伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2014年6月26日: 放射線治療の後遺症と作業が出来る喜び GP生

 昨年の11月末に、若いカップルがマンションの一室を退室した。2Kの狭い 間取りだが、彼らはここで10年間生活を営んだ。引っ越後、契約に基づく部屋 の立会検査を行ったところ、部屋は凄まじい汚れ様であった。原因は二人の10 年間にわたる喫煙だ。天井や壁のクロスはもとより、エアコン、照明器具、カー テンレールや配電盤の隅々までタバコのヤニで茶色に染められていた。クロスは 業者により張り替えたが、ルームクリーニングは、何時も通り自分の仕事だ。洗 剤と蒸気で洗浄後、何回も水洗いをする根気のいる作業だ。暫くして、若い家族 連れが契約してくれた。賃料もさることながら、「清潔感溢れる部屋が気に入っ た」のが決定理由だと聞き、清掃の労苦が報われた思いであった。

 作業をした昨年末は、前立腺癌のホルモン療法と食事療法の効果が顕著であっ た時期だ。一日の排尿回数は10回未満で、夜間、トイレに行くことは全く経験 していない。体調も良好で、少しハードな作業をしても、疲労は感じなかった。 月に一回のホルモン剤の注射による副作用の自覚も無かった。それでも、作業は 午前中で終わらせ、昼食後は遠赤岩盤上で1時間の休息を行い、身体を休めるス ケジュールで過ごした。作業日数は、発病前の倍以上を要した。

 今年の1月半ばに放射線内部治療で入院し、その後10日の間をおいて、放射 線外部照射の連続治療を行った。以前、何回も日誌に書いた通り、治療後は排尿 障害に悩まされ、現在に至っている。直後の数週間は、極度の頻尿と切迫尿だ。 就寝中も頻繁なトイレ行で、睡眠不足が続いた。身体もだるく、外部歩行時の一 歩すら億劫で、身体が重い。何をしても、疲れて横になることが多かった。

 当然、仕事への意欲が起きない。3月の確定申告が迫っているのに、帳簿や領 収書の整理をする気にならない。仕方なく、無理してデスクに向い、キーボード を叩き、帳簿と書類一式を何とか会計事務所に持ち込んだ。マンション管理では、 全ての雑用は自分の仕事だ。上司も居なければ部下も居ない。その自分が、放射 線治療の後遺症で、心身共に不調の極みだ。不動産屋や工事業者との打ち合わせ、 居住者からのクレーム処理等は逃げられない。気力を振り絞って対応した。

 治療後、2ヶ月が過ぎた4月末頃、排尿にリズム感が出てきた。いつ起きるか 判らない切迫尿が影を潜め、トイレ行のインターバルに一定の間隔が出てきた。 夜間排尿も2〜3回と安定してきた。外部歩行の足にも力が戻って来た感じだ。 そんな頃だ。大通りに面した築40年近い5階建てのビルに対して、「汚いビル だ」とか、「ペンキのひび割れがみっともない」との噂が耳に入ってきた。家人 も知り合いから同じような話を聞いて、心を痛めていた。足場を組んで、全ての 外壁を塗り直すのには、多額の費用が掛かる。築40年近いビルに、それだけの 投資は出来ない。しかし、見た目のみすぼらしさは、新入居者を足踏みさせる。 さて、如何するか考えざるを得なかった。

 建物の構造上、ベランダ全てが道路に面している。此のベランダ外壁の汚損が 酷いのだ。エントランスに至る通路側の壁面が汚れ、一部ペンキが膨れて垂れ下 がったり、剥離しかかっている所もある。40年間の埃が厚くこびりついて、黒 光りしている箇所もある。先ず、手の届く範囲の手当てを考えた。汚れの酷い場 所は低階層部に多い。脚立、梯子を動員して、高圧洗浄機で届く範囲の洗浄を行っ た。剥離しかかったペイントの除去は、スクレーパーに長さ1.8mの木の柄を ビス締めした道具を作成した。2本繋ぎし、脚立を使用すると3階近くまで届く。

 ペイント作業はローラーに木の柄を一本繋いだ物と二本繋ぎの物を準備した。 地上からは脚立を使い、屋上から下に向けて塗装作業をすると、壁面のかなりの 部分をカバーできる計算だ。各階のベランダ外壁は、居住者の了解のもとに、ベ ランダから塗装した。ペイントパンにローラーを浸し、ローラーを壁に圧着し て転がす。端から順序だって塗っても、目視出来ないので濃淡が出来る。塗り終 わると、地上から薄い部分を確認して、再度塗り直す。これを繰り返した。

 この作業は5月の連休からスタートした。作業を始めて、体力の低下を特に感 じたのは、腕力と脚力だ。延長ローラーを壁に圧着して、ローリングするにはか なりの腕力を要する。最初の頃、2本繋ぎを下から仕上げる時は、二の腕が悲鳴 を上げた。脚立の最上桟に足を懸けまたいだ時は、脚が振えた。これでは、2本 つなぎのローラを脚立上で使ったり、屋上から下げ塗りをするのは無理だし危険 だ。暫くは、1本繋ぎのローラーのみの作業に徹した。脚立作業も極力避けた。 4ケ月にわたる身体不調は、想像以上に身体能力を低下させていた。屋上からの 作業は安全ベルトを手摺に取り付けて行った。昔、キスリングを背負って、痩せ た岩尾根をスタスタ歩いた面影は既にない。

 一日の作業は、午前中の2時間以内に留めた。後は、昼食後の岩盤昼寝だ。最 初の頃は、2時間の作業でも、疲労が激しかった。作業をしているときは、感じ ないが、終わるとガックリ来る。そんな時は、翌日の作業時間を短縮した。 体が凝って来たときは、作業を休み、ジムのプールで体をほぐした。時の経過と 共に、腕力や脚力が少しずつ戻って来た。地上からの2本つなぎローラ塗装も、 それほど苦にならなくなった。脚立上のバランス感覚と脚力も回復し始めた。5 月の末には、大通りや通路から見える範囲の70%の塗装を完了した。ペイント がひび割れ、哀れな姿を呈していた壁面も姿を消した。大通りから眺めると、み すぼらしかった外壁が輝いて見えた。まだ屋上からの2本つなぎローラ塗が残っているが、体力を要するので時間を 置くことにした。丁度、5月末に解約となった部屋のルームクリーニングの作業 を優先させる事も有って外壁工事を中断した。それまで要した工事費は僅かな材 料費のみだ。

 新たなルームクリーニングも大仕事であった。10年間生活をした住人は喫煙 者だ。バスルームは手入れが悪く、全面カビだらけだ。よくこんな風呂に入浴し たものだ。建具は傷つき、和室の白木は黒カビに覆われている。補修・清掃計画 を立て、ホームセンターで材料を準備し作業にかかった。クロスや床工事の業者 が入る前に作業を終わらせないと、二度手間になる。一日3時間の作業を4日間 行い終了させた。終わってみて、放射線治療前の体調に戻ったことを感じた。イ メージした通りに体が動き、計画した作業が完了出来た事は喜びだ。

 放射線外部照射の治療が始まって暫くして、排尿回数の記録を取り始めた。就 寝中の排尿回数、そのインターバルを計算し、総数と共にグラフ化した。日々の 変化は激しいが、ひと月毎の経過を見ると、排尿障害が改善されているのが良く 分かる。2月の外部照射中の一日の平均排尿回数は21.2回、夜間4.8回だ。これ が、3月には16.9回・2.9回、4月は15.8回・2.6回、5月は13.4回・2.3回になっ た。6月に入ってからは減少傾向が著しい。泌尿器科の医者の言によれば、排尿 は膀胱がコントロールしているそうだ。頻尿は僅かな尿により膀胱が刺激を受け、 排尿が促される事で生じる。全てが排出されないのに、残尿感が無いのが問題だ。

 6月始め頃だ。トイレに行った後、間をおかず尿意を催すようになった。残尿 が自然に出るようになったのだ。これが、排尿回数の減少につながっている。5 月まで感じた、排尿時の尿道痛は消えた。時間の経過と共に、泌尿器全体の機能 が回復してきたのだろう。週2回の鍼治療も奏功している感じだ。鍼治療の翌日 の排尿回数が減少したり、夜間の排尿インターバルが長くなる傾向が見られるか らだ。就寝2時間前のアミノ酸ドリンクも泌尿器の回復に役立っている筈だ。6 月中旬に時々、就寝中の排尿が1回の日が現れた。総回数も減少傾向だ。当然体 調も良くなる。携帯の歩数計に「いきいき歩数」がカウントされるようになった。 脚力が戻りつつある証拠だ。

 マンション管理には、業者に頼むまでもない雑作業が付き物だ。これ等は、作 業意欲がないと手がつかない。体調不良の4ケ月に積み残した仕事も多い。これ 等を如何するか考え、ホームセンターで材料を選択する作業は、帳簿作業に比べ てはるかに楽しい仕事だ。体調の回復につれ、此の楽しさを味わえる事は幸せだ。

 ホルモン療法はあと2年継続する。先日のテレビで、元クローザーの角投手が、 ホルモン療法の副作用で身体が怠いと語っていた。自分は、幾分顔が丸みを帯 びたものの、副作用からの身体不調は感じたことがない。体質なのかも知れない が、長年、行っている「高タンパク、メガビタミン」の食生活が、副作用の低減 に奏功している様に思える。身体の不調改善には、通常の食生活だけでは対処で きない。

 放射線治療部の主治医から、放射線治療による後遺症が、2,3年続く人も居 ると聞かされている。次回の診察は7月の末だ。現在の傾向が続けば、その頃に は排尿回数は10回を下回っている可能性がある。4ヶ月半のグラフの傾向がそ れを期待させる。身体の回復と作業意欲は正比例の関係だ。自らが行って来た対 策は間違ってはいなかった様だ。自分が受けた治療による再発率は30〜40% であるとすれば、完治を確認できる5年後まで、食事療法をを継続する必要があ る。安定した日常と作業をする喜びは、何物にも換え難いからだ。

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