伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2015年1月23日: 暇爺とのピケティ論議 T.G.

 昨年の大晦日に書いた日誌について、暇爺がメールをくれた。

 「TG君。 君が伝蔵荘日誌「2014年12月31日: 今日は大晦日」で紹介している水野和夫日本大学教授「虚構の成長戦略−資本主義は死んだ」は読んではいませんが、貴方の紹介記事から判断すると彼の意見に全く賛成です。これからの時代「よりゆっくりと、より近くへ」方向転換すべきなのだと思っています。ピケティの「21世紀の資本」についての入門書(竹信三恵子著)を読むと、彼は「格差の是正のため資産に税金をかけるべきだ」と言っていますが、同じような考え方だと思います。私は、資産に税金を掛けるべきだとは言っても資産を把握することは難しいので、固定資産税を上げるべきだと思っています。その税金を格差の是正に使うことで貧富の格差を是正するような政策を進めるべきだと考えています。 暇爺より

 これに対し次のように返信した。

暇爺殿  ピケティの本は話題になっていますね。面白そうなのでそのうち読んでみようと思っています。ピケティの「21世紀の資本」論は過激に見えますが、いくつかの論評を読むと、19世紀のマルクスの「資本論」のように、資本主義や自由主義までは否定していないようですね。あくまでも資本主義の枠組みの中で、格差問題の是正策を論じているようですね。

 日本の場合、そういう改革の前に財政規律の問題(国債千兆円の問題)が立ちふさがっています。これを何とかしないと先へ進めません。水野教授の話にしても、この問題を解決しないと「よりゆっくりと、より近くへ」などと暢気なことは言っておれません。その前に日本経済が沈没してしまうからです。どちらも一考に値する考え方ではありますが、今の日本にとっては絵空事です。国債千兆円がないドイツには出来るかもしれませんが、日本には不可能です。

 今の日本にとっては、まず財政規律を改善して、少なくともプライマリバランス をプラスにして、これ以上国債残高を増やさないようにすることが最優先です。改革はその後の話です。そのためには税収を上げて一般会計予算を減らし、国債依存度を下げなくてはなりません。前者については消費税では限界があり、経済成長による税収増しかありません。国家予算を減らしながら経済成長させるのは至難の業、曲芸のようなものです。日誌では「針の穴にラクダを通す」と書きました。アベノミクスでそれが可能かどうかは定かでありません。でも今のところこれに頼るしかありません。それ以上によい案が出てこないからです。日本にとって、もうほかの対案を待っている時間がありません。今がラストチャンスなのです。民主党政権の3年間でずいぶん時間を無駄にしました。

 国家予算を減らすのは、今の政治体制ではきわめて難しいことです。独裁者でも出てこない限り不可能です。でもやらねば国が潰れます。資産に課税するのは 金の卵を産む鶏の腹を割いて金の卵を取り出すのと同じです。仮に金の卵が取り出せたとしても、出来るのは一回こっきりです。鶏は死んでしまいますから。その結果経済成長が止まってしまった場合、その金の卵で財政規律改善が出来なければ、日本経済は確実に死にます。千兆円の国債を買い支えているのは国民の資産だからです。それが減ってしまったら、誰も国債を買い支えられず、デフォルトは避けられません。ピケティが今の日本にとって絵空事というのはそう言う意味です。今の日本の状態は誠に深刻だと思っています。最大の国家危機です。そういう問題意識を日誌に書きました。 TGより

 それに対し暇爺から再び返事があった。

TG君  君のメールでは財政規律改善が必要だとは書いていますが、どうしたら実現できるか意見がありません。 どの様にお考えでしょうか? 財政規律を改善し国の借金を減らすことが必要だということは誰も異存はないと思いますが、どうやってやるかとなると、途端に総論賛成/各論反対で全く前に進まないのが現状じゃないでしょうか。このような状況を続けていたら、国債が暴落し、極端なインフレになってしまうのではないでしょうか。 インフレになれば国の借金は棒引きになり、ある面では良いとも言えないこともないのですが、 ギリシャのように国内の経済が無茶苦茶になってしまいかねません。

 このことは大多数の人が薄々感じてはいると思われますので、「こんな状況が続けばやけっぱちになって革命が起こる」と言い続ければ、少しは考える人が多くなるのではないかと思います。マルクスはそれを行って共産革命を起こし、共産党政権を生まれさせたのではと思っています。結果は散々たるものでしたので、この先共産革命は起こりえませんでしょうが。

 ピケティの提言も考える方向は違いますが、これと同じようなことではないでしょうか。
 すなわち
・現在の資本主義はどんどん格差を広げる方向にしか向かわない。
・このまま行ったらやけくそ革命しか道は残されていない。
・その前に資産に累進課税を掛けることで格差を縮じめ、革命を起こさないようにする。

 そういうことを吹いて回り、その気になる人を増やしていけば、そういうことが可能になるのではないかという考え方ではないでしょうか。多くの人がそのように考えるようになるまでには長い時間がかかるとは思いますが、こういう事を言い続けてその方向に向けていくしか道はないのではないかと思っています。勝手な想像にもとづく個人的意見です。 暇爺より

 それに対し再々返信した。

 「暇爺殿  難しい問題ですね。今の日本が抱える大問題は、この財政規律の問題と、中国の脅威に対する安全保障と、少子化だと思っています。どれをとっても、解決を間違うと日本が滅びます。そのうち最初の財政規律改善が一番難しい。解決に残された時間が最も短いからです。ピケティ論のように、長い時間がかかっては駄目なのです。

 国債は日本国民の総資産1500兆円で買い支えています。これが出来なくなったときが終わり、つまりデフォルトです。低成長で国民資産は減り続けていますから、残された時間は今のままだと5〜10年でしょう。解決策は一般会計予算の削減と、経済成長の組み合わせしかありません。いろいろなバリエーションはあるでしょうが、基本的にはこの二つです。千兆円を一気に減らす必要はありません。とりあえずは、これ以上増やさないことです。その上でプライマリバランスを黒字にして、国債利払いを少しずつ減らしていくことです。破局までの時間が延びますし、その間にGDP比150%ぐらいまで減らせられたら、この問題は解決です。日本のような経済大国は、ギリシャと違ってGDP比150%ぐらいの国債残高は問題になりません。とりあえず危機は去ります。

 思い出してください。小泉政権の頃の国の一般会計予算は80兆円台でした。プライマリバランスもかろうじて黒字だったのです。この調子が続けばなんとか助かりそうだったのです。その後このプライマリバランスが崩れはじめ、民主党政権時代にばらまき予算で一般会計予算が一気に90兆円を超え100兆円近づきました。3.11があったりしたのでやむを得なかったのですが、予算の国債依存度が一気に悪化しました。

 手っ取り早い解決策は、一般会計予算を小泉時代の80兆円台に戻すことです。あの当時、それで日本国は経営できていたのですから、今出来ないと言うことはありません。日本国民の理解と覚悟さえあれば可能なことです。これに経済成長が重なれば何とかなるでしょう。しかし予算を今より20兆円減らすことは、今の政治制度と国民の成熟度では難しいですね。10兆円でも難しいでしょう。国民が怒り狂って、内閣がいくつあっても保ちません。選挙で負けるので、どの政党もやりません。しかしながら解決策はこれしかありません。

 もしアベノミクスが成功して、経済成長率が4%ぐらいになったら、100兆円 を90兆円ぐらいに戻せば可能かもしれません。この問題の解決は小手先では出来ません。そういう認識を国民に持たせる政治の実行力が不可欠でしょう。この先4年間は選挙のない安部政権が、蛮勇を奮えるかどうかにかかっています。これを実現する前に、アベノミクス批判や女性の社会進出や格差問題などで道草を食っている時間はありません。それくらい日本は追いつめられています。気付いていないのは日本国民だけです。TGより

 親友とこういうやりとりが出来るのも、伝蔵荘日誌の功徳だろう。

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