【伝蔵荘日誌】

2013年6月9日:血尿騒動の顛末 GP生

 先月中頃の日曜日、午前中の日課であるスポーツジムでの水中歩行を終え、昼食後に何時も通り岩盤浴の昼寝をした。目覚めた後は膀胱に溜まった尿の排出の為、トイレに行くのを通例としていた。便器に排尿されてつつある尿を見て驚いた。濃い茶色の水が溜まっており、排出されつつある尿曲線も真茶色だ。 疲労が重なった時には老廃物の排出の為、尿が茶色ぽくになることはある。ビタミンCの過剰摂取の時には、レモン色となり、ビタミンB群の時にはオレンジ色の強い黄色となる。便器の底が見えないほどの、何れとも異なる茶色に変色した尿を眺めて、「何事が起ったのか」と考え込んだ。

 30分後にトイレに行き排尿したところ、鮮血尿がほとばしった。 以後、その日は終日、鮮血尿が見られた。翌月曜日の朝の排尿時に尿全体が鮮血に染まり、出血の度合いも多いように思えた。午前中、生まれて初めて泌尿器科の門をくぐった。一駅隣にある60代のベテラン医師が主催する医院は、この地区では評判が良く、何年か前から家人もお世話になっている。

 医院での検査は「尿検、超音波検診、肛門からの前立腺触診、血液検査」で、血液検査の結果は一週間後となる。検査用に採取した尿は真赤であった。 超音波検診では前立腺肥大、右腎臓に嚢胞あり、膀胱の良否は判定できずであった。 触診では副睾丸が腫れているが、前立腺に異常は無しとの事であった。この医院の設備ではこれが限度で、午後に紹介された病院でCT検査を行った。X線を浴びるのが嫌で、老人検査を忌避してきたのに、大量の被曝が避けられないCTとは。しかし、今回は避けようがない。

 最初、CTを3回撮影された。 医者は「ハッキリ分からないので造影剤を注射して再度撮影する」と言う。腕に造影剤を注射され、造影剤が尿に排出されるまでの時間差を考慮し更に3回の撮影となった。 都合6回のCTの被曝量はかなりのものだ。 医者より撮影結果について以下の説明を受けた。「右腎に3か所の嚢胞を認めるが、両腎とも腫瘍は認めず。腎臓での造影剤での排泄、尿管での排出は良好で、結石等は認められない。前立腺は石灰化を伴い肥大している。肝臓、膵臓に腫瘍認めず。」であった。膀胱に対しての所見はなし。この日は一日中、鮮やかな血尿が続いた。以後、3日間鮮やかな出血が続いた。排尿時に最初から最後まで血尿が継続した。

 血尿以外の自覚症状は一切ない。血尿の出方と泌尿器のトラブルの関係を調べてみると面白いことが分かった。尿の全部が血尿の場合は腎臓、膀胱、尿管の疾患が殆んどで、排尿の後半に血尿が出る場合は、前立腺ガン、前立腺炎、前立腺肥大等が原因、前半の血尿は尿道のトラブルであることが多いとあった。自分の場合、最初から最後まで真赤な尿だ。 便器の底が見えないくらいの濃厚さだ。 しかし、医者の検査では腎臓、膀胱、尿管異常なしだ。人体は個人差が大きいので、本当の所は検査結果を積み重ねないと分からないのだろう。

 70歳を過ぎた頃から、尿切れの悪さは自覚していた。 昼間の排尿の回数が増加するのも、加齢の結果と考え、余り気にしていなかった 。前立腺肥大や前立腺ガンに特有の夜間の排尿回数の増加はほとんどなく、稀にあって月一回程度、殆んどは朝までトイレで起きる事がなかった。 従って、前立腺の重大なトラブルへの関心は薄かった。

 最初の通院から一週間後に医院を訪れた。血液検査の結果も出ていた。泌尿器科医としての総合判断は、「クレアチニンの値が正常で、CTの結果から腎臓は異常なし。膀胱も異状なし。尿道は正常。但し、前立腺特異抗原たるPSA値が46と大きく、前立腺ガンの疑いが濃厚。腎嚢胞は腎機能に悪戯はせず、良性だから心配なし。尿中にガン細胞は認められない。」であった。出血場所は何処かと問いただしたら、前立腺の可能性が高いとの答えだった。

 いずれにしても、医者の関心はPSA値にある。一般的に、PSAが4.1〜10.0はグレーゾーンでガンの確率は10〜15%、10.1以上で40%、20.1以上で100%と言われている。医者は当然、前立腺がんを疑っている。 医者は生検を含む精密検査の為、港区にある東京慈恵会医大病院の予約を直ちに取ってくれ、CT画像と診断説明書を渡された。医者の母校で、かって講師をしていたことがある。自信を以て推奨できるとの言であった。

 慈恵医大では「尿検、採血、内視鏡、肛門からの触診」だけで、生検は次のステージだと言われた。 血液検査の結果はPSA48で、相変わらず高値だ。触診結果も前回の医院同様、異常なし。前立腺外側にガン特有のシコリが認められなかった。 問題は内視鏡検査だ。若い女性看護師が全ての段取りを行い、作業助手を務めていた。 内視鏡を見せてもらったが、こんな太い物が息子の先から入るかと思うと、身震いがした。看護師に聞くと、ゼリーを塗るから心配ないと言う。以前はもっと硬かったなどと悠然たるものだ。 専用椅子の真ん中に鎮座する息子は威厳の欠けらもなく縮こまっている。看護師の言の通り、内視鏡挿入は思ったより苦しくは無かったが、二度とご免こうむる。 案の定、尿道が傷つき出血し、抗生物質を五日間服用する羽目になった。

 内視鏡検査の結果は「尿管異常なし、膀胱に炎症見られず異常なし、前立腺の内側は全く奇麗で異常なし」であった。 前日の午後、鮮血色の尿が何回も出ているのに、内視鏡では出血部の痕跡すら確認できなかった。慈恵医大の医者の総合診断は「出血は前立腺と思う。PSA値が高いので、ガンの疑いが濃厚だが、生検の結果を見なければ最終判断は出来無い。もしガンであっても、内視鏡、CT、触診結果から前立腺内部に留まっていると思われる。前立腺肥大、前立腺炎でもPSA値が高くなることがある。 ガン細胞か小さければ生検でヒットしないこともある。この場合には、ガンでないと言い切れない。」であった。 「前立腺からの出血で、膀胱内の尿が全て汚染される事があるのか」との質問に対しては、「膀胱と前立腺は接近しているから」と、あいまいな回答であった。それでも、排尿の最初から最後までの血尿が、前立腺由来とは信じがたい思いだ。

 生検は日を改めての予約となった。 手術並みの承諾手続きを要し、HIVを始め、各種感染症の有無確認のため、血液3cc を6回採血、肺疾患、内臓疾患有無を確認のためのレントゲン写真3枚まで撮られた。 何年分かの放射線を浴び、血液を抜き取られ、内視鏡を差し込まれ、更に後日、肛門から針12本を差し込む生検が待っている。 現在までの所、血尿とPSA、それに前立腺肥大以外に、トラブルの原因を判断する所見は無い。身体的には普段と全く変わらない。 「病人らしく、もう少し大人しいのなら、可愛げがあるのに」とは家人の言だ。 それでも本人は自重して、仕事量も激減させているのだが。

 慈恵医大での検査から10日近く経った午前中、ジムのトイレで薄いピンク色の血尿が出た。暫くすると。長さ8mm、太さ0.5〜0.6mmぐらいの血の塊が飛び出した。 それ以降の尿では肉眼で血尿が見らず、透明感のある奇麗な尿であった。 内視鏡で傷ついた尿道は既に治癒している筈だ。 腫瘍からの出血で細長い傷口を塞いでいたような血の塊は考えにくい。 発生源は何処か、更に疑問が増えた。

 明日、生検の為、慈恵医大病院に行く予定だ。 結果は二十日先だ。吉と出るか、凶と出るかは、神のみぞ知るだ。よしんば、生検によりガン細胞の存在が明確になったとしたら、取るべき手段の選択肢は多い。 進行が遅く、対処法が多いのが前立腺ガンの特色と言える。生検針がガン細胞へのヒットなしの場合には、定期検診による経過観察となるだろう。 この場合にも、ガン細胞存在の前提での対策を考えておく必要がある。

 今まで、健康で元気で来られたことは、両親から遺伝したDNAと分子栄養学の実践のお蔭と信じている。 しかし、肉体の弱点は誰にも存在する。 父は腎臓に弱点を持ち、最後の6年間は人工透析を強いられた。 姉は70歳を過ぎてから、急性腎盂炎で入院した。 自分も遺伝的の意味で腎臓には不安感を持っていた。 今回のトラブルで血尿の発生源は推測の域を出ないが、前立腺で何かが起きていることは間違いない。

 何れ、今回の血尿騒動は検査結果の継続的分析により、病因が確定され、対処法は定まっていくと思う。 あわてず騒がず、自身の身体状況を冷静に観察することが必要だ。 自分の身体に対する危機管理は今までの知見を結集することになるだろう。 今回の血尿騒動始末記は未だTHE ENDを迎えていない。人生のENDにも時間の余裕がまだ有りそうだ。
 

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