ・カルト」がある。今月号には、昨年8月に 逝去された井手俊次郎先生とメグビー社の社長との対談が再掲載されていた。お 元気な頃の、先生の写真を見ながら対談を読んでいて、自分と家族との健康管理 は、井手先生から大きな恩恵を受けていた事が改めて思い起こされた。自分の前 立腺ガンにしても、勉強会での知見と人体機能に対する認識が有ったらこそ、病 を客観視し冷静に治療に取り組めたのだと思う。

 井手先生は故三石巌先生の直弟子に当たる方で、現役時代は神奈川県の県立高 校で物理学の教鞭をとっておられた。退職後は分子栄養学の普及と実践のため、 勉強会を数か所で立ち上げていた。自分は当時、江古田に在ったメグビー社での 勉強会に参加した。参加者は中高年の男女30名以上で、女性が8割を超えてい た。勉強時間は、休憩時間を挿んで2時間半。埼玉県館林からの出席は近い方で、 長野県大町市からの参加や札幌から航空機で往復する女性も居た。講義回数は年 10回を原則としていた。

 第1回の勉強会は、平成13年4月に始まった。テーマは「必須脂肪酸の分子 栄養学」であった。毎回、10ページ近い井手先生手書きの資料と参考文献のコ ピーを渡された。資料に従って先生が講義し、参加者が質問するのが基本形式で あった。手元にある資料を開くと、平成17年度「活性酸素特集」のメインテー マが目に入った。分厚い資料に目を通すと、講義中に赤ペンで書きこんだ文字か ら、当時の勉強会の情景が懐かしく思い出された。

 井手先生は、三石先生譲りの分子栄養学を極めて高い理論性を以て講義された。 人体内の生体反応を物理・化学反応で説明され、曖昧なところは一切なかった。 もし有るとすれば、現在の未だ解明されていない領域での講義のときだ。その場 合には、色々な仮定を前提とした話しとなった。この理論性の高い勉強会に自分 は多大の共鳴を覚え、のめり込んでいったものだ。ハウツー式の栄養学は発展的 応用は利かないが、分子栄養学の基礎を徹底的に学ぶ事は、日常の健康管理を考 える時、大きな助けになった。

 平成24年春に勉強会の終了が明確になった時、帰りに、何時も立ち寄った小 奇麗な喫茶店で、形を変えた勉強会の継続を井手先生にお願いしたことが、つい 昨日の事の様に思える。その結果、私的な勉強会が始まった。参加者は女性4人、 男性4人の計8人のみ。この人数も時の経過と共に次第に減少し、平成25年に は3人になった。女性はTaさん、男性はMiさんと自分だ。勉強場所もメグビー 社の会議室から、都立小石川高校に移り、参加者の減少と共に、巣鴨室駅近くの エトアール貸会議に替わった。最後に先生を含め4人になった時は、エトアール の一般席に小さな白板を持ち込んでの勉強会となった。この小さな勉強会は、昨 年6月を以て終焉を迎えた。

 この頃は、先生手書きの資料は無く、先生が推奨する書物を予め読んできて、 ディスカッションする形に変わった。済陽高穂著「がん再発を防ぐ完全食」、 「がんが消える食事の8原則」、渡邉勇四郎著「あなたのガンを消すのはあなた です」、黒木登志夫著「健康・老化・寿命」、光岡知足著「人の健康は腸内細菌 で決まる」等が教本であった。当時の先生は、ガンに身体が蝕まれていた。自分 も前立腺ガンのホルモン療法が始まっていた。此の私的な勉強会によって、自分 の心は救われることになった。運命は自分に味方してくれたと信じている。

 渡邉勇四郎医師の著書は、自分の前立腺癌治療のバイブルになった。渡辺医師 は前立腺ガンを患い、その治療経験をベースに「あなたのガンを消すのはあなた です」を著作した。先生のPSAは900もの高値で、リンパ腺と腰椎に転移し ていた。手術は勿論、放射線治療も適応出来ない前立腺ガンだ。残る手段はホル モン療法だが、全身に転移したガンへのホルモン療法は半年で効力を失った。も し、自分がこの状態に置かれたとしたら、どの様な精神状態になるか想像できな い。

 渡邉医師は、ホルモン療法と同時に、厳格なゲルソン療法を始めた。厳格なゲ ルソン療法とは塩、砂糖、油脂を使用しない食事と、大量の人参ジュースと野菜 ジュースを摂り、肉、魚、卵、牛乳を食さない食事だ。この療法により、渡辺医 師の前立腺ガンは消滅した。ゲルソン療法の成果である。何故、この結果がもた らされたのだろうか。「ガン患者の正常細胞と癌細胞ではNaが増加し、Kが減 少している。ゲルソン療法の主眼は、体内のK/Na比を高め、細胞内の電解質 を本来のKリッチにする事にある。これにより、生体内の免疫系や全ての細胞内 の酵素反応が正常に働き、自己治癒力が正常に戻る事で、ガン細胞が生存出来な い環境が造られる。そしてガン細胞は消滅する。」と、渡邉先生は説明している。

 自分のPSA値は48。検査の結果、転移は無く、前立腺に留まっていること が判明した。それでも一般的には高値で、高リスクガンと判定された。勉強会で のガンに対する食事療法の議論は、自分のガン治療に大きく目を開かせてくれた。 自分の食事療法はゲルソン療法ではなく、済陽高穂先生の「済陽式」を基本にし て、放射線治療が始まるまでの6ヶ月間実施した。ホルモン療法を併用していた ため、食事療法の効果は分からない。前立腺の局所に限定されたガンには、ホル モン療法によるPSA値低下の継続性が高いからだ。放射線治療が終わって1年 が経過した現在も、食事療法を心掛けている。若し勉強会に参加していなかった ら、信頼出来る対処法に、辿り着けたかどうかは分からない。

 若い時と異なり、通常は60歳を過ぎてから、物理現象や化学反応を真剣に勉 強する機会は無いだろう。学生時代にしても、学業を疎かにして山ばかり歩いて いたのだから。中年を過ぎて老いの影が忍び寄り、将来に対して不安を何処かで 覚えていたからこそ、勉強会への出席を続けられたのだと思う。月一度の勉強会 への出席は、日常では使わない頭脳のトレーニングになった。 故三石先生の座右の銘は、「生涯学習者たれ」だ。学ぶ事により道は開けるのは 実感だ。分子栄養学の伝道師たる井手俊次郎先生と巡り合えた事は、自分にとっ て幸運以外の何物でもない。

 人がこの世で生きる大きな目的の一つは、人が有する魂の修練であると言われ ている。魂の乗り船たる肉体の健康が保たれてこそ、修養の継続が保障されるの だ。病んだ肉体と向かい合い、悩み苦しみながら治癒に専念する行為は、又、魂 の修練に繋がるのは事実だ。だが、肉体が健全であることに越したことはない。 分子栄養学に基づく食生活は、病と老化防止に最善の手段であることは論を待た ない。三石先生が提唱した「高タンパク、メガビタミン、それに活性酸素対策」 こそが、食生活の基本原則だからだ。

 平成9年7月、近くの本屋で三石先生最後の著書「医学常識はうそばかり」を 偶然手に取り購入しなかったとしたら、分子栄養学にも、メグビー社にも、まし て井手先生との出会いも、勉強会最後の仲間達との交流も生じなかった。自分や 家族の健康状態も現在と違ったものになっていただろう。偶然に思えても、出会 いには目に見えない力が働いているのだろう。

 井手先生は70歳少しでこの世を去った。まだまだ、先生と議論をしたかった。 残念でならない。今月、最後の3人は、巣鴨のルノアールに集まり、勉強会最後 の場所で井手先生を偲ぶ予定でいる。昨年の11月に続く2回目の会合だ。井手 先生の指導により、複雑多岐にわたる生体の営みを14年間に亘り勉強できたこ とは、何よりの財産だと思っている。井手先生との出会いに感謝あるのみだ。

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