【伝蔵荘日誌】

2013年4月30日: 高齢者の身体不調を考える GP生

 最近、高齢者の健康を考えさせられる事例に接する機会があった。 毎年4月は、5月末に開催する小学校クラス会の計画を立案し、案内状を発送する季節だ。返信された葉書を見ながら思いを馳せた。 自分達は昭和21年入学だから、皆70歳半ばに近付いている。 終戦直後の東京は食べ物が不足していた。学校給食は進駐軍放出の軍用食を皆で分け合い食べたものだ。 定番のコッペパンが登場するのは大分先の事だ。薄い脱脂粉乳の味と共に、未だ記憶に残っている。 当時は、栄養価は二の次で、とにかく腹を満たすことが先決だった。 栄養失調で、腹が水膨れした子供達は幾らでも見られた。小学校時代を粗食で過ごした子供達が、歳を経て70歳過ぎまでよく持ち堪えたものだ。 クラス会に出席するのは、毎年12,3人で、54人のクラスメイトの内、2割近くが不帰の人となった。 今年は例年になく、身体不調を訴える便りが多い感じがする。

 日体大を卒業して、母校の高校の体育教師を定年まで勉めたHa君は、昨年2月に脳梗塞で倒れ、10ヶ月の入院生活を経て、現在自宅療養中だ。 学生時代は体操の選手として活躍し、老齢期に入っても尚、筋骨隆々たる体躯を誇っていた。 返信葉書の文字に乱れは無く、何時もの彼らしい骨太の文字面から、リハビリの進行が感じられる。

 ジム仲間でもあるKo君は、先月腰椎部の手術をした。 永年の大工仕事による負担により、腰椎が湾曲して神経を圧迫した結果、断続的な激痛に苛まれていた。 一緒に歩いていて、15分程度でしゃがみ込んでしまうことがしばしばあった。 神経を圧迫している骨を削る手術は5時間を要した。小瓶に入った骨の細片を見せてもらったが、びっくりするほどの量だった。手術後、傷口内で出血し、一週間程、止血の為にガーゼが挿入された状態になった。その後傷口を縫い合わせ、一週間後抜糸をし退院をした。 帰宅後傷口の一部が開き、痛みに悩まされている。 同じジムの仲間で、同様の手術を三年前に行ったHaさんは、毎日1000mを泳ぐタフマンだ。 現在88歳のHaさんは「Koさんは若いから大丈夫だよ」とおっしゃるが、70歳を過ぎたら決して若くはないし、体力、免疫力、回復力は間違いなく低下している。 Ko君の回復には時間を要するだろう。 現段階では、クラス会への出席は黄色信号がともったままだ。

 福島県中部の町に住み、最高齢の町会議員として活躍しているKB君は、昨年、前立腺ガンの治療を行った。 通院していた隣町の病院に陽子線治療器の設備があったことが彼に幸いした。 2ヶ月間の照射の結果、PSA値が正常値に戻り、現在も安定している感じだ。 この治療器は全国に10台ぐらいしかないそうだ。体調も良く、今回のクラス会には出席の予定た。

 自分の身体不調と闘いながら、倒れた旦那さんの面倒を見ている女性は今回は欠席だ。仙台で独身生活を送る女性は腰痛のため欠席と知らせてきた。クラスメイトで医者や薬に縁がなく、山歩き、サイクリング、家庭菜園に精を出す仲間も何人かいるが、少数派だ。 年々、身体不調の返信葉書が増えていくのかもしれない。

 近隣に住む、60歳台前半の知人女性がいる。 彼女は人も知る医者嫌い、薬嫌いで有名だ。 兄弟が若くして薬の飲み過ぎで身体を崩したことがきっかけの様だ。 食生活は夫婦ともかなりの偏食で、肉は体に悪いと信じて一切食べない。彼女は、家人の親しい友人が経営する喫茶店の常連で、毎日、コーラ、プリン、ケーキを食する。何年もの間、続けている。 仕事は、現在も立ち仕事を続けている。 コロコロの体形は誰が見ても脂肪太りで、運動不足は歴然だ。

 今までの健康診断で肝機能の低下、特にγ―GPTの上昇、高血圧、心臓肥大が指摘されていた。 ここ数カ月前から膝関節の痛みがひどくなり、医者嫌いの彼女もたまらず整形外科病院を訪れた。関節炎と診断されたが、整形外科では抜本的治療法はない。薬嫌いの彼女が痛みに耐えられず、鎮痛剤を服用している。あくまで痛みを一時的に抑えるだけで、根本治療ではない。 患部を冷やして、痛みを発症させるプロスタグランディンを抑えるだけだ 。鎮痛剤は患部のみならず、他の代謝を抑制したり、薬物分解を担う肝臓に、さらなる負担をかける事になる。γ-GPTの低下は望めそうにない。

 抜本的には、先ず関節への負担を低下させるために、炭水化物摂取の低減による減量と運動による血流増加、代謝アップが必要だ。 プールでの水中歩行は、関節への負担が軽い効果的な運動なのだが、彼女にはその気はない 。彼女は以前、人に勧められてコンビニで買ったグルコサミンを摂取したが、胃を悪くしたと称し中断した。 良質のグルコサミン、コンドロイチンは、痛めた関節の治癒に効果があるのは間違いないが、タンパク質、ビタミンを十分摂取し、同時に適度の運動と共に、最低半年は継続する必要がある。 この手のサプリを薬感覚で飲み、2,3週間効果が出ないと、「これは駄目だ」と止めてしまうケースは多い。 現在の生活習慣を改める気のない彼女は、誰が見ても車椅子生活が目前だ。

 分子栄養学を創設した故三石巌先生は病気を三種類に分類して考察している。第一は、生まれつきの病気で、色盲、血友病、ダウン症、アレルギー体質等だ。これ等は染色体異常、遺伝子異常などが原因で生来病としている。第二は、カゼ、インフルエンザ、赤痢、脊椎分離等で、ウィルス、細菌、外力等の環境因子により引き起こされ、環境病と名付けている。此の二つの分類の病は年齢に関係なく発症するのが特徴だ。第三は、病因の蓄積により発症する病気で、発症するまで時間がかかるのが特徴だ。ある程度の加齢を必要とする、いわゆる生活習慣病だ。

 高齢者は誰しも、長年蓄積してきた、目には見えない身体的負担を抱えている。特に基礎代謝が低下する中年以降の負担が老齢期に及ぼす影響は大だ。飲酒、タバコ、暴食、睡眠不足、各種ストレス、睡眠不足、過労等、永年に亘る身体への負担は限がない。それでもある程度の年齢までは、身体が有する回復能力により、不調を感じる事が少ないが、70歳前後になるとそれも限界に達して、身体トラブルが一度に吹き出す感じがする。両親から貰ったDNAの優劣と病因の質と量が、身体不調発症の年齢を左右している様にも思える。

 ガン、心筋梗塞、脳卒中、動脈硬化、高血圧、高脂血症、糖尿病等は代表的な生活習慣病だ。 70歳を過ぎてこれ等と全く縁がない高齢者は少ない筈だ。 三石先生はこれ等の病の根源に活性酸素があると喝破している。 人体のエネルギーは細胞内のミトコンドリア内で酸素の介在により産生される。この時、酸素の2%が活性酸素に変わると言われている。薬物やアルコールが肝臓で分解される際にも活性酸素は発生するし、細菌や血管内に沈着した過酸化脂質はマクロファージが活性酸素を発生させ攻撃する。ストレスに対抗するため副腎皮質ホルモンが分泌されるが、この時活性酸素が生じ、ホルモンが分解される時にも活性酸素が発生する。 X線の照射も細胞内の水から活性酸素を発生させる。人体は放射性カリウムを一定量、誰でも保有しているし、自然の放射線被曝を誰も避けられない。

 タバコはニコチンのみならず、活性酸素「過酸化水素」を発生させ、血流に乗り全身を廻る。これは、分解酵素で除去されるが、過酸化水素が血中で鉄、銅等のイオンに接すると最強のヒドロキシラジカルに瞬時に変わる。人体はこれに対抗できる酵素を持たない。 怒りや不安の感情が高まるとアドレナリン、ノルアドレナリンが造られる。これ等が酵素により分解される時に活性酸素が発生する。 人体での活性酸素発生状態は、全て書ききれない程沢山ある。人体は常に活性酸素に曝されているが、それでも、他の動物に比べて、抗酸化酵素の産生能力が高いが故、長い寿命を獲得したと言われている。

 活性酸素の攻撃場所がDNAならば発ガンのイニシエーターとなり、冠動脈内皮細胞なら心筋梗塞、動脈ならば動脈硬化誘発の原因となる。脳血管であれば脳卒中、コレステロールが酸化されれば、血管内にアテロームが造られる。膵臓内ならインシュリン産生が妨げられ事になる。

 人体は活性酸素に対抗するために、抗酸化酵素を産生しているが、残念ながら加齢とともに産生能力は低下する一方だ。 若い時は、幾ら過激な運動をしても、暴飲暴食をしても、発生する活性酸素に対抗する酵素を幾らでも作ってくれた。高齢者が出来る事は、各種抗酸化物質を積極的に摂取することだ。 曰く、ビタミンE、ビタミンC、ビタミンA、コエンザイムQ10、カロチノイド等だ。それに、酵素産生原料たるタンパク質、各種ビタミン、ミネラルも必要十分に摂取する必要がある。 必要量は個々で異なるので、試行錯誤するしか方法は無い。

 中年を過ぎてから、食生活を含めた生活習慣を改められれば良いが、人は余程の事がないと、長年の習慣を替えられないのが通常だ。 身体に大きな負担かかる行為や運動は、大きなエネルギーを必要とされだけに、活性酸素の増大をもたらす。 常に、大量の抗酸化物質を摂取し続ける生活をしているならいともかく、抗酸化酵素の産生能力が低下し、エネルギー産生も衰えた高齢者が、若い時と同じような行動をすれば、命取りになりかねない。 命があっても、間違いなく老化を促進させる。伝蔵荘の仲間達は高齢の割に元気だが、相変わらず山を駆け巡っている姿を、自分は何時もハラハラして見ている。

 70歳を過ぎて、身体の不調を抱えていても、全てが不可逆ではない筈だ。 現在進行形であっても、不調を遅らせる事は可能だ。 その為には、自分の身体を知ることが大事だと思う。自分の父親は腎臓に弱点があり、人工透析まで進行した。自分も、その遺伝子を引き継いでいると考えたほうが良い。ならば、腎機能のメカニズムを学び、そこに必要とされる栄養素を十分に摂取することで発症を防止できると考える。若い昔に戻ることは叶わなくても、残り少ない人生を悔いなく過ごすために、出来る努力は惜しまないつもりだ。
 

目次に戻る