伝蔵荘日誌
             【伝蔵荘日誌】

2013年9月1日: 女性の社会進出と子育て T.G.

 夏休み終了直前の昨日、息子一家がやってきた。来るなり上の孫娘がママと隣の部屋に引きこもり、なにやらごそごそやっている。息子に聞くと、月初めに8歳になる孫が、バアバに誕生日プレゼントを買ってもらいたくて来た。まだ夏休みの宿題が残っていて、それをやり終えるまでは買いに行かないと、パパに人参をぶら下げられたらしい。ママと二人で二時間近く格闘し、やっと終わった。その後近くのオモチャ屋に出かけ、お気に入りのゲームを買ってもらい大喜びである。食事の時に「ママもあれこれ大変だね」と言ったら、珍しく神妙な顔で「あっという間の8年間だった」と述懐する。「本当にあっという間だったね」と労をねぎらった。こちらも8年間楽しませてもらったのだが。

 共働きの嫁は大企業のキャリアウーマンである。結婚してすぐに上の孫が生まれたとき、会社の規定で一年半の育児休暇をもらった。仕事一点張りのキャリアウーマンがいきなり子供を産むなど、周りや上司は想像もしていなかったらしい。その後職場復帰したが、1年後に下の孫が生まれ、二度目の育児休暇をもらった。再復帰の時、それまでの職場から別の職場へ異動させられた。それまでは本社の人事部で採用を担当していた。就職時期は会社説明など地方出張が多く、嫁も頑張ってはいたが、幼稚園の送り迎えや病児保育などで無理も多かった。会社が見かねて自宅に近い現場部門へ異動させたのだ。人事部スタッフとして意欲満々だった嫁は大いにがっかりしたらしい。しばらくは落ち込んでいたが、根っからの仕事好き。今はやる気を出して新しい職場で頑張っている。

 フルタイムの仕事を抱え、二人の子育てをする嫁の大変さは分かっていたので、我々老夫婦も出来るだけの協力はした。孫の可愛さもある。出張中の嫁に代わって保育園の送り迎えをしたり、熱を出したらママが帰宅するまで預かったり、お陰で滅多に旅行にも行けなくなった。それだけの支援をしても、パパである息子が家事や育児を手伝っても、母親の大変さがそれほど減じられるわけではない。おしめを替え、食事の世話をし、保育園の送り迎えをし、息せき切って通勤電車に飛び乗る。そう言う獅子奮迅の毎日が8年間休むことなく続いたのだ。仕事だけでも大変なのに、この頑張りは頭が下がる。

 朝のNHKの日曜討論で、女性の社会進出と子育てについて、女性起業家や評論家があれこれ議論していた。待機児童の解消、子育て支援政策、企業側の理解、女性管理職の登用などなどであるが、何か一つピンと来ない。そう言う建前論で、子育てがどうにかなるものだろうか。インテリ女性の議論の裏に見えるのは、以前は多かった専業主婦への批判と嫉妬、過度な男女機会均等願望が透けて見える。それと子育てとどういう関係があるのだろう。

 多くが忘れているが、昭和30年代まではほとんどの家庭が共働きだった。サラリーマン家庭は少なく、農家や商家の母親の就業率は今以上だった。よほどのお金持ち以外、専業主婦は希だった。農村に住んでいた子供時代、周りは農家ばかりで、学校から帰っても母親は畑に出ていた。自分の家も戦争未亡人だった母親が商売をしていたので、学校から帰っても家にはいなかった。今で言えばさしずめ鍵っ子だが、その頃は家に鍵などない。開けっ放しの玄関にランドセルを放り出し、友達と連れだってたんぼへ魚獲りに行った。まだ車も少なかったし、暗くなるまで遊んでいても、誰も心配しなかった。社会が子育てしている感じで、共働きの子育てなんて、ごく当たり前のことだった。ママがフルタイムで働いているうちの孫は、授業が終わると学校の敷地内にある学童保育へ移り、会社帰りのママが迎えに来るまで待っている。昔のように、鍵の掛かっていない家にランドセルを放り出して遊びに行くことなど、危なっかしくて考えられない。世の中が進んだら、なぜか社会も親も子供も子育てに苦しんでいる。今と昔とどちらがいい時代なのだろう。

 テレビ討論では女性管理職の割合が世界最低の水準だと嘆く。政府がどうにかしろと迫る。女性管理職が増えたとして、昔の大らかな子育てが出来た時代とどちらがいいのだろうか。何か価値観を取り違えているのではないだろうか。今時の進んだ女性達には、専業主婦が時代錯誤の社会悪に見えるらしい。そう言う意識が言葉の端々に出てくる。女性が子育てに専念できる世の中と、女性管理職が増える世の中と、はたしてどちらがいいのだろう。女性はどちらが幸福なのだろう。子育てに専念する母親と、男を部下にして仕事に打ち込む女性管理職とどちらが偉いのだろう。昔は夫の給料だけで暮らせるので専業主婦が可能だった。今はそうではないので出来ない。我々の頃は家も子育てもカミさん任せにして、後顧の憂いなく仕事に打ち込めた。毎日午前様で、子供の寝顔を見る毎日だった。だから専業主婦のカミさんは仕事上の戦友のようなもの、今頃より高かった給料は二人分なのだ。

 そうは言っても今の時代、残念ながら子育ては大変でリスキーなものになってしまった。子は宝という共通観念が社会から消えた。人件費を疎んじる企業は二人分の給料を出さない。交通事故や幼児犯罪と戦いながら子育てするのは一大事業である。嫌な世の中になったが、それも時の流れだろう。そうであるなら、それを前提の子育て対策が要る。

 我が家の孫育て経験に照らしてまず必要と思われるのは、出産、保育園、幼稚園の全面無償化である。それから待機児童の解消である。これは大いに助かる。ママも子育てに元気が出る。これに較べたら高校無償化など不要不急の愚策。即刻廃止して保育園と幼稚園に金を回すべきだ。それから何とかして子供は社会の宝という昔の気風を復活させることだ。これは保育園無償化などの百倍は難しい。しかし今の日本にはこの意識が欠けすぎている。前の日誌にも書いたが、欧米の方がはるかに意識が高い。病児保育に関して理解がある。だから女性が社会進出できる。日本にはそう言う気風がまるでない。嫁の会社にもない。この問題解消の方が女性管理職より重要なのではないだろうか。

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