【伝蔵荘日誌】

2013年6月2日: 忍び寄る老齢化 T.G.

 GP生君が体調を壊したという。普段からあれだけ健康に気を遣い、食事やサプリメントに工夫をしてきたのに、残念なことだ。まだ検査中で結果は出ていないが、健康には自信があっただけに動揺も大きいだろう。お気楽な年金生活者の小生と違い、まだ仕事が残っている彼にとって、精神的な負担だけでなく、生活上の支障にもなっていることだろう。気懸かりだ。

 そう言われて周りを見回すと、最近同じような事例が増えてきた。人間の健康にとって70歳は大きな壁と言うことだろう。

 五月のはじめに大学の寮の先輩後輩と泊まりがけでゴルフをやった。皆元気でやる気満々だったが、直前になって1年先輩のMさんから体調を崩して参加できないと連絡があった。ゴルフ好きで、最も熱心だった先輩である。事情を聞いたら、持病の痛風発作が30年ぶりに起き、痛くてゴルフどころではないという。自分も痛風は経験しているが、発作自体は一過性で、痛みが治まれば大丈夫と励ましたが、数日経っても治まらず、あえなくキャンセルとなった。この先輩はかねて心筋梗塞の持病もあり、数年前にステントを入れる治療を受けている。これも老化病だろう。

 メンバーが一人足りなくなったので、1年後輩の経済学部のM君に誘いの電話をした。電話口では元気そうで、ぜひやりたいという。残念ながら予定が入っており参加できないという。久しぶりでいろいろ話をしていたら、何年か前に前立腺癌の手術を受けたという。そのせいか小用が近くなって、帰りの電車が辛いので、東京での飲み会には不義理をしているという。そう言えばしばらく見かけなかった。ゴルフならその心配がないので、出来たらやりたいのだがと言う。前立腺のトラブルは老人病の典型だろう。

 やむなく3人で出かけた。1年先輩の文学部のKさんは地元新聞社の報道部長から役員まで勤め上げた人で、仙台からゴルフ場まで200キロ、車を飛ばしてやってきた。すこぶる元気そうである。夜クラブハウスで、ドタキャン不参加のMさんを肴に一杯やっていたら、Kさん自身も数年前に前立腺の手術を受けているという。そのほかにもいろいろあって、医療費がかさみ、確定申告で何十万も還付されると豪語する。よほど病院通いをしているのだろう。Kさんは若い頃から膝が悪く、最近膝に金属製関節を入れる手術を受けたところ、ゴルフが出来るようになったという。その足で我々と一緒に元気いっぱいで2ラウンド廻った。

 そう言われて気がつくと、我々と同じ年代で前立腺癌の治療を受けた友人、知人が実に多い。先週も、会社の同期の友人達と伝蔵荘で泊まりがけでゴルフをやった。久しぶりのゴルフの連チャンである。いつも車で向かえに来てくれるMa君は、3年ほど前に前立腺癌の手術を受けている。今はまったく異常はなく、マーカーの数字も正常で、普通に生活し、ゴルフも旅行もしている。先月はハワイのコンドミニアムに家族で行ってきたという。仕事の海外歴が長く、台湾駐在中に台湾のプロゴルファーと賭けゴルフをしたという腕前はさすがに落ちているが、小生のスコアよりはるかに上をゆく。

M君の車に同乗してきたF君も8年前に前立腺癌の手術を受けているという。癌を摘出せず、その部位に放射性物質を埋め込む治療を選んだのだという。術後しばらくは赤ちゃんをダッコしてはいけないと医者に言われたという。適度の放射線は成長期の幼児以外には問題なく、むしろ身体に良いのかも知れない。そう思って福島のことを考えると、また違った景色が見えるのではあるまいか。8年経ってもF君のマーカーの数字は正常で、生活水準はまったく落ちていないと言う。ドライバーが230ヤード以上飛ぶ飛ばし屋である。

 その前の先々週、伝蔵荘の春の例会に出かけた。最初の日に八ヶ岳高原CCで恒例のゴルフをやった。久しぶりにいいスコアが出た。夜、不参加のGP生君が差し入れてくれた酒を飲んで寝た。夜中に奇妙な夢を見て飛び起きた。孫娘が頭から落ちて大怪我をした夢である。不吉な感じがして眠れなくなった。まんじりとも出来ず、布団の上で手を合わせて拝んだ。もし正夢なら、自分が代わってやりたいと本気で思った。そう思いながら手を合わせ続けた。

 翌日仲間と茶臼岳に登り、五辻を廻って帰荘した。天気が良く喉が渇いたので、ワインを飲もうと栓を開け、ワイングラスを右手に、ワインボトルを左手に持ってベランダへ出ようとしたら、暖炉の前の上がり框に足を引っかけ、前のめりに頭から転倒した。手に持っていたグラスとボトルをとっさに離せず、額をベランダの板にしたたかぶつけた。額が切れて血まみれになり、軽い脳震盪を起こして頭がぼーっとした。打ち付けた瞬間、ぼんやりした頭で、咄嗟に「ああこの事だったのか」と思った。願いが叶って孫の身代わりになってやれたのだと。

 心配したSa君が絆創膏を貼るのを手伝ってくれたり、粉みじんになったワイングラスの後かたづけをしてくれたりしたが、ほかの連中はかまわず碁を打ち続けていた。友達甲斐のない連中である。頭がぼんやりするので、大事を取って2時間ぐらい布団で寝ていた。ワインは飲み損ねた。神様の思し召しで孫娘の身代わりになれたのは確かなことだとは思うが、こんなところで転ぶのはやはり老化だろう。この40年間、この上がり框で転んだやつは、自分も含めて一人もいないのだ。念のために家人に電話したら、孫娘はすこぶる元気だという。それを聞いて神の存在を確信した。

 帰宅して額の大きな絆創膏を見た家人が、もう歳を考えて登山はやめろと言う。山で転んだと思ったらしい。頭までおかしくなったと思われそうなので、神様のことは言わないでいる。しかしながら、家人の言うとおり老化で足が弱ってきていることは間違いない。

 GP生君にはそう言う話をして元気づけているが、結果が判明するまでは不安でまんじりとも出来ないだろう。2年前に下血して大腸内視鏡検査を受けたとき、結果が出るまでは夜も寝られなかった。幸いにして結果は何でもなかったが、それまでのえも言われぬ不安感は自分も経験済みである。どうか小生と同じで、GP生君も何でもありませんように。

 

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