伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2014年8月12日: 高齢者の要介護雑感 GP生

 先日、区役所の高齢者対策課から、アンケート用紙「はつらつ元気度チェックシー ト」が送られてきた。高齢者の元気づくりの為に、心身の衰えや身体上のリスク を早期発見して予防するためのものだ。毎年この時期に送られてくる。作成した のは「国立長寿医療研究センター」なる独立法人だ。

 介護保険制度は平成12年に始まった。自分の母親は、この年に要介護2の認 定を受け、亡くなった時は要介護4であった。排泄は無理だが、食事が自力で出 来たので「5」には至らなかった。此の自力の食事が裏目に出た。目を離した隙 に、トロミを付けた食べ物を咽喉に詰まらせ命を失った。終りが分からない介護 生活で、相談相手のケアーマネージャーや訪問介護士達に助けられた。今でも、 彼女達に感謝している。

 厚生労働省の統計を見ると、平成12年度の要支援、要介護者数は256万人 だ。平成23年度には531万人に倍増している。現在は更に増加していること だろう。「要介護5」も34万人から、61万人に増えた。要介護者の増加につ れ、年金から控除される介護保険料の増加も著しい。

 戦前はもとより、つい最近までは、要介護者は家族が全て面倒を見てきた。当 時は、それが当たり前だと誰も疑問を持たなかった。昨日の新聞に「介護は家族 でが大幅減、56%」との記事があった。既婚女性に対する全国調査の結果だ。 平成10年には75%であったから大幅の低下だ。国による独居老人や老老介護 向けのサービスの充実が、意識の変化に影響したとの分析だ。同じ調査で、「経 済的に困った時に頼る人」を「親」とした人は65%で、5年前より5%の増加 だ。「面倒見は嫌だけど、困ったときは助けて」との意識だろうか。

 旧民法時代は家督は長男が相続し、両親の介護は嫁が行うのが常だった。親 の介護の対価として、財産の相続が保障されていた。現在は、嫁の労苦に対する 保証は一切ない。進駐軍による改革が、日本の家族制度を破壊した。均等分割相 続は個人の権利を保証しても、義務までは保証していない。日本人が長寿化した のは目出度いことだが、喜んでもいられない。日本人の平均寿命が延びたことが、 介護費用を増大させた根源にある。食事の改善や医療の進歩により、寝たきりに なっても、人は簡単に死ななくなった。核家族化に拍車がかかり、独居老人は増 加した。

 「歳を取った親は子供夫婦と一緒に暮らすべきだ」との調査でも、20年前よ り大幅減の44%だ。子供の意識変化だけでなく、親も「気兼をしながら子供の 家族と暮らすなら施設の方が良い」との意識があるのだろう。手厚い介護サービ スが、結果として家族間の絆を壊している様に思える。自力生活が出来ない高齢 者を社会全体で面倒を見る事を推し進めれば、社会保障費は天井知らずになる。 社会を構成する最小単位は家族だ。家族の在り方を見直し、家族間の絆を強める 事は、家族それぞれの幸せに繋がると思うのだが。

 送られてきた資料を見ると、要介護状態の原因が前期高齢者と後期高齢者では 著しく異なっていた。前期高齢者では40%が脳血管疾患で、認知症は8%だが、 後期高齢者では脳血管疾患が17%に減少し、認知症は17%に倍増する。更に、 高齢による衰弱が17%、骨折・転倒が12%、関節疾患が12%の急増だ。何 れの原因も、加齢による身体機能の衰えだ。車椅子生活やベット生活を余儀なく され、自力での日常生活が出来ず、他者の手助けが必要となる。

 要介護者の増加は地方自治体にとって、社会保障費の増加要因となる大問題だ。 今回のアンケートに同封されたパンフレットを見ると、腰痛対策、膝痛対策、転 倒防止対策の運動法が漫画で詳しく説明されていた。更に、栄養改善や発声、歌 唱による口腔機能向上策まで書かれている。高齢者の生活から活性化が失われる ことで、心身の機能が低下し、更に、生活が不活性化する悪循環を防ぐ事を目的 にしているが、パンフレットの効果の程はどうだろうか。

 伝蔵荘の仲間達は全員前期高齢者だ。自分も来年は後期高齢者の仲間に入る。 仲間達は、病を得た者もいるが、皆元気だ。仲間達と山歩きをしたり、ゴルフに 興じている。自分はいずれとも縁はないが、マンションの補修工事を実益と趣味 を兼て行っている。現在はマンションの共通部の通路や階段のペンキ塗りが課 題だ。築年数を重ねると汚れや剥離が目立ってくる。業者に依頼すれば事足り るが、自分で計画を立て、材料を選択し実施しする。イメージした通りの結果が 得られた時は至福の喜びだ。元工事屋の性かもしれない。

 高齢者の生活は十人十色だ。社会に出てからの生き様が、高齢期に至って人それぞれの試練をもたらすことになる。不惑を過ぎてからの食生活の乱れ、喫煙、飲酒 量、ストレスは人体に決定的な影響を及ぼす。先の統計で、前期高齢者の要介護 原因の一位が脳血管疾患なのがその現れだ。同じような経験をしても個人差が あるのはDNAの違いと言うしかない。それでも発症部位が異なったり、発 症が早いか遅いかだけだ。男にとってこの時期の生活習慣が高齢期の「要介護」 の有無に決定的な影響を与えている。

 自分の父は腎臓に弱点があり、60歳を過ぎて無理が祟り、70代の半ばに 人工透析生活をする羽目になった。6年間の通院を経て心不全でこの世を去っ た。発端は転倒による大腿骨骨折の手術であった。父の様に足が不自由な年 寄りの人工透析には、家族の介護が欠かせない。介護保険制度は無い時代だ。家 族総出で対応した。自分の前立腺癌の発覚が父親が透析を開始した齢と同じな のは、何かの因縁なのかもしれない。

 先日、福島の山中に一人住むSa君からメールをもらった。脳梗塞で失明し、 肺癌の治療を続けているWaさんの近況を知らせた返信だ。Waさんは老人ホー ムでのデイケア―を心から楽しんでいる。生甲斐と言っても良いだろう。Sa君 は「自分にはデイケア―の経験がないので分からないが、自分には耐えられない と思う」と書いていた。山歩きを定常的に行い、友人との酒席の為に東京まで車 を走らせ、日常の食事は自分で作るSa君にとっては、デイケア―は苦痛以外の 何物でもないだろう。

 家庭内で日常を過ごすしかない高齢障碍者には、同年輩の人達と会話が出来る デイケア―は魅力であろう。自分にしても、ジムのプールで知り合った男女と 他愛もない世間話に興じるのは楽しいことだ。気心が知れた山仲間や小学校の同 級生との会話は心が豊かになる。高齢者にとって、人との会話は大事なことだ。 時の経過と共に親しい友人は減り、心置きなく話が出来る友達を新たに作るの は難しい。デイケア―に生甲斐を求めるWaさんの気持ちは、痛いほど分かる。

 自分の周囲を見ても要介護者は多い。17年間も介護施設を転々としている 70代の知人男性が居る。発端は脳内出血だった。家族の苦労はいかばかりだろ う。先日70代の知人女性が精神に破綻を来たし、精神科の医者に「躁うつ病」 と診断された。「うつ」に「躁」が加わると完治が難しいとの事だ。医者に入院 加療が必要だと言われたが、連れ合いは70歳後半の年金生活者だ。入院費の支 払いが出来ない。仕方なく二人だけの生活を続けている。食事や家事全般は夫が 行っている。今まで食事一つ作ったことはない夫だ。羅針盤のない航海に似 て、この先精神を病む女性に、何が起こるか判らない。親類や兄弟の援助は一 時的な手助けに過ぎず、丸抱えで一生面倒を見ることは出来ない。当事者二人だ けで生きるしかない。誰にでも起こりうる厳しい現実だ。

 今日と同じ状態が明日も続くことを信じ、毎日を過ごしている高齢者であって も、何れ身体機能の限界が近づいてくる。自力での生活が出来なくなった時、程 度の問題はあるにしても、誰かの手助けが必要になる。この世を去るまでの要介 護生活は、人生の第三幕となる。

 送られてきたアンケート用紙の内容は、自力の排泄や食事、運動機能や脳力を 問う設問が並んでいる。要介護者にならないよう努力しても、いずれその時が訪 れる。高齢者にとって、これからの日々は貴重だ。体が動く内は無理のない範 囲で活動することだ。自分も放射線治療から5カ月が過ぎ、体調は元に戻りつつ ある。10月には伝蔵荘の例会がある。その頃には長距離ドライブも可能であろ う。自立できる高齢者にとって、今日と明日が大切なのだ。

目次に戻る