伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2014年2月7日: 前立腺癌の放射線治療と排尿障害 GP生

 1月28日の日誌の続きである。高線量率組織内照射法(HDR)による3泊4日の入院治療が計画通りに終わり、治療の難関を潜り抜けほっとしたのも束の間の事だった。帰宅した夜から排尿障害と言う難敵が現れた。前立腺に20本の針を24時間に亘って刺しっぱなしにすれば、泌尿器全体に影響が及ぶことは理の当然だ。治療前に主治医から排尿障害についての説明を受けてはいたものの、いざ体験してみると、想像以上の苦しみであることを実感した。

 70歳を過ぎて、残尿感や頻尿が現れたのは歳相応だが、昨年の5月の血尿以降の検査で前立腺癌が確定し、7月からホルモン療法が始まった。少し遅れて、癌の食事療法や鍼による泌尿器活性化治療を始めた。10月を過ぎると排尿に勢いが出、残尿感が消失し、中年時代に戻ったよう思える程、状態が劇的に改善された。色々な対策が功を奏したのだろう。夜間のトイレ行は月に1回程度で、睡眠は完全に確保されていた。年が明け、排尿が更に改善された状態で入院治療が始まった。

 退院日の午前と午後に、自力排尿の状態と血尿の程度を確認した医者から、退院許可が下りた。この時の排尿は、多少引っ掛かりはあるものの比較的スムースであった。破れた青いゴム風船の残骸がカップに飛び出すおまけは付いても、これならば排尿障害の心配は少ないと感じ、気持ちが楽になったものだ。

 帰宅後、夕方頃から排尿に問題が生じた。尿意はあっても排出が出来ない。出てもチョロチョロで、真赤な血尿だ。前立腺や膀胱からの出血が続いている証拠だ。尿意は30分から1時間毎で、もよおすと我慢はできず漏れそうなる。速トイレに駆け込む事になる。所謂、切迫尿だ。切迫尿はHDR治療患者の75%に生ずるとは、説明パンフレットに書いてある。トイレに行っても排尿は思うように行かない。ごく少量の排尿でも、尿道がヒリヒリと痛む。排尿できない苦しみと、尿道への鋭い痛みのダブルパンチで、トイレで唸り続ける事になった。この状態が翌朝まで続き、眠れたものではない。入院中、抜針した後、差し込まれた尿管で、痛みもなく排尿が行われたのが懐かしくなった。

 退院翌日の朝の事だ。排尿時に痛みと共に大きな血の塊が飛び出した。その直後、比較的多くの尿が迸ったところを見ると、此の血種が尿管の何処かに滞り、排尿の妨げになっていたのだろう。その後の尿は茶色を帯びていたので、膀胱内で継時変化を受けた血液と推察された。その後も、切迫尿は続き、排尿時の痛みが強くなった後に、小さい血種の排出が何回か続いた。就寝中も一時間おきのトイレが続いた。膀胱内にまだ血種の存在が予想されることから、水分の絶え間ない補充で尿量を増す事にした。スポーツドリンクの大量摂取を続けたが、その分排尿回数が増え、苦しむ時間が増える事になる。今は、苦しくとも、水分摂取を継続し、血腫の排泄を図らねばならない。

 退院2日目も前日と同じ状態が続いた。それまでと異なるのは、尿意があって排尿が滞った時、尿管をもみほぐすと、ピンク色の血尿の後、茶色の尿が出る事だ。前立腺から尿管への出口か尿管内で、何かトラブルが生じているのではないかと感じた。昼間中、同様の状態が続いた。19時頃の排尿の時、激痛と共に何かが飛び出した。長さ3センチ、幅4〜5ミリ程度の血の塊であった。取り上げて確かめてみると、血腫の中から風船の残骸が出てきた。風船を核として血腫が凝集したようだ。排尿困難で尿管をもみほぐした時、排出されたピンク色の血尿は、この血腫由来であったのだろう。その後の排尿は幾分楽にはなったが、排尿時の痛みは依然続いた。入院時の尿管の出し入れや放射線による障害で、尿管内膜が炎症を起こしていると推察された。20時の排尿時に、血尿は完全に止まり、正常尿に戻った。抜針後3日と9時間後の事で予想通りだった。

 退院3日目は検診日で主治医の診察を受けた。主治医は「退院後の状態は一般的な症状で、心配はいらない。前立腺は恐らく2倍近くに腫れあがっていので、尿道を圧迫している。元に戻るのは通常1ヶ月だが、個人差が大きい。利尿剤を処方するので2週間は飲んでほしい。HDRの治療は問題なく終了した」との事であった。

 処方された利尿剤は「ユリーフ錠4mg」。これを朝夕の食後1錠づつ服用する。この薬は選択的なα1A遮断薬で、前立腺、尿道、膀胱三角部のα1Aアドレナリン受容体に結合し、交感神経を遮断する。これで、尿路組織の平滑筋の緊張が緩和され、尿路圧迫を弱め障害を改善する。以前、開業医に処方されたハルナールD錠は、血管の平滑筋の受容体α1Bにも作用するため、1ヶ月近くの服用で身体にダルさを感じ、主治医と相談の上、服用を中止した。その後の鍼治療と食事療法の併用で、利尿剤抜きで排尿が著しく改善したことは、前述した通りだ。

 ユリーフ錠を服用してから、排尿は幾らか良くなったが、頻尿と切迫尿は相変わらずだ。排尿時の尿管の痛みは変わらない。尿道の炎症が治らない限りは継続するのだろう。時の経過を待つしかない。夜間の排尿は1時間から1時間半程度に伸び、睡眠は多少確保されてきた。ユリーフ錠を服用しても、夜間は尿の出が改善されない。初尿の出が悪いのだ。退院6日目の朝の事だ。何時もの様に、排尿後にトイレを覗くと、便器の底に長さ8mm、幅1mmぐらいの鮮やかな赤い血の塊が2つ沈んでいた。両端が鋭くとがった状態で、今までの血種とは形状を異にした。尿そのものは透明度の高い正常尿だ。異物の排出はこれが最後であった。

 退院後、10日間の休息期間を置いて、放射線外部照射療法(EBRT)が始まった。従来の外部照射は、CTで前立腺の位置を確定して一方向から、15分程度の連続照射行っていた。3年前に、義弟はこの方法で、土日を除き37日連続照射をしている。放射線治療担当医との会話を纏めると「前立腺癌は前立腺の外周部に発生する。HDR療法では70%の癌細胞にダメージを与え、残り30%をEBRTで治療し癌を根治する。前立腺以外の臓器に対する副作用や合併症を防ぐため、前立腺の外周部から内部に向けて、ピンポイントで照射する。一回の治療では、6方向から各10秒程度X線を照射する。このX線はCTに比べ100〜1000倍の透過エネルギーだ。治療時間は照射台に横になってから10分程度で終わる」であった。

 外部照射による副作用は、頻尿、尿の勢い低下、軽い排泄痛、軟便、排尿時のピリピリ感、だるさ、まれに、血尿、血便で、これ等は、治療終了後1〜2ヶ月で回復するとは放射線科の主治医の説明だ。排尿障害は、既に継続しているので、外部照射により、障害の増幅と継続は約束されたことになる。これ等副作用に対して、泌尿器科の医師も放射線科の医師も、時間の経過しか処方箋は無いようだ。ならば、前立腺の正常細胞、一部の膀胱細胞や尿道への射線障害の対処法を考えなければならない。既に、傷ついている前立腺や尿道の回復の為に、自然治癒を後押しする処方も必要だ。

 放射線対策は活性酸素対策と同義だ。抗酸化物質の大量摂取しかない。ビタミンA,B,C,Eの摂取量を大幅に増加させると同時に、自然食品から製造された抗酸化物質を多量に含有するサプリを治療前、治療後に摂取することにした。正常細胞のDNA修復には酵素が動員される。この為の材料には、必須アミノ酸全てをバランスよく含有するプロテインパウダーの摂取を増やした。先の各種ビタミンは酵素産生の共同因子となる。また、免疫力強化は必須だ。昨年から始めた癌治療のための食事療法を見直し、免疫力活性化に特化することにした。免疫力賦活と泌尿器の活性化のための鍼治療は、退院後の休息期間を終えて再開した。遠赤外線による内臓器官の活性化のために、岩盤治療も再開した。

 現在、EBRTによる治療は継続中だ。一頃の排尿障害は多少改善してきた。尿道の炎症が治癒されてきたことも有って、排尿時の痛みが幾等か和らいで出来たことは朗報だ。頻尿傾向は変わらないが、夜間の排尿間隔が少し長くなった。問題は、ユリーフ錠だ。服用により尿管の弛緩が継続するので、切迫尿時に排尿を抑える事が出来ずに、漏れてしまう。自宅ならともかく、外出中、特に車の運転中は悲劇だ。排尿時の痛みが和らいだことも有り、ユリーフ錠の服用を独断で止める事にした。その後の尿の出方、勢いに大きな違いは見られない。

 如何なる薬でも、目的は対処療法であり、薬効は一面的だ。たかが、排尿と言っても、膀胱に溜まった尿量の感知、尿管への尿圧、これ等が脳に情報として送られ、自律神経のコントロールで尿管が開かれ排尿となる。精密機械維以上の身体の制御システムにより、人体の合目的性が保たれている。癌治療のためとはいえ、排尿機器に重大な損傷が生じ、排尿臓器の機能が損なわれた。現代医学では排尿障害の緩和は、平滑筋を弛緩させるだけしか手段が無く、弛緩させれば新たな障害か生じる。自然治癒力の向上策は、医者の視野にはない。

 昨年、ハルナール錠の服用を中止しても、排尿状態が改善したように、人体が本来有する自然治癒力を助ける方策を、実行することが王道と思う。医者が投薬しか処方は無くとも、患者には多岐にわたる対策が可能だ。外部照射治療は始まったばかりだ。これからも想定外の事態が生ずるだろう。医者の専門的意見を聞きながら、症状に応じた自己対応の試行錯誤が暫く続きそうだ。退院後10日を過ぎて、頻尿傾向は続くが、排尿障害は日一日改善されつつあるように思える。最悪の時は過ぎた。明日が、更に良き日になることを信じたい。

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