【伝蔵荘日誌】

2013年6月24日:オモチャ王国と夢 T.G.

 久しぶりに息子家族と泊まりがけで軽井沢へ行った。鬼押し出し近くの軽井沢倶楽部というホテルに泊まる。値段の割になかなか豪華なホテルである。突然の予約で部屋が空いていないからと、最上階のスイートルームをあてがわれた。200uぐらいの広さで部屋数四つ、バス、トイレがおのおの二つずつあり、一つは吹き抜けのジャグジーバスでサウナまで付いている。さぞかし泊まり賃はといささか心配したが、チェックアウトは格安料金だった。家人と嫁はまた来たいねと大はしゃぎである。昔はこのあたりは鬼押し出し以外何もないところだったが、今では森の中を道路が縦横に走り、ほとんどすべて別荘地になっている。このホテルもバブルの頃に建てられたものらしいが、巨大でいささかバブリー過ぎる感じである。どうしてこの値段で商売になるのだろうか。

 翌日は近くにあるオモチャ王国と言う遊園地に行く。二人の孫のサービスである。大人向けの遊園地ディズニーランドと違って、5〜6歳ぐらいまでの幼児向け施設である。入場料も内容も実質的だ。ディスニーランドのような金をかけた作り物の巨大仮想現実はなく、その代わりに森の中のアスレチックとか清流の釣り堀など、子供が喜びそうな仕掛けが沢山ある。中心はアンパンマンやシルバニアンファミリーなど、あくまで幼児向けオモチャである。子供連れのパパママに人気があるらしく、大勢で賑わっていた。上の孫は初めて体験したマス釣りがよほど面白かったらしく、大興奮である。下の子はパパと乗ったゴーカートだという。

 ここに一日いると、日本の少子化が嘘のようだ。一人っ子は少なく、ほとんどが二人以上。とにかく子供だらけである。中には赤ちゃんを抱いて、よちよち歩きの子ともう一人大きな子の手を引いているママパパもいる。幼児を連れたお母さんは、例外なく幸せそうで生き生きしている。だから皆美人に見える。こういう光景を見ていると、女性の勝ち組は、結婚願望と無縁の、仕事だけが生き甲斐のキャリアウーマンではなく、こういう子供連れのママ達ではないかと思えてくる。安部内閣がやたら女性の社会進出を煽っているが、あれは正しいことなのだろうか。もう少し子供を産み育てる楽しさや価値観を醸成する政策に力を入れるべきではないだろうか。少なくとも少子化対策には重要なことだろう。

 明け方、そのスイートルームのベッドで目を覚ました。直前に見ていた夢で、窓の外に広がる浅間山が遠い世界に見え、しばらく夢の余韻で頭がぼんやりする。いい余韻ではない。昼近い時間に目が覚めて、ああ今日も遅刻か、どうやって会社に行こう。会わせる顔がない。こういう自堕落な生活をいつまで続けているのだろう、と寝床の中で逡巡している夢である。なぜこんな夢を見たのか理由が分からない。実際のところ現役時代はどちらかと言えば真面目で律儀な働き者で、遅刻も無断欠勤もなかった。夢の中のような自堕落な生活はまったく経験がない。それなのになぜこんな夢を見るのだろう。もしかするとそう言う無意識の強迫観念があったのだろうか。夢は不思議なものだ。

 その夢には続きがあって、脈絡がなくなぜかまだ学生である。受験生か大学生か分からない。周りの連中はどんどん先に進んでいるのに、自分だけはほとんど勉強していない。今からやってもとても間に合いそうにない。この先どうしようかと、焦燥感と暗い気持ちで目が覚める。受験勉強も大学も、半世紀以上昔の話である。この歳になってなぜこんな夢を見るのか分からない。こちらの方は多少実経験がある。大学卒業前、単位はちゃんと足りているだろうか心配になって、寮の寝床の中で何度も勘定し直した。ぎりぎりの講義数しか受講していなかったので、もし勘定間違いで一つでも単位が足りなかったら卒業できなかったのだ。

 この種の夢は数年に一度、繰り返し見る。単位が足りなくて卒業できない。もう会社の内定はもらっているのにどうしよう。受験参考書のほとんどに手が着いていない。もうすぐ試験だと言うのにとても間に合いそうにない。どうしたらいいかと絶望的な気分で目が覚める。いろいろパターンはあるが、試験に落ちそうだというシチュエーションは変わらない。何かの雑誌の対談で、亡くなった評論家の江藤淳が同じような試験に落ちる夢を繰り返し見るという話をしていた。対談相手も同じだという。あの気鋭の評論家が大学卒業に苦労したとは思えないが、こういう夢は多くの人が見るらしい。自分だけではないらしい。

 ワンゲル同期で気の合ったTa君は学部も専攻も同じだった。教養部を小生より1年余計にかかって片平丁の同じ学部に進んだが、4年生の時に躓いて卒業できなかった。仙台に残っていた連中の話では、かなり生活が乱れていたらしい。会社勤めをはじめた年に東京の寿司屋の二階で同期の同窓会をやった。途中でのっそりTa君が顔を出した。聞くと日本航空に就職が決まったという。それは良かったと皆で祝杯を挙げたが、事実ではなかった。しばらくして故郷のお母さんから「一番親しかったG君なら息子の消息をご存じかと思って」と問い合わせの便りをもらった。どうやら親にも告げずに蒸発したようで、その後の行方は誰も知らない。今はどこで何をしているのだろう。まだ生きているのだろうか。

 夢から目が覚めて、窓の外の浅間山を眺めながらTa君のことを思い出した。彼は夢ではなく実際にこういう経験をしたに違いない。夢の中で自分が味わったのと同じような、砂を噛むような索漠とした思いをしたのだろう。妙な成り行きで昔のことを思い出した。

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