伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2014年12月16日: 前立腺癌治療による排尿障害その後 GP生

 今年の1月、前立腺に中空針20本を刺し、放射線を内部に照射する癌治療を 行なった。更に引き続き、15日間の外部照射治療を行った。現在は3ヶ月に一 度のホルモン療法を行っている。これが今後1年間続いて、慈恵医大での全ての 治療は完了する。放射線を前立腺に集中する最新の治療技術により、他の臓器に 対する直接的影響は少ないものの、全身の倦怠感は長期間続いた。治療技術が進 歩しても、膀胱の一部や尿道、直腸に対する放射線の直接照射は避けることが出 来ない。その結果、排尿障害が副作用として長く続くことになった。

 外部照射は通院治療だ。自宅から慈恵医大まで片道1時間を要する。この間、 頻尿と切迫尿意のため、常にトイレの場所を意識していた。乗車前、乗換駅、到 着駅夫々のトイレを利用し、慈恵医大に着いてからもトイレに直行した。帰路も 同じ経緯を辿った。 排尿障害が頻尿の形で現れるとしたら、毎日の排尿回数を記録すれば、障害の回 復傾向が分かるかもしれないと考えた。外部照射中の2月から、1日の排尿回数、 就寝中のトイレの回数と就寝から起床までのトイレ行のインターバルを記録し始 めた。

 毎日の数値をグラフ化し、そこに鍼治療、岩盤治療、ビタミンE注入、水分摂 取量の過少、気温の急変等を注記した。主治医の話は「放射線障害は1年から3 年継続する。但し、個人差が大きいので、あなたの期間は分からない」であった。 昨年、ホルモン療法が始まる以前の排尿回数は1日8回前後、夜間のトイレ行は ゼロであった。従って、排尿障害回復の目標を、この値に置いた。

 グラフを見直してみると、外部照射治療中、一日の排尿回数の最大値は26回、 最小値は16回、平均値は21であった。夜間の回数が5回前後であったから、 起きてから寝るまでの間、30分から60分に一回のトイレ行であった。車で出 かける時は、乗車前のトイレ行きは必須だ。運転中も常にトイレの場所を意識し ていた。尿意は平均的には生じない。外出時は変化が大きく、20分を超える車 の運転は危険であった。

 治療が終わった3月に入っても、平均排尿回数は17回を数えた。夜間が3回 平均であったから、日中のトイレ間隔は1時間前後である。但し、日による変化 は大きく、20回を超える日が何回も有り、最大28回を数えた。水分の摂取量 は毎日大きな変化は無く、外気温の変動もそれほどでもないのに、何故、排尿回 数にこれほどの変化が生じるのだろう。主治医によれば、「排尿は膀胱が溜まっ た尿を感知して排出を促す。尿道の状態も影響を及ぼす。全てをコントロールし ているのは自律神経だ」そうだ。膀胱と尿道は放射線の影響で、非常に敏感になっ ていることは、頻尿原因と理解はしているが、何故毎日、これほど大きな回数変 化が生じるかは分からない。人体の複雑かつ精緻な働きを見る思いだ。たかが排 尿、されど排尿だ。

 4月は各回数が漸減傾向にはあるものの、変動幅はまだ大きい。照射終了3ヶ 月となる5月に入り、各回数は漸減傾向を示し始めた。一日の排尿回数が15回、 夜間の回数が3回を下回ったのだ。6月にはそれぞれ13回、2回を下回り、減 少傾向が明確になってきた。6月までは、身体を動かすのが億劫で、ジムには通っ たものの、水中歩行で体のキレの悪さを実感していた。マンションのメンテナン スを行う意欲は生じる訳は無い。決算作業も意欲が湧かず、帳簿整理が遅れて会 計事務所には迷惑をかけた。気力を振り絞っても、意欲は減退して、身体が付い ていかないのだ。

 身体と気持に劇的な変化が現れたのは、7月に入ってからだ。気温の上昇も有っ て発汗が多くなり、排尿回数は減少し10回前後に安定した。夜間のトイレ行も 1回の日が増えてきた。同時に作業意欲が湧いてくるのを感じた。5月までどう あがいても精神的沈滞感を克服できなかったのが、自分でも驚くような意欲だ。 自分の居住するマンションの階段や廊下の塗装が至る所で禿げ、無残な姿は気に なってはいた。これの具体的な改善に意欲が湧いてきたのだ。ホームセンターで のペイントの選択や作業手順の検討を経て、計画実行に着手し、8月半ばに完工 した。これが現在まで続く、メンテナンス作業の嚆矢であった。

 放射線により障害を受けた泌尿器手当に対する手段を医者は持たない。定期健 診と称して患者の容態を聞き記録するだけだ。放射線科の医師も泌尿器科の医師 も同様だ。障害を受けた臓器の回復は、人が本来持っている回復力によるしかな いからだ。この力は個人差が大きい。だから医者は「一般的に1年から3年を要 する」としか言えないのだ。回復力に活力を与えられるのは患者自身しかない。 自分は放射線治療終了後、自身の回復力活性化の手段を考えた。

 放射線により傷ついたのは、前立腺の正常細胞と膀胱及び尿道の粘膜と細胞、 それに尿道を取り巻く平滑筋だ。更に、前立腺には内部照射時の20本の中空針 により傷ついている。いわば排尿器官がガタガタの状態で、本来の排尿コントロー ルが出来る状態ではない。体内器官の修復には材料が必要だ。膀胱粘膜の材料や 各細胞の材料だ。平滑筋も筋肉細胞で出来ている。これ等には、全て酵素反応が 関与している。酵素の材料も必要だ。酵素反応は低体温では進まない。必要部分 の加温が不可欠だ。更に、局所器官の泌尿器でも、人体全ての機能が直接、間接 的に影響を及ぼすので、毎日の栄養摂取を見直す必要があった。

 放射線治療が終わって、排尿障害と同時に尿道痛が続いた。排尿の度に尿道が 痛むのだ。尿道は前立腺のど真ん中を通過している。内部照射でも外部照射でも 尿道の損傷は避けられない。尿道が炎症を起こしているのだ。消炎作用を有する ビタミンEを尿道への注入を試みた。夜間排尿後、月見草油に溶かしたビタミン Eをスポイトで尿道先端から圧入した。尿道内の尿を絞り出した後、少しずつ送 り込むのだ。注入を始めて暫くして、排尿時の尿道痛が少しずつ緩和されるのを 感じた。痛みの解消を以て注入を止めた。期間は2週間を要した。

 その後始めたのが、岩盤治療だ。夜、家庭用の岩盤治療器を敷いたり、腹に海 苔巻状に巻いたりして、下腹部に遠赤外線を浴びせた。下腹部内部が温める事で、 修復の酵素反応と腸管免疫力の活性化を期待した。免疫の活性化は癌の再発防止 の有効手段だ。同時に、高濃度のアミノ酸液にビタミンB群、Cのパウダーを混 ぜ、飲むヨーグルトで希釈したドリンクを就寝一時間前に摂取した。就寝中に行 われるであろう身体修復作業の材料供給の為だ。岩盤治療も4月半ばを以て終了 した。気温上昇と共に暑すぎて眠れないからだ。

 外部照射中に行っていた鍼治療を強化した。特に、4月から週2回から3回の 治療を継続した。目的は、経絡で言う腎経の活性化と免疫力の強化である。腎経 には泌尿器が含まれる。4月の後半から排尿回数が安定化を示し始め、5月には 漸減傾向が見えてきたのは、鍼治療の効果と考えられる。現在も週2回を目標に 鍼治療を続けている。10月の半ば、マンションの空室対策の為、10日近く鍼 治療に通えなかった。結果、9月に定期的に治療していた時は、1日9回から1 0回と安定していた総排尿回数と夜間の回数が増加した。その後、鍼治療の再開 と共に、排尿回数は元に戻った。治療しなければ、排尿が乱れる事は、放射線治 療の後遺症が未だ残っている証だ。

 10月以前は排尿後、残尿感は全く感じなかったが、残尿は間違いなく存在し た。それが残尿感を覚えるようになったのだ。それと、排尿に勢いが出てきた。 排出後、何となく終了せず、残っている様な感覚を覚えるようになった。排尿後、 1,2分すると突然尿意を催し尿が勢いよく出てくる。場合によって、この状態 が2回ほど繰り返されることがある。10月には、夜間排尿ゼロの日が4日あっ た。排尿障害の改善は間違いなく進んでいる。しかし、排尿回数が減少し、排尿 インターバルが2時間から3時間に延びても、切迫尿は解消していない。尿意を 意識したら我慢が出来ないのだ。タイミングが悪いと最悪の事態となる。この現 象は11月に入っても変わらない。

 排尿回数は外気温の変化に影響を受ける。10月後半から11月にかけて日々 の気温変化が大きくなった。家にいる時の排尿回数は安定していても、外出が多 くなると不安定となり、排尿回数が増加する傾向を示す。当然一回の排尿量は少 ない。屎尿器管の障害と気温低下による自律神経とのコラボレーションの結果で あろうか。

 11月末から、外気温の低温安定により排尿状態も落ち着きを見せ始めた。そ れでも、設定目標状態とは程遠い。たかが排尿だが、人体の全体状態に大きく影 響を受けていることが分かる。食事、睡眠、精神、運動、温度変化等、その時々 の環境に合わせるべく、人体は合目的に代謝をコントロールしている。排尿もそ の内の一つだ。人体は、放射線治療により傷ついた器官を本来の姿に戻すべく働 いている筈だ。しかし、高齢化した身体の回復力は、若い時のそれではない。

 高齢者が癌治療の為に受ける、手術、抗癌剤、放射線の三大治療のリスクの大 きさを実感している。前立腺癌の治療ですら、身体の回復は遅々として進まない。 これが、他の臓器であれば、間違いなく寿命を縮める事となろう。治療により癌 細胞が完全に消滅したか否かは、時の経過を見なければ分からない。ひたすら、 出来る努力を続けるだけだ。

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